第26話 雑貨屋

 その日の夕方。僕と朝日は複合商業施設に来ていた。


「みっちゃん、明日、はるるんとデートなのに、今日はあちしとだなんて、やりますなぁ」

「ちゃんと目的を伝えたよね?」

「ヤリモクだっけ?」

「……なら、やっちゃうよ」

「みっちゃんだったら、あちしの初めてをあげてもいいよ……って、ちげえし!」


 お目当ての雑貨店に入ったところで、朝日が大声を出した。人々の視線が僕たちに集まる。


「まさか、みっちゃん相手にノリツッコミできる日が来るなんて……」


 朝日は目をこすりながら。


「10年間の苦労が報われて、ママ、泣いちゃうよ」


 わざとらしく泣く姿を演じる。


 少し前までの僕だったら、ヤリモクと言われたら、『そんなんじゃないし』と返していた。今思えば、会話が盛り上がらなくて当然。クラゲのときに、女子トークを聞いてたら、ついノリが良くなった?


「朝日、こういうとき、なにを買えばいいのかな?」


 恥ずかしいので、強引に話題を変えた。

 ちなみに、小陽さんに聞かれることを前提にして表現をぼかしている。


「なんでもいいんじゃね」

「そうなの?」

「うん。気持ちが一番大事なのさ」


 真面目な答えが意外だった。

 朝日の回答はもっともすぎるが、具体的にどうすればいいんだろう? 


「そこを考えるのが大事なんだよ」


 僕の心を読んでいるみたいだ。


「だって、プレゼン――」

「朝日さん、それはダメ」


 慌てて、朝日の口をふさいだ。彼女の鼻息が僕の手に当たって、くすぐったい。


 買い物の目的を声に出したら、小陽さんにバレてしまう。

 そのため、朝日とはLIMEを使って、秘密事項を共有していた。


「朝日さん、ぼかしてくれるかな?」

「相手に喜んでもらおう。そう考えて買ったものなら、なんでもいいって話」

「わかった。ってなると、僕が答えを見つけなきゃだな」

「まあ、みっちゃんの場合は悩みすぎて失敗するから、適度にいい加減にな」


 難易度が上がってしまった。


 店内の商品を眺めながら、頭を悩ませる。

 今いる雑貨屋は売り場面積も広く、多様な商品が売られていた。文房具からインテリア、DIY、ビューティー用品、キッチン用品にパーティグッズまで置かれている。なんでもある店に来たのが失敗だったかも。


「あちしの中2の誕生日にさ、リーゼントのウィッグを買ってくれたじゃん。めっちゃうれしかったんやで」

「当時の朝日、80年代風の不良の真似をしてたし。喜びそうだなって」


 朝日の場合は悪さをするわけではなく、ひとりでコントをしていたんだが。


「それでいいんだよ」

「なるほど」


 ちょっとは自信が持ててきた。


 とはいえ、小陽さんにプレゼントを贈るわけで。

 朝日は18禁な食べ物で喜んでくれたけど、小陽さんは難しい。


 ここ1ヶ月、1日1時間から2時間ほど小陽さんの行動を見ている。

 なのに、彼女が好きなものがわからない。自分のための買い物すらしたことがない子だから。


 ひと通り店内を回るが、いまいちピンと来るものがなかった。


「わざわざ電車に乗ってきたのにごめん」

「いや、あちしはパーティグッズを買えるし、気にせんといて」

「僕はもうちょっと見てるから、朝日は自分の買い物をしてて」

「わかった。決まったら、LIMEのメッセージを送ってな」

「うん」

「くれぐれも声に出したり、自分で買ったりしちゃダメだぞ」


 小陽さんへのプレゼントを僕が買った時点で、バレる可能性がある。小陽さん用とは伏せているからセーフかもしれないけれど、念のため、朝日が買う段取りになっていた。


 数メートルも離れれば、小陽さんは朝日に近づけない。いつもは不便な現象を利用する作戦だ。


「気をつけるよ」


 朝日はパーティグッズを目指して、離れていく。


 もう一度、朝日先生の教えを思い出す。


 相手のことを考えて、喜んでもらおうとする。それが一番大事。


 日頃の小陽さんの姿や行動を脳裏に浮かべる。

 ひぃふぅみぃトリオや、他の女子といるときは常に微笑みを絶やさず。

 勉強や運動をしているときは、常に一生懸命で。

 家にいるときは丁寧に家事をする。


 完璧でいて、謙虚で自己主張が弱い女の子。


 僕とは真逆。

 そうなんだけど……ある意味、なれたらいいだろう僕の姿を体現している。


 そんな彼女は、ときどき――。


「そうだ」


 僕の現在地は、女性向けファッション小物の売り場だ。

 運がよく、目当ての商品が簡単に見つかった。

 しかも、けっこうかわいい。小陽さんが喜びそうなデザインだ。


 僕は商品の情報を朝日に送った。


 店内にいると、小陽さんが目撃する可能性もある。サプライズにしておきたいし、外に出よう。

 隣の本屋で時間をつぶす。


「みっちゃん、真面目な本にえっちぃ本を挟んで買うつもりなん?」

「買わないし」

「ちぇっ。ベッド下を探索する楽しみをくれっての」

「無駄ですよ」


 朝日は僕に紙袋を押しつけてくる。


「それより、例のブツを渡しておく」

「ありがとう」

「明日はきれいな夜景が見える場所で渡すんやで」

「努力するよ」


 といっても、小陽さんと直接会話ができない。

 そこで、とある作戦を立てていた。

 うまくいけばいいんだが。

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