第44話 隠しごと(4)

「作成系……ナイフはまだしも、足場まで?」

「足場って? アミは浮いてるだけだよ」

「……浮遊を使ったってこと? そんな気配はなかったはず」

「上手くいったみたいで何よりだね」


 アミに勝つために洸が考えたことは、大きく2つあった。そのうちのひとつは、アミの魔術への対処方法についてだ。


 アミの自然系魔術がどんなものかはっきりしていない以上、「そもそも魔術を使うことができない」ような状態をつくりあげるのが理想だった。そのためにはアミの使用する媒介を見極め、それとの接続を封じる必要がある。


 アミの媒介は何か。ヒントになったのは、先生に使っていた「木の根攻撃」と、荒らし相手に使っていた「揺らし攻撃」だ。


 アミが媒介をイメージの補助として用いる場合、この2つの事象に近しいモノが媒介として選ばれやすいはずである。では根と揺らしの共通点は何か。やや強引に結びつけるなら、まず根は地面から伸びてくる。それから「揺らし」は地震を元にしているのではないかという発想も不可能ではない。そうして、アミが「大地」というあまりにも大きなモノを媒介にしている可能性にたどり着いた。


 とはいえ、何か隠し持っているモノを媒介にしているという線も当然にある。加えて、複数の媒介を使い分けている場合など、例外的な状況を考えていけばきりがないだろう。


 だから、これは洸にとって賭けだった。アミの媒介が大地だと確信できたのは、ついさっきのことだ。攻撃の直前、それまで宙を浮いて移動していたはずのアミが、地面に着地していた。洸は賭けに勝ったということだ。


 そして地面を媒介にしているのなら、接続を断つのは容易い。ただ、地面から浮かせば良いだけだ。それだけでもう、魔術を使うことができなくなる。


「2人ともお疲れさま。勝負は洸の勝ちってことでいいのかな?」


 先生の声が頭の中に聴こえて、洸は脱力する。さすがにこの状況であれば、アミも認めざるをえないだろう。


「ええ。彼にその気があれば、間違いなく私は切られていたでしょう。……ただ問題があるとすれば」


 言葉が不意に止まったと思えば、突然アミに右腕を掴まれた。そしてその次の瞬間には、ぐるりと体が回転していた。わけがわからないまま、洸は背中から地面に叩きつけられる。


「いたあ」

「たとえ本当に切ったとしても、私を倒すことはできなかったということです。……だってそのナイフ、おもちゃなんだから」


 どうやら最後の最後で、作戦は失敗したらしい。


 洸が考えた、アミに勝つために必要なもうひとつの要素。それはいかにしてアミに有効なダメージを与えるかということだった。肝心の新奇作成による武器の生成は、結局できずじまいだったのだ。


「はったりで誤魔化せると思ったんだけどな」


 洸は寝転がったまま、ナイフの先端を指で押した。すると刃の部分がするりとつかのほうへ収納されていく。アミの言う通り、これは見かけだましのおもちゃナイフだ。


「そして最終的に、私は彼を問題なく制圧することができた」


 こんなふうにね、とアミは言外に態度で伝えている。先生も含めて念話で話しているから、お互いに口は閉じたままなのだ。それが少しおかしくて、洸は場違いにも笑ってしまいそうになる。


「どうですか? 判定をお願いします。それとも、仕切り直して続けますか」


 アミが問いかけると、先生がこちらにワープし、姿を見せた。


「うん。じゃあ発表しよう。この勝負は」


 わざとらしくためを作ってから、先生は告げた。


「やっぱり洸の勝ちだね」


 よし、と洸は倒れたまま拳に力を入れる。これで無事、先生を守ることができた。


「ただし」


 と言って先生は続けた。


「アミちゃんの言い分も一理ある。よって、一部条件付きでアミちゃんにも勝利を与えることにする」


 それを聴いて、洸は全身から力が抜けていくような気持ちだった。つまるところそれは。


「……引き分けってことですか?」

「ま、そうなるな」

「じゃあ先生の魔術書は」


 もしこれでアミに先生の魔術を奪われるのであれば、この勝負は引き分けなんかではなくなってしまう。


「それについてだけど、俺に良い考えがあるんだ」


 洸はちらりとアミの顔をうかがった。彼女はただ、じっと先生の言葉を待っていた。


「アミちゃんには俺の魔術をすべて教える。ただし、俺のやり方で。……要するに、君を生徒としてウチに招待したい。どうかな」


 慎重に言葉を選ぶように、アミはゆっくりと答える。


「いいんですか? 私は、貴方あなたをただ利用するつもりで」

「前にも言ったと思うけど、意欲があって良いことじゃないか」

「……違いますよ。私はもっと、ずるい人にならないといけないんです。たとえ卑怯ひきょうな手段を使ってでも、私の両親を殺した魔術師を探し出して、むくいを受けさせるんです」


 アミの声はいつものように凛としていて、しかしどこか泣いているようにも聴こえた。


「なるほどね、少し気が変わった。やっぱりアミちゃんは、俺の生徒になるべきだ」


 その言葉の真意を問うように、先生を見据みすえるアミの瞳に力が入る。


「アミちゃんが復讐したい相手。そのうちの1人は、間違いなく俺だろうから」


 いつもの飄々ひょうひょうとした話し方ではなく、まるで自分の罪を告白するみたいに、先生はそう言った。


「先生、それはどういう……」


 洸はなんとか声を出して尋ねた。


「とはいえ俺は直接関わったわけじゃない。だけど、犯人が誰かは知ってる」

「教えてください。誰なんですか」


 叫ぶようなアミの声に、先生はただ静かにうなずく。


彩虹さいこう三家における永遠の2番手。淵崎ふちざきだ」


 その言葉に、アミは驚いた様子を見せなかった。ただ「やっぱり、そうだったのね」と、怒りを抑えるために自分に言い聞かせるようにしていた。


「今度、アミちゃんにはもう少し詳しい話を教えるよ。洸がいると話しづらいこともあるだろうし」


 真剣にうなずくアミを見ながら、洸はあえてとぼけるようにしてほほをかいた。


「いやあ、邪魔者ですいません」

「いや、洸はこれからだろ」

「はい?」

「忘れたのか? もし負けたら、お前の隠してる夢を正直に言うって」

「ああ……」


 今さらのように立ち上がって、洸はアミの方に振り返る。


「疲れてるだろうし、アミは先に帰っててもいいけど」

「……私も聞いていこうかな。貴方の隠し事っていうの、ちょっと興味あるし」

「あ、そう。ならいいけど」


 本音を言えば、全然よくはない。

 洸としては遠回しに帰ってほしいと伝えたつもりだったけれど、残念ながら失敗した。これ以上時間を稼ぐのも馬鹿らしいので、大人しく白状することにする。


「僕が魔術を使ってやりたいことは」


 胸の奥にたまったもやもやを勢いよく吐き出すように、洸は一息に言う。


「この世界に、真に平和な世界を築き上げること。ですかね」

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