第45話 エピローグ
指定のカフェの入り口を開けると、カランと静かなベルが鳴った。入り口までやってきた店員に「待ち合わせです」と告げて、洸は店内のテーブルを順に見て回る。4人がけのテーブル席に知っている顔を見つけて、洸は声をかけた。
「あ、こんにちは……」
どんな調子で話しかければ良いのかわからず、言葉尻が落ち込む。
「涼風君、もしかして緊張してる? はじめましてじゃないんだから大丈夫大丈夫!」
声の主はスプーンでパフェをつついて楽しそうに笑った。並んで座っている隣の男も、「だな」と短くうなずきを返す。
2人の雰囲気が、洸の知っている通りで安心する。智上でも智下でも、特に変わらずやっているようだ。
「あれ、アミちゃんは一緒じゃないの?」
「あ……あいつはなんか遅れるって。さっきメッセージが来まして」
「そうなんだ、珍しいね」
たしかに、美鳥が約束に遅れるのはあまりないことだった。
「ま、そのうち来るだろうし、先にお前の方から返事を聞かせてくれないか」
「はい」
今日、洸がここに来たのはそのためだ。
アミとの勝負が引き分けに終わった後、洸とアミは雪枝から正式にチームの一員にならないかと誘われていた。すぐに答える必要はないから、ということでその場では回答しなかったが、最初から洸の答えは決まっていた。
「僕なんかでよければ、よろしくお願いします」
洸が言うと、
「こちらこそだよ〜。ね、透矢君」
「そうだな。これからもよろしく頼む」
と歓迎してもらえた。
「ありがとうございます。それで少し気になってたんですけど、今日はどうしてこっちなんですか?」
会って話をするだけなら、智上でもできる。こうして智下で2人と会うのは初めてのことで、今日の予定に対して少し身構えていたところがあるのは否めない。
「チームには信頼関係が必要だからな。オレたちがただの高校生だって確証があった方が、気が楽だろ」
智上では魔術が使える。その気になれば、自分の姿を変えることだってできるだろう。名乗っている名前が本名とは限らないし、普段とは違う自分を演じることは容易になる。
「そういうこと! こっちでは私もただの女子高生なんだよ。ほらこれ、学生証」
そこには、本多那由奈が
「お2人はやっぱり本名だったんですね」
「え、もしかして涼風君って実は涼風君じゃない?」
本多の見開かれた瞳がこちらを覗く。洸はすぐに「僕も本名ですよ」と訂正した。
いつかに先生は智上で名前を隠すのは珍しくないことだと言っていた。しかし少なくともこの2人は違った。ガンナーを名乗っていた松城も美鳥には名前を明かしたというし、実際、ハンドルネームの使用率はそこまで高くないのではないか?
「あ、来たかな」
ポケットに入れていたスマホが震えて、洸はすぐに画面を確認した。どうやら美鳥が店に着いたらしい。
洸はその場で立ち上がって入り口の方に体を向けた。軽く手をかかげて、こちらの位置をアピールする。
「こっち」
洸に気づいた美鳥はすらすらとテーブルまでやってきて、「お待たせしてすみません」と雪枝と本多に向かって頭を下げる。
「何かあったの」
と洸は尋ねた。
「乗り換えを間違えちゃって。やっぱり上を通ってくるべきだった」
「ああ……」
智上を智下のショートカット用に使うことは洸も試したことがある。公共交通機関は使えないが、身体強化を使うことで、建物や道路を無視した直線的な移動が可能なのだ。目的地に着いた後はそのまま智下に降りればいいだけなので、かなり便利な技である。
雪枝と本多も数分の遅刻にとやかく言うことはなく、美鳥はそのまま洸の隣に座る。
「僕はチームに入れてもらうことにしたけど、
余計な前置きはせず、洸から話を振った。おそらく彼女も乗り気だろうという、根拠のない自信があったのだ。
「ええ、私も……」
美鳥の口から肯定的な言葉が
「……涼風、お前いま美鳥って言ったか?」
視線を前に向けると、ぽかんとした顔の雪枝がいた。本多も、またしても驚きで目を見開いている。
そこでようやく、雪枝と本多の前で「美鳥呼び」をしてしまったことに気づいた。智上ではアミとだけ名乗っていたのだから、当然、2人は苗字を知らないはずだ。しかし今の反応は、決してそんな
「……通称、埋まらない空席。美鳥は
本多の声が、のどかな休日のカフェに溶けていった。
隣の世界のマテリアリティ
第1章 「魔術と夢と隠しごと」
了
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