エピローグ

第44話 彼女との距離

「みなさん、夏休みだからといって、羽目を外しすぎないようにね」


 1学期終業式後のホームルームにて。担任の小川先生が笑顔で釘を刺してくる。


「ういーす。先生も変な男に引っかかっちゃダメですよ」


 パリピな男子生徒が軽口を叩く。すると、あちこちで笑いが起こる。


「変なこと言わないの。じゃあ、今日はここまで」


 挨拶をして、放課後になった。


「星野くん、ちょっといいかしら」


 僕は先生に呼ばれて、教卓へ。

 先生は小声で言う。


「桜井さんに渡してほしいの」


 プリント類と一緒に通知表まであった。


 小陽さんは正式な学生ではない。なのに、通知表をくれるなんて……。

 人によっては通知表は拷問でしかない、というか、僕も。


 しかし、小陽さんの場合は違う。自分という存在を学校に認めてもらえて、喜ぶだろう。

 小川先生や、学校側の機転に感謝しかない。


「ありがとうございます」

「うふっ、どうして、星野くんが礼を言うのかしら」

「僕たちはずっと一緒にいますから」

「青春っていいわね」


 にやける先生に肘をつつかれた。


「でも、避妊はしなきゃダメよ」

「……」

「冗談。だって、君たちは絶対に大丈夫だし、教師としては安心できるのよね」


 それはそうだ。


「YO、みっちゃん。ラブホ行こうぜ!」


 朝日が近寄ってきた。


「三雲さん、ふざけていても、そういうこと言っちゃダメよ」

「本気だったら?」

「なおのことダメだからね」


 先生はため息をこぼしながら、去っていく。


「みっちゃん、今日の夕方、時間あるやろ?」

「昼から部活だけど、4時には終わる」

「じゃ、みっちゃん家にイクわ」


『イク』のイントネーションがおかしいのは気にしない。


「朝日、例の件?」

「うん、ひぃふうみぃトリオも今日は大丈夫だから……みんなで気持ちよくなりたいし」


 後半の発言も無視する。


「みっちゃん、ありがと。いつも付き合ってくれて」

「いいや、大事な友だちのためなんだし、こっちこそ助かる」


 朝日は僕の肩を叩くと、友だちと教室を出ていった。


 ひとりで昼食を済ませ、武道場へ。

 すでに梅雨は明けていた。外の気温は35℃ぐらい。


 防具を身に着けるだけで地獄だった。運動前なのに、やたらと蒸していて、汗も流れる。面で拭くこともできないし。


 これからの時期、本当に厳しい。


 暑いし、才能もないし、痛いし。それでも、諦めたくなくて、続けているんだけど。

 竹刀を振りながら、少しずつでも成長できることを願っていると。


(あっ、来てしまった)


 1分も経たない間に、僕は防具の牢獄から解放された。


(ごめん、小陽さん、暑いときに)


 VRの世界で小陽さんを見つけて以来、再び入れ替わるようになっていた。

 今日も2時間ほど小陽さんのまま。部活も後半に突入する。


 僕に代わって、小陽さんが試合形式の練習をしていた。

 相手は金剛くんだ。


「覚醒モードお出ましってか」


 声でバレるから、小陽さんはしゃべらない。


「ふん、オレ様なんぞ無視ってか。ホルダーの力を見せつけてやる」


 金剛くんが突進していく。

 しかし、今日も小陽さんの動きは洗練されていた。

 あっけなく金剛くんの攻撃をかわす。

 

 僕にとっては理想通りのお手本だ。しっかり目に焼き付けておこう。いつか追いつきたいから。


 と思っていたら、また僕の番になった。

 ちょうど金剛くんが面を打ってきたタイミングだった。

 回避は間に合わず、額に激痛が走るのだった。


 部活も終わり、帰宅してシャワーを浴びる。

 シャンプー後に頭にお湯をかけていたら。


「お邪魔しまーす」


 突然、背後から人の声がした。犯人はひとりしかいない。


「朝日、覗きはやめましょうね」

「あちしの新作水着お披露目会なんやし、問題ないない」


 腰にタオルを巻いてから振り向く。

 紫のド派手な水着だった。

 しかも、胸の大事な部分を三角形の布が隠しているだけで、残りは紐だった。下も両サイドは紐である。


「あちしの勝負水着どう?」


 両腕をギュッと寄せて、ほどよく膨らんだ双丘を強調してくる。


「似合ってるよ」


 適当に言ってから僕は浴室の出口に向かった。


「ちっとはマシになったのに、まだ恥ずかしがるんだね…………まあ、そういうとこもかわいいんだけどさ」


 聞かなかったフリをしよう。

 着替え後に自室に戻り、準備をしていると、朝日がやってきた。水着姿のままで。


「朝日さん、水着ですが」

「そだよ」

「これから出かけるんですよ」

「うん。けどさ、VRなんだし、問題ないじゃん」


 たしかに、理屈の上では大丈夫ではある。


「だって、あちし、たまに全裸でVRしてるし」


 やめてほしい。これから、『アンコンシャス・リンク』で朝日と遊ぶとき、変な考えをしそうだから。


「じゃあ、僕は先に行ってるから。待ち合わせ場所の広場で」


 ゲーム世界にログインしてから広場に向かう。

 にぎやかな広場にて、3人の女子がソフトクリームを食べていた。


「佐藤さんたち早いね」

「街をぶらついてたんだぜ」

「小陽たんが来るの待ち遠しいじゃん」

「小陽たんゲームでも女神だし」

「あはははは」


 遅くなってごめんとは言えず、苦笑で誤魔化した。


 小陽さんと一緒に謎の空間から脱出した後、運営の調査が入った。

 小陽さんのゲーム内キャラクターと、入院中の美春さんがサーバに痕跡を残していた情報を念入りに照合したらしい。


 その結果、小陽さんは美春さんデータ上は別IDだった。つまり、小陽さんは美春さんと同一人物ではない。

 ただし、ものすごく厄介なのがあくまでもゲーム上の話で、医学的な話ではない。

 結局は、小陽さんと美春さんの関係は謎に包まれたまま。


 さらに、問題もある。 

 小陽さんは誰かが作ったデータとは思えないようで、イレギュラーなキャラだという。

 かりに運営がゲーム内の小陽さんキャラを削除したとする。


 そうなったときに、現実世界への影響が不明だった。美春さん、小陽さんに万が一があるかもしれない。

 そのため、小陽さんのキャラクターデータは、そのままとなった。


 複雑なので、僕と小陽さんを取り巻く状況を整理すると。


 リアルでは。僕が表に出ているときは、小陽さんはクラゲ状態で僕を見ている。

 逆もしかり。


 VRでは。

 僕がこれまでのキャラを操作する。

 小陽さんも自分のキャラを持っている。

 ただし、リアルで僕がVRにログインしないかぎり、小陽さんはVRで活動できない。ログアウト状態だという。


 理由はまったく不明だそうだ。運営や政府の専門家機関によって調査が進められている。


 ややこしい話を思い出していたら、待ち人来たる。


「みなさん、お待たせしました」

「ほっやー」


 小陽さんと朝日がやってきた。


「みんな、今日はどこに行く?」


 朝日の発言を受けて。


「小陽さんは行きたいところある?」

「うーん、海です」

「さすが、はるるんや」

「ええ。先ほど、朝日さんの水着を見て、いいなぁって思ったんです」

「みんな、いま、あちしは水着なんや」

「ちょっ、朝日」

「みっちゃん、隣に水着美巨乳がいるからって、お触りしちゃ……いいよ」


 にぎやかすぎる。


「クスッ」


 小陽さんが笑みをこぼす。


「みなさんと楽しく遊んだこと、いつか思い出にしたいです」


 僕にだけ聞こえるようにつぶやく。


「なら、一緒に楽しまないとね」


 リアルでは話せなくても、触れられなくても。

 バーチャルなら彼女に手が届く。


「小陽さん、これからもずっと一緒だよ」

「はい、喜んで」


 笑顔が咲いた瞬間、目の前に水平線が広がっていた。

 誰かが転移アイテムを使ったらしい。

 僕は小陽さんの手を引っ張って、海へと向かう。


 ~第1部完~

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ゼロ距離の彼女が、どこまでも遠い 白銀アクア @silvercup

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