第4話 邂逅(3)

「おいお前、大丈夫か」


 見ると、こうを助けてくれたらしい人物がそこに立っていた。制服を着た、背の低い男だ。高校生だとは思うが、デザインが違うから洸と同じ学校ではない。


「はい、なんとか」

「生身でぶん投げられたわりには丈夫だな」


 強がってみたものの、本当はぜんぜん大丈夫じゃなかった。まだ全身がしびれるように痛い。


「オレはさっきのやつを片づける。お前は治療できるならやっとけ。無理でも応援がくるから安心しろ」


 自分で治療なんてできるわけがなかったが、洸はとりあえず相槌を打っておく。


 制服の男子学生は、ふっ飛ばした田原たはらが起き上がるのを待っているようだった。


「痛え……ったく今日は乱暴なやつによく会うなあ」


 田原はジーンズの汚れを手で叩きながら立ちあがった。そういえば、彼はさっきの女と一緒にいた時からぼろぼろだった気がする。


 念のため訊くが、と制服男子が前置きした。


「最近どうも荒らしの被害報告が増えてるんだけど、あんた何か知ってる?」

「ああ、そりゃもちろん。俺たちは被害者だからな」

「そんな話、信じると思うか?」


 そう言って、制服男子の姿が消えた。


 次に姿が見えたときには、彼は田原をもう一発蹴っ飛ばしていた。彼らの間には10メートルほどの距離があった。いつの間にかに、制服男子が田原の方へ移動していた。一体いま、何が起きたんだ?


「下に逃げたか」


 制服男子の呟きが耳に届いた。細かいことはさておき、彼はどうやら洸を助けてくれたらしい。今度は普通に歩いて戻ってきて、こちらに手を差し出す。


「オレは雪枝ゆきえだ透矢とうや


 とりあえず洸はその手をとった。なんとなく、さっきの田原よりは信頼できそうな気配がある。


「僕は涼風すずかぜ洸。……ところでちょっときたいんだけど」


 雪枝は「ん?」と目線で続きをうながしている。


「ここってどこなの?」

陽凪ひなぎだな。知らないわけないだろ。その制服、たしか陽西ヨウサイだし」

「ごめん、言葉が足りてなかった。つまり、ここって異世界なのかってことなんだけど」

「異世界? ここは智上ちじょうだろ」


 ……ここは、なんだって? ここが地上なのは当たり前だ。言われるまでもない。自分がいま地上にいるか地下にいるかわからなくなるなんて、都会のターミナル駅で迷子になってるときくらいだ。


「そりゃ地上なのは当然だけど。ここが地下なわけないんだしさ」

「分かってるなら何で異世界とか言ってんだ?」

「おかしいでしょ、こんなに人がいないなんて」

「お前、ぶっ飛ばされて馬鹿になったか? 智上に人が多いわけないだろ」


 そんな馬鹿な。人は普通、地上に住んでいるだろう。雪枝は地下で暮らしているのか。いやまさか、実はここがその地底世界だったりするのか? とはいえ、投げ飛ばされた時のダメージが残っているのも事実だった。


「今も全身めちゃくちゃ痛いけど、でも急に街から人が消えて」

「消えた? それは――」


 続く雪枝の言葉は、突如聴こえた「おーい」という、間の抜けた何者かの呼びかけで止まった。声の主は手を振りながら、こちらに向かって走ってくる。その人物も制服を着ているが、今度は女子だ。


「透矢君おまたせ」

「ああ。さっそくだけど、こいつの手当頼む」

「はーい」


 雪枝と知り合いらしいその女子生徒が、まっすぐ洸の前まで歩いてくる。背は雪枝と同じか、少し低いくらいか。そんなことを考えていると、そのまま彼女は洸の肩に手を置いた。


 ——いきなりなに⁉︎


 叫び出しそうになるが、なんとか耐える。混乱しているせいで視点が上手く定まらない。それでふと、彼女の首にネックレスがかけられているのが見えた。それがあわかがやいていているように見えて、なんだか綺麗だった。


「よし、こんなものかな。大丈夫そ?」


 洸の肩から手を離したその女子が言った。まっすぐな彼女の視線に、洸はどこか落ち着かない気持ちだった。


「……え、はい、大丈夫です」

「良かった! 私、本多ほんだ那由奈なゆな。よろしくね」


 慌てて洸も名乗る。それから今のはなんだったのか尋ねようとしたが、先に口を開いたのは雪枝だった。


「で、頭は? もう大丈夫だろ」


 言われてみれば、思考は明らかにクリアになっていた。洸は迷いなく答える。


「そうだね。けど、やっぱりおかしいよ」

「まだ言うか」

「透矢君、どういうこと?」

「ああ。こいつ、どうも記憶があいまいらしい。異世界がどうとか」

「荒らしにやられたってこと?」

「いや、直前でオレが防いだはずだ。それより前は知らないが」

「ふうん」


 本多は一度考え込むような素振りをしてから、洸の方に体を向けた。


「涼風君。自分が魔術師だってことは、覚えてる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る