第25話 お礼

 土曜日の昼下がり。朝日が小サイズのレジ袋を持って、我が家を訪ねてきた。


 初夏の暑さもあり、彼女は好物のコーラを美味しそうに飲む。

 口元をふいてから。


「みっちゃんに渡したいものがあってさ」


 レジ袋に手を突っ込むと。


「じつは、パパが屋台風フランクフルトの試作品を作ってさあ」


 パックにはフランクフルトが入っていた。太くて、白い液体がかかっている。串が刺さっていた。


「ケチャップやマスタードをかけるんじゃないの?」

「フランクフルトといえば、白濁液一択や」


 言い方。


「サービスで、あちしがかぶりついちゃる」


 朝日は2本あったフランクフルトのうち、1本をつかむ。


 先端を舌でチュルチュルする。

 首を傾けて、ツインテールを片手で押さえながら、かぶりつく朝日。中学生にも見える顔立ちと、長い棒をくわえる仕草。


「白い液体をお掃除せなあかん」

「白い液体って表現やめてくれませんかね」


 背徳的な行為に感じられて、僕は目をそらす。


「あれれ、普通に食べてるだけなんですけどね……もしかして、エッチな想像しちゃった?」

「はぁ~」


 ニヤケ顔の朝日を無視して、僕は冷蔵庫のところまで行く。朝日のために用意した品を持ってきた。あわせて、コーラのペットボトルをテーブルに置く。

 そのあいだに、朝日はフランクフルトを完食していた。


「僕からはこれを――」

「なっ、これは⁉」


 幼なじみは僕から包みを奪い取る。強奪したと言ってもいい。


「18禁バナナじゃないかっ‼」

「知ってるの?」

「もっちろん。知る人ぞ知るネタ系食べ物やからな」


 先日。先生と話していて、小陽さんと朝日にお礼をしようと考えた。


 小陽さん分については、なにを選べばいいか、ずっと悩んでいて。

 朝日は付き合いが長い分、好みがわかる。なので、朝日の分を先に用意した。


「本当にネタ系が好きだよな?」

「あったりめえやろ」


 かりに、アクセサリーを贈っても、『あちし、たいしたことしてないし』とか言って、受け取ってくれないだろう。

 そこまで読んだうえで、微妙な商品を選んだ。


「みっちゃん、白濁フランクフルトだけで満足できずに、18禁バナナまで」

「なんで、そうなるの?」

「だって、18禁バナナだよ? 『18禁』なるエロワードと、『バナナ』とかいうエロい食べ物の掛け合わせじゃん。むしろ、エロさしかない」

「エロエロ言いすぎだし。バナナ農家さんに謝りなさい」


 そう言いつつも、朝日が楽しんでくれて、うれしかった。

 朝日はフランクフルトとバナナを並べて置く。


「……みっちゃんのは、どっちに近い?」

「幼なじみでもセクハラになるんだよ」

「せっかくだし、あちしの処女をバナナにくれてやんよ」


 指摘に耳を傾けず、大胆な自己開示をする幼なじみ。


「このバナナ、最初から皮がむかれてんだな。大人だねぇ」


 18禁バナナは、単純なバナナではない。バナナに白い粉が振りかけられている。そのために、皮をむいて販売されている。


「じゃあ、いただきま~す……………………うわぁぁぁぁっっっっっ!」


 バナナをかじった数秒後、朝日の悲鳴がリビングに響いた。


「からいよぉ!」


 朝日はコーラを一気飲みした。


「どう18禁の味は?」

「18禁って、エロじゃなくて、辛いって意味かい⁉」


 白い粉は怪しい薬ではなく、激辛スパイスだ。あまりにも辛いので、『子どもはダメよ』という意味で、18禁が商品名についたらしい。1企業の商品名なので、18歳未満が食べても法律的な問題は発生しない。


「みっちゃんも食え」


 朝日がバナナを僕の口に持ってくる。『あーん』が完全に罰ゲームだった。


「からっ!」


 バナナの甘味と、スパイスの辛さが謎の味だった。辛いけれど、美味い。

 その後、ふたりで恥ずかしい食べ物2品を完食する。


「みっちゃん、ありがとな」

「いや、お礼を言うのは僕の方だし」

「ん?」

「いつも僕と小陽さんを助けてくれるじゃん。感謝してるんだよ」


 親しき仲にも礼儀あり。恥ずかしいけれど、がんばってみた。


「感謝してるんなら、みっちゃんの18禁を……やらないか? うほっ」

「朝日って、僕以上に恥ずかしがり屋なんじゃ」

「うっさい。真面目なのは苦手なんだよ」


 脇腹をチョップされる。


「あと、朝日には相談もあるんだ」

「……18禁プリンでいいよ」

「わかりました」


 初めて聞いた。辛いプリンなのだろうか?


「で、相談の内容は?」


 この場で話すと、小陽さんにバレてしまう。1メートル程度しか離れられないのも困りものだ。


 もちろん、互いのプライバシーに立ち入らないよう配慮している。トイレや風呂はできるだけ見聞きしないようにするとか。

 それでも、相手の存在を意識していると、できない行為もある。たとえば、エッチな動画鑑賞とか。


「朝日、耳を貸して」


 すると、朝日が僕に耳を近づけてくる。

 僕は用件をささやく。もちろん、小陽さんに聞かれないようにするため。


「ふぁんっ❤」

「朝日、どうした?」

「みっちゃんの息がエロいのが悪いんだ」

「いちいち、ふざけないとダメなんですね」

「感じるものは感じるんだから、しゃーねえやろ」


 朝日はニヤけると。


「それなら、良い作戦があるっての。明日、デートしようぜ」


 僕の耳元でささやいた。

 吐息がくすぐったかった。たしかに、変な声が出そうになる。我慢したけど。

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