第30話 家族○○

「小陽さん、どこか行きたいところある?」

「一道さんと一緒なら、どこに行っても楽しいです」


 天使がいる。天使は銀色の髪から神々しい輝きを放っていた。


 ただし。


「じゃあ、小陽さん、ホテルで休憩しよっか?」


 僕、いや、僕役を務める奴が最低だった。


『朝日、僕はいきなりホテルに誘うクズじゃないぞ』


 カフェで僕と小陽さんが入れ替わって以降、朝日が僕を演じている。小陽さんが僕と遊ぶ体裁で進んでいた。


 カフェを出たところで、とんでも発言が出たのだった。

 まだ陽は高く、初夏の陽気が心地よい。健全な遊びはいくらでもあるだろうに。


「ホテルはネタだよ」

「うふふ、一道さん面白いですね」


 小陽さんらしい受け答えだ。


「けど、せっかく、話せるんだ。交流を深めたくない?」

「ええ。あたし、もっと一道さんのこと知りたいです」

「なら、裸の付き合いは必須だよね」

「そうですね」『おい!』


 小陽さんは普通に受け入れ、僕は無音の抗議をした。


「なら、温泉に行こうか?」

「あたし、温泉は行ったことないので、行ってみたいです」

「じゃあ、決まりだね」


 僕的には女子を温泉に連れていくなんてありえない。

 朝日さん、小陽さん役だったときとは別人みたいに、解釈ちがいをしまくっている。


(おかしいな、朝日とは幼少時からの付き合いなんだけど)


 絶対になにか企んでいる。

 思考をめぐらせていて。

 

『まずいじゃん!』


 大変な事態に気づいた。


 今の僕はクラゲのように宙を漂う一方で、透明人間でもある。過去には、女子更衣室や女子トイレにも潜入してしまった。


 温泉に着いても、小陽さんのままだったら……?

 事態を想像しただけで、恐怖しかない。


 僕たちは都内住み。温泉まで時間がかかると思われるだろう。

 しかし、今、僕たちがいる場所から10キロ圏内に温泉があった。子どもの頃、朝日一家と一緒に何度もその温泉を訪れている。


 ここは朝日たちが遠出することを期待しよう。


「じつは、近くに温泉があるんだよ」


 一瞬で終わった。


「うわぁ~行きましょう!」


 小陽さんはスキップを踏むと、偽僕の腕に抱きつく。偽僕の腕は、双丘の谷間に埋まっている。


『むぎゃっ!』


 最悪の展開だというのに、自分が小陽さんと腕を組んでいるのを妄想してしまった。


 小陽さんたち一行は地下鉄に乗り、15分後、電車を降りる。

 路線バスに乗り換えて、10分強。

 乗り物の待ち時間を含めて、30分ちょっとで温泉に着いてしまった。


『どうすんの⁉』


 入れ替わる気配はまったくない。


 このまま大浴場に入ってしまったら、僕は朝日や小陽さんはおろか、見知らぬ女性たちの入浴を目撃するわけで。

 僕に見られていることを知っている朝日たちはともかく、無関係の人たちを巻き込むのは良くない。


 それに。

 万が一、入浴中に入れ替わろうものなら、僕は通報されてしまう。『小陽さんから変身しました』なんて話が通じるわけもなく、詰みだ。破滅フラグしかない。


 僕の心配も知らずに、朝日が受付でお金を払っていた。

 受付でタオルなど一式を受け取り、ふたりは入場する。

 階段を上がって、2階に着く。案内板に大浴場と書かれていた。


 僕には現実に影響を及ぼす力はない。どうやっても、破滅フラグを折れない悪役令嬢の気分だった。

 頭を抱えていたら、体が上に引っ張られる。小陽さんと朝日は2階を通過し、階段をのぼっていたのだ。


 3階にて。


「ここ、家族風呂があるんだけど、当日に窓口で予約しないといけないんだ」

『あっ』


 いつも2家族で来ていたので、家族風呂は使ったことがない。だから、意識から抜けていた。


「運良く空きがあって助かったよ。せっかくだし、小陽さんと一緒に入りたかったからね」

『よくやった、朝日!』


 思わず叫んでしまった。

 しかし、下卑た笑みを浮かべた偽僕を見て、冷静になった。


(どっちにしても、ふたりの裸を見るんだよね)


 できるだけ目をそむけよう。

 などと思っている間に、ふたりとも下着姿になっていた。小陽さんはカフェのトイレで下着を着けたらしい。白い清楚な布が神々しい。


(って、見ちゃダメだ)


 視線を天井に向ける。しばらくして、体が引っ張られる。浴場に入ったようだ。


 家族風呂がどんなものか興味があったので、視線を下げる。いきなり湯船に入らないだろうと判断した。


 3~4人用と思われるヒノキの浴槽だ。

 木の香り、湯気、水の音に少しだけリラックスできた。音だけでも楽しめそう。

 

「それにしても、小陽さん、本当におっぱいが大きいねぇ」

「えへっ、一道さん、積極的なんですね」


 前言撤回。見てないのに、心が乱される。


「みっちゃんさぁ、良いところで入れ替わちゃったんだし、サービスシーンをプレゼントしてやんぞ」

『えっ?』


 朝日の素が出ていて、思わず下を向いてしまった。

 幼なじみは生まれたままの姿で、僕の方を見て、ニヤけている。


「ワシワシ」

「きゃっ!」


 偽僕が変態行為に及んだので、天井をじっと睨む。


『おい、朝日、ナニしてくれてんだ⁉』

「手のひらにおさまりきれないし、柔らかいし、張りがある。まさに神乳やな」

「一道さん、あたしの体……好きですか?」

「うん、僕、小陽さんの体にメロメロだよ」

『僕、そんなこと言わない』


 というか、女同士とはいえ、小陽さん抵抗しなさすぎ。


「僕、小陽さんのこと好きすぎだからね」

『おい、勝手に告白すんな』


 偽僕は完全に暴走している。


「あたしも一道さん、好きですよ」

「なら、僕がなにやっても怒らない?」

「もちろんです」


 勉強会の後、少しは自己主張するようになったのに。ノーと言えない小陽さんリターンズ。


「小陽さん、本気なんだね?」

「ええ。今回にかぎっては、自分に嘘をついていません」

「なぜ、そこまで、みっちゃんを受け入れるの?」

「だって、あたしは一道さんを全肯定したいですし」

「ですし?」

「そのために、生まれてきたと思ってますから」


 そう言い切った後、軽く笑う声が聞こえてきた。

 温かいはずなのに、背筋がゾクリとした。

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