第23話 見てるだけでレベルアップ

 数日がすぎて、中間テストの最終日。

 いよいよ、試験も最後の科目になる。困ったことに、苦手な数学だった。


 試験監督は担任の小川先生だ。


「試験、はじめ!」


 先生の一言で試験が始まった。

 高校に入って授業の難易度も上がっていて、苦戦すると思われたのだが。


(あれ? こんなに簡単だった?)


 1週間前に解けなかった問題がスラスラ書ける。


 先日の勉強会でも小陽さんの説明はわかりやすかった。

 しかも、ここ数日間、僕が残したノートを小陽さんが添削してくれている。間違えた箇所に親切丁寧な赤ペンが入っていたんだけど、これまたプロの先生みたいだった。


(完全に小陽神のおかげです)


 15分前には全問の回答が書き終わっていた。見直しにたっぷり時間を使えるし、精神的にも楽だった。


「はい、試験、終わりです」


 小川先生の言葉をきっかけに、教室の空気が弛緩する。


 答案を集めたあと、小川先生は教室を出ようとする。

 しかし、ひぃふうみぃトリオが突撃していく。


「先生。小陽たん、大丈夫なん?」

「このまえも言ったけど、桜井さんは保健室で受験してるのよ。昨日までは全教科受けたし、今日も欠席の連絡はないわ」


 そう答えると、小川先生は僕に目配せをした。

 先生はクラスメイトたちを心配させまいと、ウソをついてくれたのだ。

 なお、試験の時間中、僕が小陽さんに入れ替わることはなかった。


 僕は黙って先生に頭を下げた。

 帰り支度をしていると。


「みっちゃん、試験最終日デートせえへん?」


 朝日が話しかけてきた。


「試験最終日デートって?」

「マンガやラノベであるじゃん。試験の最終日にカラオケとか行く奴?」

「ごめん、今日は部活なんだ。試験休み明けだし、行っておきたいかな」


 試験は午前中で終わりで、午後1から部活だ。試験休みの分を取り戻すためなのか、普段よりも練習時間が長い。


「つれないなぁ」

「部活してるんだから、しょうがないだろ」

「最近、暑いし、防具の臭さで状態異常になれば?」

「……嫌なことを思い出させないでよ」


 好きで剣道をやっている僕も、夏場の防具は非常にしんどい。ただでさえ湿気が高くて、不快感が半端ない日本の夏。面で頭を締めつけられていると、さらに地獄になる。汗臭い以上に、圧迫感はつらいのだ。


 朝日が女子の方に行ったので、僕はひっそりと教室を出る。

 裏庭で軽めの昼食をとってから、武道場へ。胴着に着替えて、防具を身に着ける。


『いざ鎌倉!』ならぬ、『いざ稽古!』と歩いていたら、体がムズムズした。

 どうやら、小陽さんにスイッチするらしい。


(防具が汗臭くありませんように)


 小陽さんのメモによると。


『あたし、剣道好きですよ。たまには体も動かしたいですし、やっていいですか?』


 と言われている。

 防具だとバレる心配がないのもあり、部活中に限っては堂々と僕の代役をしてもらっている。


 ウォーミングアップの体操から始まり、素振りや切り返しなどの基本的な練習メニューに進んでいく。


 体や防具から解放された僕は、クラゲ状態のまま小陽さんを観察していた。


 べつに、エッチな目的ではない。防具だと胸の膨らみもわからないし。袴がかさばっているせいか、お尻の膨らみも出にくい。


 真面目な話、小陽さんの動きは軽やかで、無駄がない。見ているだけで勉強になる。


「雑魚野郎。今日は調子がいいんだな」


 小陽さんは金剛くんに話しかけられていた。

 外見は大丈夫でも、声でバレる。小陽さんは首を縦に振っていた。


「貴様、調子の良い日と悪い日で別人みたいだぞ」

「……」

「そんなんだから、雑魚なんだ。まあ、しょせんは平民だしな」


 金剛くん、まるで中世ヨーロッパ世界(?)の人みたい。


『小陽さん、手を抜いて、あの動きだからな』


 小陽さんが本気の本気を出したら、僕との落差がありすぎる。さすがに、先輩や顧問の目は誤魔化せない。追及されてしまうので、小陽さんには言い訳が聞くレベルに手加減してもらっていた。はじめて小陽さんが剣道をやったとき、後で面倒くさいことになったし。


『そのうち、僕も小陽さんに追いつかなきゃ』


 今の僕にできることは小陽さんを見ること。


 人の動きを観察するのも、稽古のひとつ。日本武道の考え方で、見取り稽古という。古くさいかもだけど、職人的な『仕事は見て盗め』の精神に通ずる。


 1時間近く、ひたすら小陽さんを見続けていたら、休憩時間になった。

 みんなが面を外すなか、小陽さんだけはつけたまま。ペットボトルにストローをさして、面の隙間から水分補給をしていた。


 休憩時間も終わろうというとき、入れ替わりの徴候を感じた。

 どうやら、稽古の後半は僕のターンらしい。


 小陽さんの動きのイメージは頭の中に出来ている。

 小陽さんを真似することを意識して、その後の練習に打ち込んだ。


「じゃあ、最後は試合形式でやる」


 顧問からの指示で、試合稽古になった。

 数組の試合が終わる。


「次は、金剛と…………星野」


 なんと金剛くんが相手だった。今の彼は、1年で最強。2年にも勝つことが多い。3年の先輩が引退したら、レギュラー間違いなしと言われている。それほどの強さだ。


「星野。今日は前半は調子がよかったな。しっかりやれよ」


 顧問の先生に叱咤される。小陽さんとの実力差は仕方ない。真剣にやるだけだ。


「始め」


 審判役の先輩が合図して試合が始まった。1本を先取した方が勝つルールだ。


 金剛くんはいきなり突っ込んできた。

 金剛力士像のごとき迫力だ。子どもだったら絶対に泣く。以前の僕だったら、間違いなく怯んでいた。

 けれど、僕がみっともないプレイをすれば、ときどき代役をする小陽さんも貶めるわけで。


「ええぇぇっっいいい!」


 僕も負けじと突進していく。


「めぇぇぇんんんんんっ!」


 先に攻撃をしてきたのは、金剛くんだった。

 頭上に振りかぶった竹刀を猛烈な勢いで振り下ろす。

 入部したばかりの頃だったら、反応できなかっただろう。


 ところが。


(見える!)


 体が勝手に反応する。

 敵の竹刀が僕の面に到達する手前で、横から払った。

 手がビリビリしたものの、自分の面は守れた。有効打にもならず、防御に成功する。


(あれ? 僕、こんなに強かったっけ?)


 自分でもわからないが、体も軽い。イメージしたとおりに動いてくれる。


「ちっ。後半は調子が悪くなったと思ったのに、やるじゃねえか」

「えっ?」


 金剛くんの言葉が意外だった。彼がお世辞を言うはずがない。


(もしかして、小陽さんを見てたら、レベルアップした?)


 家での素振りや、VRを活用した練習は続けているが、急に成果が出るとは思えない。

 小陽さんを見ていたことぐらいしか要因はない。


「今度はこっちから行くよ」


 謎の万能感があった。小陽さんが近くにいると考えたら、勇気も湧いてきて。


「めぇぇぇんんんんんっ!」


 体当たりを食らわすぐらいの覚悟で、金剛くんに向かっていく。


「甘いな。めぇぇぇんんんんんっ!」


 相手の面を叩いた感触とともに、自分の額に激痛が走る。


「勝負あり」


 審判が旗をあげる。どうやら、1本をとられたらしい。

 試合が終わると、僕たちは残りの試合を見るため端へ。金剛くんが僕の隣に腰を下ろす。


「ちっとはマシになったな」

「えっ?」

「調子いい日はセンスはあるのに優しすぎる。かといって、調子が悪い日はボロ雑巾レベルの雑魚」


 あいかわらず、ディスられている。


「けど、オレ様に突っ込んできただろ」

「ああ」

「そういう態度、嫌いじゃねえぜ」

「……」

「動きの無駄も減ってきてるし」


 どうやら褒められたらしい。


「まだまだ、オレ様の敵じゃねえけどな」


 口が悪いだけで、案外、悪い人ではないかも。

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