第42話 出会い

 謎の空間に引き込まれ、眠ってしまったようだ。

 目を開くと、真っ青な景色が広がっていた。

 後頭部から背中、足にかけて、地面の感触がある。

 どうやら倒れているらしいが、岩や土にしては柔らかい。

 

 朝日たち仲間や、金剛力士像の気配はない。


(あれ? ダンジョンにいたはずなのに)


 変だと思って、起き上がろうとする。


 鎧を装着しているにしては体が軽い。自分の体を確認する。鎧は消えていて、布の服とズボンを身に着けていた。

 立ってから刀を探す。刀も見つからない。


 というか。

 刀を探す過程で、気づいてしまった。

 僕は大草原にいるようだ。


 金剛力士像に転移させられた?


(朝日に連絡しないとな)


 突然、僕が消えて、心配しているかもしれない。


 なにもない空間をタッチし、ステータスウインドウを開く。

 メッセージ機能を使って、朝日にコンタクトを取ろうとするも。


(通信障害?)


 送受信がエラーになった。


 仕方ない。せめて、どこに転移したか調べよう。近くの街に行けば、通信もできるだろうから。

 マップで座標を確認しようとする。


「えっ?」


 目を疑った。

 座標は、『??』と表示されたのだ。

 通信エラーかなにかで座標が取れないか、座標すら存在しないか?


「あっ!」


 そこで思い出した。


 朝日が情報屋から教わったことを。

 たしか、運営すら認識できない謎の空間があるんだった。

 さっきまでいたダンジョンの秘密部屋だと考えていたのだが。


(もしかして、ここが⁉)


 気づけば、草原を駆け出していた。


 見渡す限り平面の草原。少しだけ坂になっているところがあった。

 少しでも視界の良い場所へ行こう。


 走る。やたらと体が軽い。


 モンスターはおろか、蝶やハエなどの虫すらどこにもいなかった。

 100メートル以上も全力疾走したのに、息一つ乱れない。


 生命の気配も、身体反応もない。

 まるで、無の空間だ。

 僕を除いたら、足元の草花だけが命を持っている。


 さっきまでは美しいと感じられた景色に、寒気を覚えた。

 早く脱出しよう。


「小陽さーん!」


 彼女の名前を呼びかける。

 ここに彼女がいると確信して。


 僕の祈りが通じたのか。


 突風が吹き、草が僕の目の前でふたつに避ける。道を作るかのように。

 なにかに導かれるみたいに僕は道を進み。


「小陽さん?」


 草をベッドにして横たわる少女を発見した。


 すぐに駆け寄る。

 白銀の髪、水色の清楚なワンピース、呼吸に合わせて波打つ双丘。間違いなく、僕が近くから見ていた彼女のものだった。


「小陽さん」


 話しかけるが、目を覚まさない。


(あっ、僕の声が聞こえてないんじゃ)


 さっきから体が軽いのは、僕の体が変になっている可能性もある。普段のクラゲ状態とはちがって、自分の意思で歩いたり走ったりできるだけで。


「ごめん、小陽さん」


 僕は彼女の横にひざまずくと、頬に手を伸ばす。

 人差し指の先端が、頬に当たり、弾力で押し返された。


「触れてる!」


 歓喜した。

 やっと、小陽さんと会えた。見て、憧れるだけの存在じゃなくなった。


 思わず抱きしめたくなるが。


(うわっ、寝込みを襲うって最低じゃん!)


 どうにか我慢した。


 いったん小陽さんから目線を外し、冷静になる。

 触れるってことは、僕の声が聞こえてるかもしれなくて。

 なら、やることはひとつ。


「小陽さん、起きられるかな?」


 目を覚ましてほしい。

 とはいえ、無理に起こすのも悪い。そもそも、単純に眠っているだけかもわからないし。

 いちおう、声をかけ続けてみようか。


「小陽さん、会えたら話したいことがあったんだよね」

「あっ、なにから話せばいいかな?」

「ダメだ。頭が真っ白になって、なにを言ったらいいのかわかんなくなっちゃった。こんなんだから、僕はいつまでも陰キャなんだろうね」

「最近、朝日にもノリが認められてきたのに、コミュ障は簡単に直らないか」


 だんだん自虐的になってきた。

 わざわざ小陽さんに聞かせるのも申し訳なくて、口をつぐむ。

 そのときだ――。


「あたし、そのままの一道さんが好きですよ」


 幻聴だろう。

 小陽さんを求めすぎて、自分に都合のいい声が聞こえたにちがいない。


「一道さん、やっと会えましたね」


 春のそよ風のような穏やかな声が鼓膜を撫で。

 琥珀色の瞳に、僕の姿が映る。


「小陽さん?」

「あたしです。一道さん」


 やたらと軽かったはずの体が熱を帯びて、動きが不自由になる。

 小陽さんは上半身を起こす。

 その笑顔がまぶしくて、僕は見とれてしまった。


「一道さん、会いたかったです」


 彼女の一言で我に返る。


「小陽さん、君を探しに来たんだ。会いたくなって」


 小陽さんが僕の胸に飛び込んできた。

 重なりあう体を通して、彼女の存在を実感する。

 僕は彼女の背中に手を回し。


「小陽さん、やっぱりいるんだね」

「はい、一道さんもいらっしゃいました」


 お互いの温もりを確かめ合った。

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