第24話 会同(4)

 言いながら、先生は手に持っていた小石を、手首のスナップをきかせるようにして軽く投げた。するとそれは目にも止まらぬ速さで飛んでいき、神社の庭にそびえる巨木の枝を中ほどから撃ち落とした。もちろん魔術で細工をしているに違いないのだが、洸はそれに気が付かなかった。


「魔術の良し悪しは、効果の強さや規模の大きさだけで決まるものじゃない。実行速度や魔力効率なんかも大事な要素のひとつだ」


 庭に面した縁側のような場所で、アミは静かに先生の話に耳を傾けていた。いつまでも地面に転がっているわけにはいかないので、洸もそこに腰掛けて、解説を聴く。


「今のは『魔術を使ったことを隠す』技巧ぎこうで、俺は魔術の隠密おんみつ使用と呼んでいる」


 そこで、アミが口を開いた。


「その具体的な方法って、訊いてもいいですか」

「もちろん。ただ、隠密を修得できるかはアミちゃんの努力次第かな。この技が使えるのは、俺以外には2人しか知らない」


 ありがとうございます、とアミは答えた。やけにあっさりした反応で、洸の方が思わず声を張る。


「3人しかできないって、とんでもない技術じゃないですか」


 全国の魔術師たちに魔術を教えてきたという先生の知識と技術が優れていることは、以前から知っているつもりだった。けれど、まさかここまでとは予想だにしていなかった。実は、魔術師界隈では大物だったりするのだろうか。


「ま、否定はしないけど。こういう類いは不人気な研究テーマだからってのもある」


 魔術は今でも現在進行形で発展している。智上という奇妙な世界で、魔術師は魔術という神秘の解明を目指して日々研究を重ねている。洸が目指しているのも、ここに近い。


「さっき、洸は隠密に気づかず俺に向かってきたわけだが、もちろん実際は強化を使っていた。こういうから的なやつは敬遠されがちなんだ」


 先生は折れた木の枝を拾いながら言った。

 魔術の発展の中には、当然ながら戦闘のための魔術も含まれている。少数の物好きを除いて、近年は大半の魔術師が戦闘にかかわる魔術の方に興味を向けるらしい。その中でも、特に大規模な事象を引き起こすタイプが好まれるという。


「僕は割とそういうのが知りたいですね」


 と言っても、戦闘に使うつもりはないけれど。戦うための魔術は、少なくとも今はまだ重要ではない。それよりも、魔術でどんなことができるのか、それを知ることが重要だ。


「ま、隠密は今度教えるとして。実は、2人に会わせたい魔術師を呼んでるんだ」


 それから庭に現れた人物を見て、洸は思わず叫びだしそうになった。


「あー! あの時の……涼風君、だっけ?」


 そこにはいたのは、遠慮なく叫び声をあげた本多那由奈と、驚きを隠そうとしているのが丸わかりの雪枝透矢だった。


 *


 お互いを簡単に紹介しあった後で、先生が話を切り出した。


「年の近い魔術師同士、後でゆっくり親睦は深めてもらうとして、俺からは手短に要件だけ。2人には、陽凪周辺の荒らしの調査をお願いしたい」


 洸とアミの方を見ながら、先生が言った。それから一度、雪枝の方にちらりと視線を向ける。


「どうやら最近、この辺りで荒らしの活動が盛んになってきているらしい。透矢の方から一緒に調査してくれと頼まれたんだが、あいにく俺はプライベートが忙しくてな」


 似たような話を、先週も聴いた気がする。智下の方で、よほど予定が詰まっているのだろうか。


「ちょうどうちにビッグな新入生が2人もいるし、おまけに透矢と年も近いときた。お互いにとって、悪くない機会になると思うんだよね」


 先生が言い終えると、雪枝が後を継ぐようにその場で一歩前に出た。


「俺と那由奈は日頃から智上の見回りみたいなことをしてるんだが、どうしても2人だと限界がある。人手はあるに越したことはないんだが、どうだ」


 むしろ洸のような新人がいて足を引っ張る方が心配だった。


「調査って何をするんですか」


 洸の質問に本多が答える。

「何かトラブルが起こってないか、歩いて回るって感じかな。何も起きなければ、そんなに大変じゃないと思うよ」

「俺と初めて会った日のことは覚えてるか? ああいうやつがいた時は、場合によって実力行使もするってところだ」

 と雪枝も付け加えた。


「僕そんな強い魔術とか使えないんですけど、それは……」


 洸のつぶやきに、先生が「いやいや」と反応する。


「日本の魔術師を戦闘力順に一列に並べたとしたら、洸はもうその真ん中くらいにはいるぞ」


 横にいるアミも静かにうなずいていて、洸は返す言葉がなかった。


「アミちゃんは問題ないよね」


 先生に問われたアミは「そうですね」と軽く返事をした。その様子から、アミの確かな自信がうかがえる。


「さて、細かい話は透矢に任せてあるから、おじさんは一足先に帰ろうかな。それじゃみんな、後はごゆっくり」


 そう言って先生の姿は消えた。それにしても、自分を「おじさん」と卑下するには先生は若すぎるだろう。


「涼風、魔術はどのくらい使えるようになったんだ?」


 先生の発言が気になったのか、雪枝は単刀直入に訊いてくる。


「基礎魔術をいくつかと、あとは強化です」


 洸が答えると、雪枝は呆れたように笑った。


「お前はもう天然で間違いないな。一週間でそこまでいくのか」

「アミのおかげですよ」


 雪枝と本多に紹介するかたちで話を振る。アミは謙遜けんそんするが、これが洸の本心だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る