第43話 つながり

「小陽さん、実は、朝日や佐藤さんたちと一緒に小陽さんを探しに来たんだ」


 感動の再会、いや、出会いから数分後。気持ち的に落ち着いてきたので、本題に入った。


「えっ、あたしを探しに?」

「うん、『小陽さん探索クエスト』って、勝手クエストなんだけど」

「クエスト?」

「運営が用意したクエストではなく、自分たちが勝手にしているから勝手クエスト」


 そう説明したところ。


「運営?」


 小陽さんは小首をかしげる。小動物みたいな仕草がかわいい。


 なぜか、クラゲ状態で見るより、100倍かわいく感じる。直接会っているから?

 いや、そんなことより、話が噛み合っていない。


「小陽さん、僕たちの前から消えた後、どうしてたの?」


 大事な話を聞くのを忘れていた。


「わからないです」

「う、うん」

「自分の存在があやふやになって、あたし、本当に生きてるのかなって思ってしまって」


 鳥肌が立ってしまった。クラゲ状態でいるときよりも、彼女の感情が強く伝わってくる。

 涙が出そうになる。


「気づいたら、一道さんの姿も見えなくて、ここにいました」


 現状は把握した。

 僕たちの間にある隙間を埋めていこう。


「小陽さん、ここがどこだと思う?」

「目が覚めたら、一道さんのお顔が見えたので……夢ですか?」

「夢じゃなくて、VRの世界なんだ」

「VR?」

「うん、『アンコンシャス・リンク』のダンジョンを冒険してたら、ここに飛ばされてきた」


 小陽さんは目を点にしている。


「そういえば、小陽さん、VRは初めてだったよね?」

「……わかりません」


 小陽さんの弱々しい微笑で、僕は自分のミスに気づいた。


「一道さんと知り合ってからは初めてです。ですが、入院中の彼女が、あたしとして遊んだかもしれません」

「ごめんね。記憶に関わることに触れちゃって」

「いいんです」


 さっきまでの作り物の笑顔ではなく。


「記憶は戻ってませんが、なにかが掴めるような気がしますので」


 晴れやかだったから。


「本当にっ!」

「すぐには無理でも、いつか」

「無理はしないでね」

「ありがとうございます」


 問題は解決した。あとは、ここから脱出するだけ。

 そう安堵しかけたときだ。


「でも、記憶が戻るのも寂しいです」


 空と草以外になにもない空間。ポツリとつぶやく声が、怒鳴り声よりも鼓膜をざわつかせた。

 聞かなかったことにしてしまったら、僕は透明人間と同じだ。小陽さんと会えた意味がない。


「寂しいって、どういうこと?」


 問い詰めるようにならないよう、できるだけ高い声でゆっくりと語りかける。


「だって、本当のあたしが入院していたら、あたしは……一道さんの副人格ではありませんよね」

「ああ、そうだね」

「短い間でしたが、あたし、一道さんの副人格だと思って生きてきました」

「う、うん」

「一道さんと常に一緒にいて、安心してたんですよ」

「安心? 僕と一緒にいて?」


 今は小陽さんの話を聞くターンだ。『僕なんか』と言って、話題をそらしたくなかった。


「ええ。一道さんの中にいると体がポカポカして、妙に落ち着くんです」


 恥ずかしさと、うれしさが混じり合って、どう反応すればいいかわからない。


「なのに、あたしと一道さんが同じじゃないなんて、大事なものを喪失するような気がして」

「小陽さんにとって、僕といるのが世界のすべてだった。それがちがうって言われて、頭が混乱するってこと?」

「そうです。さすが、一道さん。女の子の気持ちを察してくれます」


 幼なじみには鈍感と怒られるんですけど。

 正直に言っても、小陽さんを救えないので、乗ることにした。


「僕も小陽さんのいる日常が当たり前になっていたんだよ」


 口が裂けても小陽さんの気持ちがわかるとは言えない。それでも、想いが重なっている部分はある。


「だから、小陽さんと離ればなれになるのは寂しい」

「あたしもです」


 小陽さんが僕の手を握る。


「それでも」


 僕は言葉を選びながら、彼女に問いかける。


「小陽さんには親やきょうだい、友だちがいるかもしれない」

「……」

「会ってみたいかな?」


 酷だと思った。


 けれど、彼女の本心を聞かずに、なあなあで済ませたくなかった。

 そうしないと、彼女が戻るべき場所が見つからないような気がするから。


「わかりません。記憶がなくて、家族とか友だちと言われても、実感が湧かなくて」


 僕は彼女の手を握り返す。


「あたしにとっての家族は、一道さんと朝日さんで、友だちは佐藤さんたちですから」

「……」

「でも、本当の家族がいるんなら、あたし、家族のためにもがんばんなきゃだし」


 清い笑みを浮かべる彼女。琥珀色の瞳に、透明な液体が浮いていた。


「あたし、どうしたらいいか、わかりません」

「ありがとう。今の気持ちを話してくれて」


 僕は彼女を抱き寄せると、背中をさする。

 大胆なことをしてしまった。落ち着いたら、謝っておこう。

 数分がすぎた頃。


「あたし、今までの暮らしを続けたいです」

「じゃあ、これからも1日1時間は小陽さんに授業に出てもらおう」


 しばらく、学校の話をした後。


「あたしに過去があるなら、いつかは取り戻したいです」

「そうなんだ。家族も大事とか?」

「ええ、ワガママですよね」

「ワガママでもいいんじゃないの」


 僕は小陽さんの耳元でささやく。


「えっ?」


 小陽さんが僕の顔を覗き込む。

 間近に顔がある。


(肌がきれいだなぁ。顔もちっさいなぁ。唇、ぷにぷにしてそう)


 他にもいろいろな感情が湧いてきた。

 自分で気づかない欲望まで含めれば、相当な数だろう。


「小陽さんが純粋に思ってるんなら――」


 僕は小陽さんの髪に手を伸ばす。


「自分の気持ちに素直になればいいよ」

「でも、欲張りです」

「なら、欲張りな小陽さんを否定するの?」

「ええ。それが良い子なので」


 小陽さんは目をあちこちに動かしている。

 あたふたする小陽さんもかわいい。


「今は欲張りでいいと思うよ」

「一道さん優しいです。胸板も頼りがいがあります」

「ああ。僕を頼ってくれ」


 そう言うと、小陽さんは僕の胸に頬をすり寄せてくる。


「小陽さんが自分を見つけるまで、僕がずっと一緒にいるから」

「はいっ、お願いします」

「じゃあ、朝日たちのところに帰ろうか」

「はいっ!」


 そのとき、大事なことに気づいた。どうやったら、ここから脱出できるんだろう。


(弱ったなぁ)


 困っていたら。

 頬にえも言われぬ幸せ物質が触れて。


 ――チュッ!


 単調な世界に彩りを与える音が鳴った。


「クエスト達成報酬のキスです」

「えっ?」


 頬に優しい感触が伝わる。


(朝日の冗談じゃなかったのか?)


 心の中で冷静に突っ込みを入れた後、じわじわと興奮が押し寄せてきて。

 次の瞬間、僕たちは光に包まれていて。


「はるるん、キスされるなんてうらやましいんやで」

「今回は星野くんに譲っとくぞ」

「小陽たん、見つかってよかったじゃん」

「いま、星野くんにキスしたら、実質小陽たんとキスしたことになるし」


 朝日たちに見守られるなか、小陽さんが僕の頬に口づけていた。

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