第24話 面談

 中間試験が明けてから数日がすぎた。


「星野くん、中間テスト、ずいぶん頑張ったじゃない?」


 放課後。僕は国語準備室に呼ばれていた。

 席に着くや、担任の小川先生にいきなり褒められたわけだ。


「僕はなにもしてないです」

「……教師2年生だけど、いちおう先生なんだよ」


 先生が胸を張ると、たぷんと双丘が揺れる。

 たしかに、大人です。


「星野くん、目立たないフリをしてるけど、相当、勉強してるよね」

「いえ、僕なんかまだまだ」

「どうなんだか?」

「本当です。小陽さんが他人に教えているのを見てたら、勝手に成績が上がったんです」

「謙遜するところは彼女と似てるね」

「……」

「謙遜もやりすぎると逆効果よ。あっ、桜井さんにも言っているから」


 さすがに先生の目は誤魔化せない。


「僕は不器用ですから、他人と同じことをやるのに時間がかかるんです」


 たとえば、自転車に乗れるようになるまで、3年かかった。

 他にも、漢字が書けなかったり、逆上がりができなかったり。子どもの頃は、あらゆる行動がダメダメだった。


「そう?」


 さも不思議そうな顔をする先生。


「君、大量に努力した結果、実を結ぶようになったのね」


(そうなのか?)


 数日前。金剛くんを相手にそれなりに戦えた。たしかに、自分の成長を実感できてはいるが。

 けれど、小陽さんを見た結果なのか、自分の努力によるものなのか判断できないわけで。

 いまいち、自分に自信が持てない。


「どちらにしても、うちの学校に受かる時点で学力に自信は持っていいわ」


 我が私立胡蝶こちょう学園高校は進学校で、偏差値はそこそこ高い。その一方で、文武両道を是としていて、スポーツが得意な生徒も多い。


 僕みたいな不器用な人はあまりいないはず。

 先生に褒められても、実感が湧かなかった。


「中間テストの成績も、入試に比べて、かなり上がっていたわね」

「小陽さんのおかげですね」

「あなたって子は……」


 先生はため息を吐く。


「謙遜もすぎると嫌味になる。さっきも言ったつもりなんだけど」

「すいません」

「あと、謙遜のしすぎは、自己肯定感も下がるの。素直に受け取っておきなさい」

「はい」

「桜井さん、あなたもですからね」


 先生は付近を見渡しながら言う。


「それで、本題に入るけど」


 気が引き締まる。


「桜井さんのことなんだけど、上といろいろ話していてね」


 やはり、桜井さんの件だった。思わず、唾を飲み込む。


「これまでは様子見というか……他の生徒に怪しまれないようにするために、うちのクラスの生徒という扱いをしていた。君も知ってのとおりだけど」


 僕はうなずいた。


「桜井さんは学校をどう思ってるの?」


 勝手に話していいか迷ったが。


「小陽さん、学校が楽しいと言っていましたよ」


 正直に答えた。彼女なら自分の意思を代弁してほしいと言うはずだから。

 僕はスマホのメモアプリを立ち上げ、先生に差し出す。


『5月24日(金) 今日も学校は楽しかったです。みなさん、試験が近づいていて、大変そうでしたが。

 佐藤さんたちも困っていらっしゃって、勉強会をすることになりました。

 あたし、みなさんと一緒に勉強したいです。

 でも、どうせ遅刻と早退しますし、うーん、なんでもないです。一道さんに……あっ、バカです、あたし』


『5月25日(土) 今日は朝日さんの家に行って、みんなで勉強会をしました。

 とても楽しかったです。こういうの小学生並みの感想って言うんでしたっけ?


 とくに、お庭で食べた焼きそばは最高でした。

 みなさんも、あたしに優しくしてくださいました。なのに、あたしったら、自分の意見が言えなくて、みなさんを心配させてしまって、ごめんなさいです。

 先生役をやらせていただいたのですが、未熟者なりにお役に立てたんですかね?』


 先生は微笑を浮かべていた。ただし。


「彼女を学校に通わせてあげたいわね」


 ため息まじりで。


「そうですね。1日1、2時間じゃかわいそうです」

「それはそれで、星野くんが時間が長くなるのよね」


 入れ替わりの間、僕は保健室で休んでいることになっている。おかげで、最近では病弱キャラ化して――いない。目立たないから。


「学校側としても、できるだけ配慮したいと思ってるの」


 うれしくて、涙が出そうになる。

 僕たちに配慮してくれるのはもちろん、小川先生がふたり扱いしたことが大きかった。


 もはや、僕にとって小陽さんは自分の一部ではなくて。

 桜井小陽というひとつの人格で。

 独立した人間として、僕は彼女に好意を抱いている。


「学校としては、桜井さんを正式な生徒にしたいのだけれど……」

「彼女に戸籍がないのが問題ですか?」

「それもあるわね」


 先生は窓の外を見る。バットの音が聞こえてくる。


「かりに、戸籍の問題が解決できても、出席日数が少なすぎるの。いくら成績が学年1位でも、進級は厳しいわね」


 小陽さんは持ち帰りで中間テストの問題をやっていた。まさか、その結果が学年1位だったとは。


(本当に小陽さんはすごいよ)


「学年1位に教わったんなら、僕の成績も上がるわけですね」


 近いうちにお礼をしたい。

 普通だったら、食事を奢るとか、プレゼントを贈るとかあるんだけど。


(あっ! プレゼントがあったか!)


 プレゼントなら直接会話できなくても、感謝を伝えられる。


「星野くん、考えごとなんて珍しいわね」

「す、すいません」

「先生から言いたいのは、できるだけ配慮するってことよ」

「ありがとうございます」


 頭を下げて、先生にもお礼を述べる。


「あと、三雲さんにも、ありがとうを言ってあげてね」

「そうですね。あいつ、茶化しますけど、考えておきます」


 それからしばらくして、国語準備室を出る。

 部活に向かう足取りがいつもより軽かった。

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