第41話 冒険
「ここに小陽さんがいるんだね?」
僕たちはとある洞窟の前に来ていた。
なお、転送アイテムを使って、洞窟の座標に一瞬で移動した。おかげで、時間も短縮できたし、疲れもない。
「あちしの情報を疑ってるんか?」
「そうは言ってないよ」
「あちし様だもんな」
朝日は胸を叩く。ビキニに包まれた双丘がたゆんと弾んだ。
まったくと言っていいほど、特別感がないダンジョンだ。素直に信じていいものかと思うけれど、正しいことを前提に進めよう。
外れだったら、そのときに考えればいい。
「はいはい、さすが朝日さんですね」
「あちし様を崇めよ」
「じゃあ、みんな、探索を進めよう。前衛は僕がやる」
朝日がガクッと崩れる。
「いや、こっちは戦士だぜ」
口を挟んだのは佐藤さんだった。
「タンクが先頭をやるべきだぞ、サムライさん?」
「……なら、佐藤さんが先頭で、僕が2番目でいいかな?」
気が焦っていたが、高橋さんの申し出を受けた。重装備の高橋さんの方が防御力が高く、みんなの安全を考えてもベストだ。
「なら、あちしが目からビームを出して、ライト代わりになるけん」
朝日の瞳からなんとか光線が放たれた。まるで、懐中電灯のように行く手を照らす。
ダンジョンを進むこと、30分ほど。1本道だった。
その間、まったくモンスターと遭遇せずに、開けた場所に到着した。
「朝日、ここで行き止まりなんだけど?」
「みっちゃん、見りゃわかるやん」
さも当然とばかりの態度だ。
手がかりはまったくない。
ダンジョン突入前は自信満々だったのに。さすがに、問い詰めたくなった。
「朝日、知っていることを教えてもらおうか?」
「例の情報屋に聞いた話なんだけどさ」
「うん」
「モンスターもほとんで出ないし、いてもスライムやゴブリン級。しかも、途中で行き止まりだとよ。ボスもいなくて、クリア扱いにならなかったみたい」
通常のダンジョンではボスを倒したら、ダンジョンをクリアしたとみなされる。ボスが不在だから、ダンジョンを攻略できなかった。すごい残念なオチだった。
「まあまあ、みっちゃん、女子は早いのは嫌いなんだよ」
「朝日さん、説明をお願いします」
「運営チートキャラが、このダンジョンを不審に思って探索したわけよ。隠し部屋があるのかなとか思ったらしい」
「隠し部屋か……だったら、納得できるな」
朝日は首を横に振る。
「しかし、どこを探しても隠し部屋は見つからなかった。エンジニアがシステムを解析しても、発見できなかったとか」
「そうなんだ? 規格外のボスがいるんじゃなくて、安心したよ」
無理やりにでも自分に言い聞かせる。
「みっちゃん、その調子やで。すべては楽観視が解決する」
「せやな」
朝日のエセ(?)関西弁がうつった。
幼なじみと顔を見合わせて、笑ったときだった――。
「みんな、モンスターだぞ」
「うわっ、いっぱい来たじゃん」
「みんなで楽しむなら、美少女にしてだし」
ひぃふうみぃトリオが騒いだと思うと、武器を構えていた。
サムライの僕も3人の元に向かう。
ウルフとゴブリンが群れをなし、その背後には1匹のオークがいる。
「オークは任せるんだぞ」
「佐藤っち、オカされる前に回復魔法をしてやるじゃん」
「どうせオカされるなら、小陽たんにオカされたいし」
佐藤さん(タンク)がオークに突撃する。くだけた雰囲気だが、オークのヘイトをとることに成功。盾の役割は果たしている。
「食らえ、ファイカ!」
高橋さん(黒魔術士)が炎の範囲魔法をゴブリンとウルフの群れに放つ。10体は倒した。いつもは変態なのに頼りになる。
それでも、敵は後ろから次々と増援が現れている。おそらく、50はいる。
倒しきれなかった敵を僕の刀が斬る。
斜め下からの逆袈裟でウルフをなぎ払い、返す刀でゴブリンの肩口を斬る。さらには、別のウルフに突きを放つ。
「みっちゃん、後ろ、後ろ!」
朝日がコント風に危険を知らせてくれて、振り向く。動きの素早いウルフが迫っていた。
回避できない。
サムライは両手剣のため、盾は装備できない。倒した敵から刀を抜いて応じるのも時間的に無理。
ダメージを覚悟する。
ところが。
「あちしのフェロモンを嗅ぎやがれ!」
ウルフは地面に倒れ伏し、もだえていた。
「芸人の必殺技。1ヶ月間ニンニクを食べ続けた後の汗を採取しといて、あちしの体にかけてみた。ウルフは鼻がきくから効果てきめんやな」
「うげっ」
「あと、あちしのおならを瓶詰めしといたんや。ほな、爆弾やでぇ」
朝日は数本の瓶をウルフの群れに放り投げた。割れた音がした直後、ウルフは次々と倒れていく。
女子高生のプライドと引き換えに大活躍する幼なじみ。
僕とひぃふうみぃトリオは朝日からできるだけ距離を取り、戦う。
数分後。
「みんな、ありがとう」
「あちしのおかげだな」
白魔術士の鈴木さんに回復をしてもらっていたら、朝日が近づいてきた。
「なんで、あちしから離れるんや」
「泉で身を清めてから言ってよ!」
「ええで。ゴブリンの汗でできた泉に入ってくるけん」
などと掛け合っていたら。
『汝の願い事はなんぞや』
低い威厳に満ちた声がして。
広場内に大仏のようなものが出現していた。大仏といっても、仁王立ちしていて、いかつい顔だ。
「金剛力士像?」
「あれがモノホンの金剛力士像なのか?」
朝日は金剛くんを念頭に置いているらしい。
『弱き者よ』
金剛力士像は僕に向かって言っているようだった。
「な、なにかな?」
『汝は無意識に何を求める?』
無意識は自分で知覚できないから無意識なわけで。
自分の求めるものを理解している時点で、無意識ではなくなってしまう。
(禅問答なのかな?)
それでも、答えを出さないといけない気がした。
「僕はなんの取り柄もない。勉強はそこそこだし、真剣にやっている剣道も弱い」
小陽さんと出会う前、僕はたんなる雑魚だった。強くなりたかった。でも、闇雲に動いて、なんの成果も出せなかった。
「自分を変えたくて、仕方がなかった。なのに、逃げたくて、心のどこかで誰かに助けてもらおうと思っていたのかもしれない」
話しているうちに、隠れていた本心が見えてきた。
「小陽さんみたいに要領がよくて、人当たりもいい。そんな子に僕は憧れた。自分にないものを持っているから」
僕は金剛力士像に向かって、歩いていく。
「みっちゃん、おい、近づくのは危険だぞ」
「ごめん、朝日。僕がやらなきゃダメなんだ」
「わかった。危なかったら、あちしらが援護するから、精一杯やんな」
幼なじみの言葉が勇気をくれる。
「でも、小陽さんは小陽さんで悩みもあって、普通の女の子だった」
僕は自分の心臓に手を添える。
「そんな彼女に僕は声をかけたい。悩みを聞いたり、一緒に遊んだり」
金剛力士像まで1メートルの距離になる。剣が届く範囲だ。
「僕たちの関係はわかんなくて、頭がぐちゃぐちゃしてるけど」
けど。
「僕は小陽さんと会いたい。ただ、それだけなんだ」
『ならば、汝よ、力を示せ』
「力を?」
『汝の剣で、我を斬るがいい』
金剛力士像は金属製だ。日本刀で斬れるとは思えない。
だが、固定観念に縛られていてはダメだ。
僕は日本刀を大上段に振りかぶり、僕が持っている最大のソードスキルを使った。
剣が光をまとう。岩をも砕く技だ。
思いっきり力士像に叩きつける。
しかし、斬った手応えはなく、手がビリビリするだけだった。
『力は剣に宿る。そなたが無意識に求めるものが太刀筋に表われるのだ』
「……」
『今のそなたには先に進む資格はない』
スキルではダメか。
『弱き者よ、我が試練を乗り越えてみせよ』
金剛力士像は言う。
言い分からすると、不可能ではないってことか。
ふと思った。
そもそも、僕と小陽さんを取り巻く事象は、医学的な常識からかけ離れている。
彼女に会うためには、不可能を打ち破らないといけなくて。
気を取り直して、もう一度、刀を上段に振りかぶる。
(余計な力を抜け!)
金剛力士像は言っていた。僕の無意識が剣に表現されると。
だとしたら、上手くやろうと意識しすぎたら、逆効果になるのでは?
部活で何度も指摘されたことがある。
力を入れすぎるな、と。
力むと剣が鈍るのだ。
(金剛力士像が要求しているのも同じなんじゃ)
そういえば、剣の達人は、ふらついているように見えると聞いたことがある。
ならば――。
瞳を閉じて、一切の雑念を捨て去る。
なにも考えずに刀を振り下ろす。
刀の物打ちの部分に手応えを感じ、金属同士がぶつかり合う音が鳴った。
目を開ける。
金剛力士像が頭から真っ二つに割れていて。
中身は空っぽで。
僕は吸い込まれていた。
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