第5章 恩返しはなりきりプレイ

第27話 デート代行業者

「一道さん、すいません、お待たせしました」

 

 夢かと思った。

 彼女が僕に話しかけていて、僕の姿が映っているのだから。

 現実にはありえない。思わず、目をこする。


(いや、野暮だな)


 せっかくの機会なんだし。


「ううん、今来たところ」


 実際には1時間前に着いていたのに、ウソを吐いてみた。


「一道さん、優しいんですね」


 彼女の笑顔を拝めるんだ。少しぐらい待つなんて、たいしたこと――ある。


「朝日、上っ面だけの演技は意味ないからな」


 だって、僕が会話していたのは、幼なじみだったから。

 朝日が小陽さんの言葉遣いを真似ていただけで。


「ってか、小陽さんの性格を考えるなら、約束の30分前に来てもいいはず。なのにさ……」

「うふふふ」

「笑っても誤魔化されんぞ。小陽さんが30分も遅刻するなんて、考えられない」


 午前10時に駅前に集合する予定だった。

 今は10時30分だ。


「めんご、めんご。はるるんの代役でデートだと思ったら、着替えに時間がかかっちゃって」


 昨日。朝日から提案されたプラン。それは、小陽さんへの恩返しをする会を開こうというものだった。

 僕と小陽さんが遊びに行くテイで。当然、無理なので、朝日が小陽さんの代役をすることに。

 そうして、今に至る。


「勝負下着に悩んじゃって、気づけば1時間がすぎてたわけ」

「なっ」

「あれれ、気になるんだぁ。勢いで、そういうふうになってもいいからね」

「ぶはぁっ!」


 普段は私服もラフな格好が多い朝日さん。今日は小陽さんが着るようなワンピースを着ている。

 顔やスタイルの良さも引き立っているし、なにより雰囲気がちがう。

 刺激的なセリフもあいまって、めちゃくちゃ動揺させられた。


「朝日じゃない。小陽さんなんだ。朝日じゃない。小陽さんなんだ。朝日じゃない。小陽さんなんだ」

 

 自分に言い聞かせていたら。


「あちしは朝日じゃないぞ……じゃありませんよ」


 朝日さんの悪ふざけも終わっていた。助かった。


「無理がありそうだけど、本当に小陽さんを真似るの?」

「うむ。だってさぁ、みっちゃんとはるるんをデートさせてあげたいじゃん」


 デートという単語にピクリと反応してしまった。からかわれると思ったが。


「ふたりが同時に存在することはありえない。かといって、ふたりを会わせるのを諦めたくない」


 顎に手を添えて、真剣な顔をしていた。


「ならば、どうするか?」

「う、うん」

「あちしがはるるんの代役を務めればいい」

「……」

「今日のあちし様はデート代行業者なんや」

「昨日から、そこがいまいちわかんないんだよなぁ」


 昨日も説明してもらった。が、理屈がわからない。結局、強引に押し切られた。


「みっちゃんは陰キャお得意の妄想力で、あちしをはるるんだと思えばいい。そしたら、はるるんにお礼してることになるよ」

「そうなのかなぁ?」

「そうそう。はるるんははるるんで、あちしの体に取り憑いたと思って。そしたら、みっちゃんとデートしてることになるよ」

「そういうものなのかな?」


 女の子というか、朝日の思考回路がわからない。

 そこで、スマホを取り出してみた。小陽さんとの連絡に使っているメモアプリを立ち上げる。


『一道さん、明日はお願いしますね。朝日さんの中に、あたしが入ってますから。あたし、一道さんとお話できるのが楽しみすぎて、ドキドキしてます』


「小陽さんが天使すぎる!」

「手のひら返しがすごっ!」


 朝日にスポンジ製のハリセンで頭を叩かれた。安全な突っ込みグッズなので、痛くない。


「小陽さんが割り切ってるなら、今日はこれで行こう。僕も小陽さんを楽しませたいし」

「よし。これで、奢られ放題や!」

「そういうことだったか⁉」


 朝日を信じた僕がバカだった。


「素が出るたびに、罰金1億円な」

「おおっ、みっちゃん、このノリを求めてたんやで」

「さっそく、1億円だ」


 朝日に指摘されて、自分が普段のノリと違うことに気がついた。

 先日もノリツッコミをして、朝日を驚かせたっけ?


 ボッチな僕に面白い言い回しは思いつかない。

 でも、今日は小陽さんを楽しませたくて。それは、代役の朝日にも当てはまって。

 そんなことを思っていたら、無意識に『1億円』なんて言葉が出てしまったのかもしれない。


「すいません。一道さん、1億円は払えませんので、あたしがご奉仕しますね」


 朝日、あらため、偽小陽さんは僕の腕を手に取り。


「なっ」


 なんと、自分の体を押しつけてきた。落ち着く体温とともに、ふかふかの感触が当たった。


「今のあたしは偽物ですから、Dカップしかありません。本物はFカップですが、ご容赦くださいね」

「い、いえ」


 自称Dカップの膨らみ。幼い頃から、朝日とは触れ合っているのに、急に大人びて感じられた。


「うふふ。一道さんったら、照れちゃって、かわいいんですから」


 手玉にとられて癪だが、言い返せない。なりきりプレイを中断したくないし。

 かといって、一方的にやられたくもない。


(あれ、僕にも闘争心があったんだ?)


 今日は新たな自分を発見してばかりだ。


「小陽さんって、おとなしそうなのに大胆だったんだね?」


 断れない小陽さんでも学校では男子との距離感を保っている。男子と腕を組むなんて、解釈違いだ。

『あちしのキャラ作りが甘いのかも?』と感じて、離れてくれることを期待する。


 しかし。


「だって、一道さんとのデートが楽しみだったんですよ。今日が特別です」


 満面の笑みで、殊勝なことを言われたら、断れない。


 外見が朝日でも、言葉遣いが小陽さんならドキリとするらしい。


 朝日は美少女だけれど、10年も一緒にいる。今さら顔にはときめかない。

 小陽仕草に異性を感じてしまったのかな?


 あと、もうひとつ。今日の朝日は落ち着いた香りがする。普段はオレンジ系なのに、ラベンダーっぽいのだ。香りの可能性もある。


「あっ、一道さん」


 偽小陽さんが腕時計を見て言う。なお、通常の朝日なら大声で叫ぶが、小声だった。


「そろそろ映画の時間です」

「あっ、しまった」


 昨日のうちに、デートプランを朝日と一緒に考えていた。


「ごめん、ちょっと早めに歩くけど、大丈夫かな?」


 腕を組んだまま歩き始める。ショッピングモールにある映画館まで、徒歩5分強かかる。


「あたし、病弱設定ですが、運動は少しはできるみたいです」

「あははは、そうだったね」


 小陽さんは僕よりも剣道が強いし、活発な朝日も動きが機敏だ。


「一道さん、気を遣ってくださって、やっぱり優しい方ですね」


 幼なじみだとわかっていても、心拍数が上がる。2度目。


 心なしか、道行く人が僕たちを見ている。朝日とは何度も遊びに行っているが、ここまで注目を集めたことはない。

 普段の朝日はTシャツにデニムだし、僕も適当な格好だ。デートっぽくないからかもしれない。


「あんな冴えない奴が、むちゃくちゃかわいい子とデートだなんて……」

「彼女、無邪気そうだし、胸も大きい。最強のロリ巨乳じゃね」

「きっと、ドッキリだよ。バラエティ系のアイドルならワンチャンあるかもだし」


 僕たちの前を歩く男子高校生らしき3組が、ひそひそと噂をしていた。

 すると、朝日が僕の耳に口を寄せて。


「……あちしの芸人オーラは消せないみたいだなぁ」

「1億円」

「はるるん、朝日ちゃんの演技が上手いんですね」


 カオスな会話が楽しかった。

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