第10話 始動(2)

「はあ……」


 こうは男に目を向けた。年齢はおそらく20代後半くらいで、肩幅が広く体格がしっかりしている。そしてその格好は、先生というよりは別の言葉を連想させた。


「どっちかといえば、住職じゅうしょく?」

「この格好はそうだね。でも俺は先生だし、拠点は神社だな」


 雰囲気で口にしてしまったけれど、住職がどんな姿なのか正確には知らないし、お寺と神社の違いもいまいちわからない。わかったのは、この大男が見た目に反して調子のいい人物だということだ。


「きみ、名前は?」


 問われて、洸は素直に名乗った。


涼風すずかぜ洸。それ、本名で間違いない?」

「はい。でも、どうして?」


 そのときほんのわずかに、大男のひとみが揺れたように見えた。


「別に大した理由じゃない。こっちで本名を隠したがる人は珍しくないからね。俺のことは、親しみをもって先生せんせいと呼んでくれ」


 どうやら智上ちじょうでは、この先生のように智上世界用のハンドルネームを使う人も少なくないという。となれば昨日会った雪枝と本多も、もしかしたら本名ではないのかもしれない。


「で、洸はここで何やってたんだ」


 何をやっていたのかと言えば、それは智上に行こうとしていたというのが正しい。しかし、それは意図せず達成されていた。洸は智上に来てからしようと思っていたことを話す。


「魔術師を探してました」

「へえ、誰を」

「できるだけ詳しい人なら、だれでも」


 そう答えてから、ひとつ思い当たることに気がついた。先生。この人は、もしかすると。


「洸は、こっちに来てからどれくらい経つ?」


 先生が口にしたその質問は、やや唐突であまり脈絡がないように思えた。けれど嘘をいても意味がないので、正直に答える。


「昨日、初めてこっちに来ました」

「……なるほど、だいたいわかった。お前、運が良いな」


 先生は楽しそうに笑う。


「俺は先生だ。ただ名前がそうってだけじゃない。魔術の先生をやってるんだ」

「魔術の、先生」


 それが本当なら、これは想像以上にラッキーだ。


「こないだまで全国歩きまわっていろんな生徒を見てたんだが、それもひと段落して、先週、陽凪ひなぎに帰ってきた」


 先生の言葉をすべて信じるのも危険に思えたが、これはおそらく嘘ではないだろう。これまでの話と、矛盾はない。


「ああ待て待て。洸の言いたいことはわかる。話が長くなりそうだから、先に移動しよう。俺の拠点に案内するよ」


 拠点というと、さっき神社と言っていたか。


栗山くりやま神社。ま、知らないよな。でも今ので十分だ」


 先生は知らないうちに分厚い本を手にしていた。こんな大きさの本を、たしか昨日も見たような気がする。


「よく見ておけよ。俺の魔術をこんな間近で見られることなんて滅多にないからな」


 実体のない魔力がかたちをつくる。目には見えないし触れもしないが、魔力が集まってきているのがわかった。


「といっても、別に大したことは起きないけど。ただワープするだけ」


 ワープ。まさかここからその神社に瞬間移動するということか? それは、あまりにもフィクションじみている。


 そう考えた瞬間だった。


「はい到着。ここが栗山神社」


 目の前に立派な社殿しゃでんが建っていた。


「……うそだろ」

「そんなに驚くことか? 異世界があることを受け入れられたんだから、今さらだろ」


 確かにその通りなのだが、それでも驚かずにはいられない。魔術は、ここまでのことができるのか。


「さてと。なんとなく洸の事情は察してるつもりだけど、いちおう答え合わせは必要だよな。お前の話、聞かせてくれないか」


 先生は何事もなかったかのように話を進めてきた。何というか、もう少し待ってほしい。こっちはそれなりにびっくりしている。


社務所しゃむしょはこっち。ほら行くぞ」


 信じられないという気持ちが思考を埋め尽くしたまま、洸はなんとか先生の後ろ姿を追いかけた。


 *


 社務所で今までのことを説明するのに、それほど時間はかからなかった。それは単純に、しかしこちらの理解が及ばぬほどに、先生がずば抜けた洞察力を発揮したからだった。


「おおむね予想通りだったな。それでいま洸は魔術について調べたいと」


 先生は「おおむね」と言ったが、実際のところ洸はほとんどしゃべらなかった。洸が1を話すだけで、先生が次の2から8くらいは勝手に推測して話を進めるのだ。そしてそれを洸が認める、という作業が何度か繰り返された。


「どこかで見てたんですか」

 と洸は尋ねた。

「違うけど、違わないともいえるな。ここから先は企業秘密だ」


 先生は企業じゃないでしょ、と言ってもよかった。けれど、知り会ったばかりの人に冗談はやめておいた方がいいだろうと思い留まる。


「それで、魔術についてなんですけど」

「ああ、いいよ。じゃあさっそく、入学試験をやろう」

「なにをするんですか?」

「ただの面接。それも、質問は1つだけ。——洸は魔術で、何をしたい?」


 洸が魔術で成し遂げたいこと。それは明確にある。しかし、他人においそれと話せることでもなかった。


「それは……言えません」

「なぜ?」

「自分の願望を素直に話すのって、恥ずかしいじゃないですか」

「そのための面接だろうに」

「まあ、そうなんですけど」


 悩ましいところだ。この人から魔術を学べる貴重さみたいなものを、上手くはかれない。


「これはさすがにねえ……」

「別に悪用しようとかは考えてません。それじゃだめですか」

「うーん……そうだな。ま、いいか」


 どうやら何か思いついたらしい先生が、あっけらかんと言う。


「面接は不合格。ただし特別に、別の試験を用意しよう」

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