第31話 闘争・田原(1)

 田原たはらがガンナーに緊急の念話を入れたのは、こちらをうかがう怪しげな魔術師に向かって発砲したのとほぼ同時だった。狙いは外したが、それはまあいい。魔術で強化しているとはいえ、拳銃の有効射程がそれほど長くないことを、田原は知っていた。


 ガンナーはここ一帯の智上荒らしを束ねる統率者だ。圧倒的な魔術の実力と嗜虐しぎゃく性を備えた彼を支持する者は多い。持ち前のカリスマ性を存分に発揮し、仲間も順調に数を増やしている。


 田原もガンナーを慕う荒らしのひとりではあるが、自分は他の無名な構成員よりも高い地位にいるという自負があった。それは決してうぬぼれではなく、ガンナーから直々に与えられた命令を他の仲間に伝えるという、言わば中間管理職としての役割を担っていることに由来する。そのため、ガンナーが不在の時は自らが先頭をとり、構成員をまとめあげる必要がある。


「田原さん、何があったんですか?」


 発砲音を聴いたらしい仲間のひとりが、慌ててやってきて尋ねた。そのとき田原はたばこを吸うため屋上にいた。別に他の仲間を気遣っているわけじゃない。たばこを吸う時くらいは、ひとりの世界に浸っていたいだけだ。


 ライターを取り出してたばこに火をつけようとしたちょうどそのとき、まるで人の家に土足で上がり込むような無遠慮な魔力探知が目の前をよぎったのだ。こちらもすぐさま威嚇いかくに移ったが、おかげで至福の時間が台無しだ。田原はボス――ガンナーという名前もあるが、仲間の前ではこう呼ぶ――への念話を終えて、振り返る。


「ここが見つかった。向こうの目的は知らねえが、俺らの同類じゃねえことは確かだな」

「追いますか?」

「いや、いい。お前らじゃ、あの女には何があっても勝てないからな」


 距離はあったが見間違うはずもない。田原が返り討ちにあった、あの時の女だ。


「もう1本吸ったらそっちに行く。あせって落としちまった」


 ガンナー率いる荒らしグループが根城にしているのは、繁華街にある一般的なオフィスの一室だ。なぜこの場所を使っているのか、その理由を田原は知らない。実はガンナーが智下ではここに勤務しているのだ、などという噂を聞いたことがあるが、真実かどうかは定かでない。田原個人の感覚では、その噂はまずガセネタだ。


 様子を見にきたやつが先に戻り、田原は屋上でひとりになる。それを見計らってからもう1本たばこを取り出し、火をつけた。くわえたたばこを口から離し、煙を吐き出す。すると本当に体の中から余計なものがなくなったような感覚になる。これがたまらない。


 余計な雑念が消えていくと、仕事でも良いアイデアがふっと湧いてくることがある。しかし今回は、少しおもむきが違った。


「そういや、あの女と一緒にいたあいつは……」


 見覚えがあるのは間違いない。だが、誰だ? 忘れているということは、きっと大した人間ではないのだろう。危険に結びつく事柄を、人は記憶しやすいと聞いたことがある。つまり、あいつは警戒するに値しないということだ。懸念となるのはやはり、女の方で間違いない。


 やがてオフィスフロアに戻ると、さっきのとは別の構成員がしがみついてきた。

「腕利きの魔術師に目ぇつけられたって本当ですか?」

「ああ、たぶんな」

 答えると、彼は絶叫しながら頭を抱えて狭いフロアを暴れ始めた。田原はそいつの腹を拳銃のグリップで一発殴り、おとなしくさせる。


「なに呑気のんきにたばこ吸ってんすか、田原さん。まずいんじゃないすか?」


 また別の構成員が責めるような口ぶりで言った。他のメンバーもやんややんやと騒ぎ立てる。今日は重要な伝達事項を連絡するため、仲間のほとんどがこのビルに集結していた。これだけの大人数をまとめるのは、面倒な仕事ではある。それでも自分の責任を果たすため、田原は叫ぶ。


「静かにしろ。いいか、ここが見つかった」

 また喧噪けんそうが大きくなるが、それを無視して田原は続ける。

「でも気にすることはねえ。ちょうど今、ボスがそいつらの相手をしてる」


 屋上を出る直前に、ガンナーから一言だけ念話が入ったのだ。

 ——少し遊んでくる。ちょっと待ってろ。

 それで、事態はなんとなく把握した。


「あの人ならたとえ2対1でも勝てる。てめえらだって、そう思うだろ?」


 全員に向かって田原は堂々と問いかけた。一瞬の沈黙。その後、さっきまでとは違う声音で仲間達はまたすぐに騒ぎ始めた。


 ボスが敵の相手をしている。たったこれだけで、不安の色を見せていた仲間が活気を取り戻す。室内は一気にお祭りムードだ。ここにいる全員が、ガンナーの実力を知っている。半端な魔術師相手にはまず負けないと、全員が確信しているのだ。


 ヒートアップした室内をいったん落ち着かせるため、田原は手を大きくぱんぱんと叩く。


「それから、今日集まってもらったのは他でもねえ。例の作戦についてだ。実行は来週の土曜に決まった。ここにいないやつらにも伝えてくれ」

 またしても熱狂が部屋の中に満ちた。盛り上がるのはかまわないが、あまりバカ騒ぎされても鬱陶うっとうしい。


 そのときふと、誰かの手が挙がった。人影に隠れて顔が見えないが、仲間が発言を試みているようだ。礼儀正しさというものを理解している人物に、田原は好感を覚える。


「作戦って、どこでやるんだっけ」

「おいおいボケたか? 場所は各々おのおのの自由。好き勝手暴れて、ここら一帯を俺たちの拠点にしちまおうって話だろうが」


 その人物に好感を抱いた自分を、田原は恥じた。こういう真面目そうで、その実能力は人並み以下ってやつが時々いる。そいつに比べれば、バカを自覚してるやつの方がまだ救いがある。


「そうか、そりゃ楽しそうだな」


 そのとき誰かが魔術を発動しようとしていることに気づいたのは、おそらくこの中で田原だけだった。しかしなぜこんなタイミングで? 違和感は即座に言葉となって、顔の見えない人物に問う。


「おい待て。お前、誰だ? こんなやつがいた覚えは……」


 直後、そいつの近くにいた仲間が次々と倒れていく。それで、問題の人物の顔が見えた。こいつは。


「よう。今度は逃げるなよ」


 いつかに追い打ちをかけるように現れたチビ魔術師が、そこにいた。

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