第43話 隠しごと(3)
洸は未だ魔力による人の感知に成功したことがない。荒らし調査でもビルを見つけたのはアミだったし、そこに人がいるという答えを知っている状況でもその感覚は掴めなかった。
だからここでは少しやり方を変える。自分から探しに行くのではなく、待つ。
そもそも魔力探知とは、周囲の魔力を押し出したときの「感触」によって計測するものだと説明される。魔力は智上に満ちており、魔術師は魔力を操作することで空間中の魔力を一定方向へ「押す」ことができる。通常、魔力を押し出すのにほとんど力はいらない。これは智下を歩いている時、「いま酸素分子が体にぶつかってるな」などとは感じないのと同じことである。魔力は確かに「そこにある」が、重さはほぼない。
ではどういう状況なら感触が変わってくるのか。それは「他者の魔術によって魔力が消費されている場合」だ。
魔力を押し出した先で、誰かが魔術を使っていたとする。すると押された魔力がそこで消費され、肩透かしをされた時のように魔力がするりと抜ける感覚があるという。魔力を押すのは元々軽い感触であるのに、それがさらに弱まるのだ。その違いを見極めるには魔力への繊細な感性が求められ、魔力探知が難しいと言われる理由はこの一点に集約している。
当然ながら洸はこの方法で感知に成功したことがない。だから待つ。周囲にある程度魔力を広げたら、そこから先へは進まない。これなら、こちらから押していない分、魔力が消費される際の感覚をつかみやすくなる。一般的な方法の探知に比べて受動的な代わりに、感知すること自体は簡単になるはずだ。
――どうやら、正解みたいだね。
洸がその場にとどめていた魔力が、外側へ軽く引っ張られたような感触。間違いない。アミの魔術によって、魔力が消費されたのだ。
「いま、
洸が魔力探知に成功した直後、アミからの念話が届いた。
「荒らしのビルで逆探知されたのはやっぱり私じゃなかった。
「……まさかとは思うけど」
「ええ。今のでだいたいわかったわ。なかなか上手いやり方じゃない」
洸が探知していることに気づかれた。いや、それだけじゃない。下手をすれば、こちらが逆探知されてしまう可能性すらあるかもしれない。
「これでもばれるとか、さすがに想定外だな」
「あら、かくれんぼは終わり?」
「それは僕を見つけてから言ってほしいけど」
「おおよその位置はもう、検討がついてるわ」
「嘘でしょ」
洸はすぐさま立ち上がった。
アミがやって来る方を除くと、洸が逃げられる方向は少ない。右か左か。これ以上後ろへは下がれないから、必然的にその二択になる。身体強化を使い、左側へ走り出した。
「見つけた」
アミの声が淡々と頭に響いた。今の魔術を使ったせいで洸の位置に気づいたのだとしても、いくら何でも早すぎる。
「まさか、こんなぎりぎりのところにいるなんて思わなかったけど。やっぱり、本気で隠れ続けるつもりだったんじゃない」
「そんなことはないよ」
洸がいるのは栗山神社を囲む森の中の、目の前に普通の道路が見えているようなところだった。要するに、ルールで定められた戦場の境界線上だ。一歩踏み違えるだけで、洸は失格となる。
この森は山のかたちをしており、その山の上に神社がある。つまり外周にいる洸はその山の一番低い場所にいるということだ。そして、アミは上から山を下りるようにしてやってくる。アミに居場所を特定された今、洸に逃げ場はほとんどない。
こちらの位置はすでに割れているため、探知は心置きなく使うことができる。視力強化も全開にして、アミの襲来に備える。おそらく、もうすぐだ。
洸は立ち止まり、山の上を見据える。そして、ざざ、と勢いよく地面を踏む音が聴こえた。
「土の恵み」
その声は念話越しではなく直に聴こえた。直後、森に自生している木々をかいくぐるように根が伸びてくる。
後ろへ退けない今の状況で、アミの攻撃をすべて避けきることはできなかった。なんとか致命傷だけは防いだが、腕や膝に次々と尖った根が刺さる。
身体強化の副作用には痛覚の減衰も含まれているが、それにも限度はある。全身から血は流れ、傷が増えるごとに痛みは
「ねえ、涼風くん」
そこで、根による攻撃が止んだ。そしてアミは一歩一歩こちらに近づいてくる。
「降参してくれない? わかったでしょ、私には勝てないって」
「……どうかな。まだ決着はついてないよ」
今のところ、洸の作戦は順調に進行していた。痛覚はたしかに体が危険であることを伝えているが、それを何とか意識の外へ追いやる。
「お願いだからあきらめて。これで決着がつかないなら、本当に死ぬ手前まで貴方を追い詰めることになる」
「優しいんだね、アミは」
「当たり前でしょう。貴方は、私のクラスメイトなんだから」
自分とアミとの関係がそのたった一語で説明できているのか、洸は疑問だった。しかし今はそんな細かいことを気にしている場合ではない。洸が本当に知りたいのは、そんなことではなかった。
「なら、どうして先生を騙し打ちなんてしたの? アミは魔術で何をするつもり?」
しばらく黙ってから、観念したようにアミはぽつりとつぶやいた。
「……復讐」
「私の両親は、魔術師に殺されたの」
「それと先生に、何の関係が」
「最初はただ私が強くなるために利用するつもりだった。けど、
かもしれない、だって?
はは、と洸は口の中だけで笑う。
「憶測で他人を攻撃するなんて、まったく平和的じゃないね。最悪だよ」
「そのことは本当に後悔してる。あの時の私はどうかしてたのよ。信じてもらえないかもしれないけど、自分から人を攻撃したのはあれが初めてだった」
「そう。なら僕はそれを信じよう」
「……どうして?」
そんなの、決まっている。
「アミは、僕のクラスメイトだからね」
取るに足らないような、語るべきことが何もないような日常のワンシーン。その積み重ねは、誰かの印象を変えるのに十分すぎる時間だった。
「貴方って、やっぱりよくわからない」
「なら、これだけは覚えといてよ。僕は平和で穏やかな毎日を過ごしたいだけの、怠惰な高校生だ」
魔術師である以前に、人は人だ。たとえ別世界の存在を知っていて、魔術という未知の技術を使おうとそれは変わらない。
人なら誰しも傷は痛むしお腹は空く。それぞれに願望があり、それに向かって努力していたりしていなかったりする。何かの選択を間違えて、他人を傷つけてしまうことだってある。
加えて、高校生というのは複雑な時期だ。それなりに自我が確立されて、中学生とは比べ物にならないくらい大人になっている。けれど、まだまだ当然に間違う。そういった間違いも含めて、思春期のこの時期は青春と呼ばれる。そして、魔術なんていう不可思議な現象を起こすことができる魔術師の間違いは、少しばかり智下のそれとはスケールが異なる。それだけの話だ。
「それで、降参してくれるの」
改めて問うアミに、洸は迷わず答える。
「もちろん、しない」
洸は直行で基礎移動系を実行した。対象となったアミが、神社の外へ向かって空を滑っていく。
「……なんとなく、そんな気はしてたのよね」
「僕が勝つためって言ったでしょ」
このまま場外まで移動させれば洸の勝ちだ。しかし、そう簡単にはいかない。
空中のアミの動きが静止する。洸の移動系に対し、アミがその反対方向に移動系魔術を使用したのだ。ふたつの相反する魔術により、その効果が
「対抗されるのはわかってるはず。私と押し合いで勝負するつもり?」
「そうだよ」
洸が言い切ると、アミは余裕の笑みを浮かべる。
「いい機会だし、貴方にひとつ教えてあげる。魔術は自分に使うのとそれ以外では、出力に差が出るのよ」
押し合いに負けた洸の魔術が、その効果を失った。アミは地面に着地し、すぐに違和感に気づいたようだ。足元に目を向けている。この瞬間を、待っていた。
直行でふたつの魔術を瞬時に実行する。ひとつは自身を対象に隠密の基礎移動系、そしてもうひとつは、新奇作成。
――自分と自分以外で魔術の出力は変わる、ね。
そのことはすでに、経験的に気づいている。基礎移動系の出力も、自分に使ってこそ十分なパワーが発揮できる。洸は一瞬でアミの背後まで移動し、彼女の肩の上から右腕を前に伸ばす。
「え……?」
「僕の勝ちだ」
後ろから抱きしめるようにして、洸は右手に掴んだナイフをアミの首元に突きつけた。
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