第28話 デート本番

「朝日」

「あたし、小陽ですよ」


 偽小陽さんは笑顔で訂正を求めてきた。

 柔らかな癒やし系を感じさせる笑顔。小陽さんの雰囲気がよく出ている。


(朝日、演技でもやっていけるんじゃ)


 いや、なりきりプレイ中だった。


「ごめん、小陽さん」


 小陽さんも楽しみにしているし、僕は素直に謝った。


「うふっ。一道さん、ご丁寧に頭を下げるなんて、かわいいです」


 顔は朝日なのに、ドキッとしてしまった。ギャップの力は偉大だ。


 恥ずかしさを誤魔化したいし、本題に入ろう。

 僕は映画館前の立て看板を指さして、彼女に尋ねた。


「小陽さん、本当に恋愛映画でいいの?」

「……」

「コメディにしとこうか?」

「あちし、コメディしか勝たんやろ」

「小陽さんですよね?」

「ギクッ」

「あちしさんじゃありませんよね?」

「……朝日なんて、爆乳超絶美少女、知らない子ですね」


 化けの皮が剥がれまくりだった。そもそも、小陽さんが『爆乳』なんて言葉を使うとは思えない。

 これ以上、突っ込んでも野暮なので、話を戻す。


「本当に恋愛映画のチケットを買うよ?」

「はい、お願いします」

「いいんだな?」


 朝日本人はギャグ系かホラー、アニメ映画が好きだった。


 一方、僕たちが観ようとしている作品は、大人向けのハリウッド恋愛映画。あらすじを読んだ印象では、仕事や恋をがんばる女性を描いた映画らしい。


「もちろんです。あたし、こういう映画が好きなので」


 自分のことなのに推測で話す点を除いて、及第点だった。


「まあ、お金は僕が払うから……」


『肌に合わなかったら、寝てていいよ』と言いかけて、途中で言葉を切ってしまった。


 制作関係者や、販売、映画館の人たちは真剣に働いている。そういう人たちに失礼な気がするから。

 もちろん、どうしても寝てしまう場合もある。居眠り自体を責めるつもりはない。

 ただ、声に出したら、他人の仕事を軽視しそうで、嫌だった。


「あたしがお金を出せればいいのですが……」

「気にしないで。小陽さんの分は僕持ちだから」


 朝日には代行をしてもらっている。朝日からは絶対にお金をもらえない。

 そもそも、今日は小陽さんに感謝する会。僕が払うべきだろう。


 なお、小陽さんの私的財産は少ない。両親から送られてきた仕送りから生活費を差し引き、残りを僕と小陽さんのお小遣いにしている。海外住みの両親は円安が直撃しているし、日本国内の物価高もある。小陽さんには我慢をさせてしまっている。


「じゃあ、僕はチケットを買ってくる」


 席について、しばらくすると、映画泥棒がスクリーンに登場した。


「世の中には悪い人がいらっしゃるんですねぇ」


 映画泥棒に対する感想が無邪気で、本物の小陽さんみたいだった。


 それから、本編が始まり。

 仕事や恋に前向きなヒロインなんだし、明るい雰囲気の作品だと思ったのだが。

 いきなり仕事で失敗し、彼氏にも振られて、ヒロインは鬱々としていて。


「ぐぅぅ~」


 開始5分も経たずに、偽小陽さんは舟を漕いでいた。しかも、僕に寄りかかって。

 肩に顔が乗っている。


(なに、この柔らかいほっぺた?)


 デートなので手も繋いでいて。

 勝手に外すのもためらわれて。


 緊張で内容も頭に入らない。中身は朝日なのに。


 外れな空気も漂っているけれど、とりあえず最後まで見ないと。

 その数分後に、僕は固まった。


(キ、キスしてるじゃんか⁉)


 オラオラ系の男が出てきて、ヒロインに壁ドンからのキスをしたのだ。アメリカでも壁ドンはあったらしい?


 オラオラ系と知り合ったのをきっかけに、陰キャヒロインが変わっていく。明るくなっていき、仕事でも自信がついていった。まるで、日本の少女マンガのノリだ。


『私、不器用で、なんにもできないと思ってたけど』


 成長しつつも失敗を繰り返すヒロイン。なんとなく自分を見ているようで、目が離せなくなる。


『あなたと出会ったから、本当の自分に気づけたの』

『オレ様に感謝しろよ』

『なら、こうするね』


 ヒロインは唇を彼の首筋に押しつけると、服を脱ぎ始めた。


『おまえ、陰キャな癖にエロいんだな?』

『かもね。あなたとキスしてから、体がうずいてたまらないの。無意識で、あなたと繋がっていたいのかなぁ』

『オレ様がおまえとつながってやる』


 男が彼女をベッドに押し倒し、ギシギシアンアン。さすがに、裸は映さないけれど、他人の目が気になって仕方がない。

 朝日が寝ていて助かった。


(あっ!)


 大事なことを思いだしてしまった。本物の小陽さんは、僕から1メートル程度しか離れられなくて、彼女も映画を見ている。


(ものすごく気まずい奴なんじゃ)


 それに、2人分のチケットしか買っていないのに、小陽さんも見ている。小陽さんが映画泥棒になった?


 朝日が寝ているし許してもらえる?

 映画が終わり、室内が明るくなる。


「うぅんん~」


 朝日がキャラ付けを忘れて、大きく伸びをする。


「小陽さん、おはよう」

「みっちゃん、おは……じゃなくて、おはようございます」


 目をこすりながら、小陽さんモードに戻った。


 すでに、お昼をすぎていた。

 映画館の出口に向かう。ショッピングモールなので、映画館を出たところに飲食店が集まっている。


「小陽さん、お昼はなにがいい?」

「それより、映画、大胆でしたね?」

「へっ?」


 目が点になった。


「オラオラ系が爆乳ヒロインちゃんのおっぱい好きにしてた……ました。すごく大人で、ドキドキしました」


 朝日と小陽さんが混じっているような感じだった。


「寝てたんじゃなかったの?」

「エッチなところだけ目を開いてたんです。一道さんの反応がかわいかったです」

「………………うわっ」


 たぶん、小陽さんを意識してたのも見られた?

 やっぱり、コメディを選んでおけばよかったかもしれない。

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