第29話 カップル専用パフェを頼んでみた
「ラーメンじゃなくていいの?」
「……せっかくのデートですし、映えるカフェがいいかと思いまして」
朝日、もとい偽小陽さんは作ったような笑みを浮かべていた。
無理している感はあるけれど、ある意味、小陽さんっぽい。小陽さん、自分の意見を言わないし。
いや、勉強会を機に少しずつ自己主張するようになったか。
ちなみに、モールを出た僕たちは、偽小陽さんが行きたいというカフェの前に来ていた。道の反対側に朝日がお気に入りなラーメン屋があり、何度かチラ見をしている。
「このカフェ、カップルメニューがあるんです」
「そうなんだ」
「特大パフェが500円なんですって」
「そりゃ、安いな」
「一度、来てみたかったんですけど、あたし、彼氏いませんので」
そこまで聞いて、2点ほど引っかかった。
なりきりプレイの雰囲気を壊さないよう、小声で言う。
「朝日が食べたいってことだよな?」
「あたしは朝日さんじゃありませんけど、朝日さんも食べたいと思います」
認めたようなものだった。
「今日は朝日の分まで味わってね」
「一道さん、優しくて、大好きです」
偽小陽が僕の腕に抱きついてきた。小陽さんはそんなキャラじゃない。
残りの1点について、尋ねてみた。
「僕たちは恋人じゃないけど、カップルメニュー使えるの?」
「心配しないでください。交際前の男女がデートで使っても、問題ないと店長さんが言ってますので」
「なら、僕が気にすることじゃないか」
「で、でも、親密そうじゃないとダメらしいので、ギュッてしますね」
当たってる。ぷよぷよした物体が。
あまりの弾力に脳がとろけそうになる。
中身が朝日であっても、気持ちいいものは気持ちいい。
「一道さん、照れちゃって、かわいいんですから」
朝日がカフェの入り口に向かって、歩き始める。
(小陽さんは自分から動くキャラじゃないぞ)
なので、僕は足を速めた。
ドアを開けると、20代前半とおぼしき女性店員がやってきた。
「いらっしゃいませ。カップルさんでしょうか?」
「えっ、ええ」
見せつけるように偽小陽さんが僕の胸に飛び込んでくる。
僕は両手を広げて、小柄な体を受け止めた。
子どもの頃、朝日は僕の胸を目がけてジャンプして遊んでいた。何千回と繰り返したので、とっさに動いてしまったようだ。
「まるで、結婚50年のご夫婦みたいに息がぴったりですね」
「そりゃ、お――」
「えへへへ。お姉さん、うれしいことを言ってくださいます」
『そりゃ、幼なじみですから』と言おうとして、朝日に遮られた。
席に案内された僕たち。僕と偽小陽さんは紅茶と、特大パフェを頼んだ。なお、朝日は本当はコーラが好きだが、小陽さんの趣味に合わせた。野暮なので、僕からはなにも言わない。
「それにしても、あたしたち長年連れ添った夫婦だなんて……うれしいですね」
偽小陽さんは満面の笑みを浮かべつつも、顔を赤くしていた。
(演技にしてもすごくない?)
笑顔までは真似できるかもしれないが、顔色までコントロールできるんだろうか?
芸人すごい。
(いや、待てよ)
お世辞が入っているにしても、店員は僕と朝日の様子を見て言っているわけで。
僕と朝日が夫婦と受け止められたと等しい。
もし、朝日が僕と同じことに気づいていたとしたら?
それで赤くなったのなら、朝日への印象も変わってくる。
朝日の奴、僕を男子扱いしていないし、そもそも行動がネタに走りすぎる。
顔を赤くするなんて、女子高生っぽい仕草をされたら……普通にかわいい。
(いや、アカンやろ)
朝日を意識する自分に対して、関西弁で無理やり突っ込んでみた。
「おしどりカップルさま。ドリンクをお持ちしました」
さきほどの店員がやってきて、無事にカップル認定される。
しかも、店員がテーブルに置いた紅茶はカップがひとつだった。
「カップルさんが同じものをご注文されましたので、専用のカップでお持ちしました。ストローを2本さしておきました。仲良くお飲みくださいね」
笑顔で店員が去っていく。
「これって、ラブコメマンガで見ますね」
朝日を意識したあとなので、恥ずかしさがハンパない。顔が崩壊するまである。
もうダメだと思ったとき、体が熱を帯びた。
「ごめん、朝日。入れ替わるみたい」
「えっ?」
「小陽さんが来たら、僕を演じて」
朝日は親指を立てる。
僕は慌ててトイレへ行く。幸運にも男女共用だった。トイレで小陽さんとチェンジし、クラゲになった。
小陽さんが朝日の席につく。
そこで、大変なことに気づいた。
(僕たち、カップル割でパフェを頼んだんだよな)
なんとかして理由を考えねば。僕が良いアイデアを思いついても、連絡する手段がないので、お手上げだった。
頭を抱えていたら、店員がトレイにパフェを乗せてやってきた。
「お客さま、パフェをお持ちしましたが……そちらのお嬢様は?」
店員は小陽さんを不審げに見ていた。無理もない。カップルで来ていたのに、なぜか女性同士になっているのだから。しかも、カップルだから、割引で商品を提供している。
「じつは、彼、急用ができちゃったのさ」
朝日が素の彼女の口調で言う。
「あれ?」
店員が首をかしげる。
「あたし、一道さんとも朝日さんとも親しくさせていただいてます。近くにいたので来たのですが、ご迷惑でしたか?」
「その話し方は、金髪の彼女さんとそっくりで……でも、金髪彼女さんも急にお笑い芸人になったし」
店員が混乱するぐらい、朝日の演技は上手かったのか。
「カップル割のことなら気にしなくていいよ」
店員に追い打ちをかけるような発言をする朝日。
「えーと、通常価格は3000円ですが、店長の考えでカップルを応援したくて500円にしているんですよ」
突然の状況で気にする余裕もなかったけれど、パフェはスイカサイズだった。4人前はありそう。500円は安すぎる。
「あちしら三角関係なんだよね」
朝日はさらに爆弾を投げる。
「あれだけの熟年夫婦なのに、愛人が⁉」
「そうじゃなくって。あちしと目の前の銀髪巨乳ちゃんも愛し合ってるのさ」
「えっ?」
声を出したのは店員だけ。しかし、小陽さんも目を点にしていた。
「彼と銀髪巨乳ちゃんもラブラブでさ。双方向の三角関係って奴」
「近頃の若い子は高度すぎる」
朝日は小陽さんの肩を抱いて。
「はるるん、あちしたちのこと好きだよな?」
「あたし、一道さんも、朝日さんも大好きです」
朝日の質問に答える小陽さんは無邪気で。恋愛的な意味ではないとわかっていても、ドキリとした。
「うーん、理解できませんが、LGBTQにも配慮しないといけませんし」
店員はため息を吐く。厄介な客になっていた。
「ごめんごめん。彼女と仲良いのは事実だけど、ちゃんと通常料金を払うから」
朝日はスマホを店員に見せた。そこには、『ドッキリ大成功!』のイラストが表示されていた。
「……ドッキリですか。今後はやめてくださいね」
「連れがご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
小陽さんが丁重に謝罪し、事なきを得た。
店員が去るや。
「あちし、ふたりのこと好きなのは本当なんだけど」
「あたしもです」
ふたりの不意打ちがパフェよりも甘かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます