第40話 冒険といえば、酒場

『アンコンシャス・リンク』にログインした後、街で準備をすることにした。


 まずは、武器と防具。普段はトレーニング目的なので、弱い装備しか持っていないからだ。


 お金だけはコツコツと貯めていたし、思い切って強化しよう。


 武具屋に入る。

 棚に並んだ武器で目立つのは、ソードやランスなどの西洋系の武器だった。

 しかし、僕は日本刀一択だ。

 数刀の中から、持ちやすい刀を選ぶ。防具も見繕って、一緒に購入する。


 店を出て、広場を歩いていると。


「みっちゃん、お待たせ」


 朝日に声を掛けられた。なお、朝日はビキニを装備していた。しかも、ショッキングなピンクだった。


「ビキニって、泳ぎに行くわけじゃないんだし」

「これはビキニアーマーなんやで」

「アーマーにしては派手ですね」

「芸人なんだし、ネタ系のなにが悪いっ!」


 幼なじみと掛け合いをしていたら。


「街中で夫婦漫才してんなぞ」

「小陽たん探索クエスト楽しみじゃん」

「達成報酬は小陽たんのキスだし。燃えてきたし」


 ひぃふうみぃトリオが現れた。


(って、達成報酬の話、どこから出たの?)


「みんな来てくれたんだ」


 僕は3人に頭を下げる。


「星野くん、なんか学校とちがくないぞ?」

「絡みなかったし、星野くんのことわかんないじゃん」

「そうそう。小陽たんの消しカスをクンクンしてるかもしれんし」


(高橋さん、僕は変態じゃないです)


 そう思ったけど、更衣室や女子トイレの件もあって、口にはできなかった。


「ところで、みんな、はるるんはどこにいると思う?」

「朝日、僕から補足するよ」

「なら、酒場で話そうや」


 というわけで酒場に入った。人数分のソフトドリンクと、軽食を適当に注文する。


「まず、今回のクエストなんだけど、僕と朝日で自主的にやってるクエストなんだ。つまり、正式なものじゃない」

「そうそう。だから、達成してもクエストの報酬はない。けど、それだと味気ないし、はるるんのキスにした」

「「「おぉぉぉぉぉぉっっっっっ!」」」


 3人はうれしそうだ。

 犯人は案の定、朝日だった。


「クエストの概要を言うよ」


 僕の顔にひぃふうみぃトリオの視線が集まる。


「小陽さんが行方不明になった。この世界のどこかにいるはずだけど、場所の手がかりはまったくなし」

「つまり、全世界が対象となるわけよ」


 全世界が対象という朝日の言葉だけでも、砂漠の中で砂金を探すようなもの。


 実際はもっと厳しく、小陽さんがVRの世界にいるとは限らない。


 けれど、僕は予感していた。

 絶対に小陽さんがいる、と。


 僕と小陽さんは同じ体を共有している。その影響なのか、なんとなく彼女の存在を感じ取っていた。


 クエストだと思っている3人に、小陽さん探しを手伝ってもらうわけだ。利用するようで申し訳ない。


「みっちゃん、今さら気にしなくてええで」


 朝日が僕の耳元でつぶやいた。

 そうは言われても気が引ける。


「雲をつかむような話で申し訳ないけど、協力してくれるとうれしい」


 僕は頭を下げる。額がテーブルにぶつかった。


「別に、星野くんのためにやるわけじゃないぞ」

「小陽たん、存在がはかないじゃん。だから、放っておけないじゃん」

「それに、小陽たんのキスは死んでもほしいし」

「みんな、ありがとう」


 小陽さん、自分の存在が実感できないと言っていたけど、大事にしてくれる友だちもいるわけで。


 小陽さんがいる証は、確実に僕たちの中にある。

 少なくとも友だちが少ない僕よりも、存在感はあるだろう。


「ところで、みんな、捜索する場所の心当たりはあるんか?」

「たしかに、闇雲に探したら、いくら時間があっても足らない」


『アンコンシャス・リンク』には大陸が3つある。

 西洋文化の大陸と、アジア風世界、そして、魔大陸。


 僕たちのいるアジア風世界だけでも広大だ。ダンジョンを抜きにしても、1週間寝ずにやって回り切れるかどうか。

 捜索範囲を絞らないといけないが、知恵が出ない。あんまり冒険をしていなかったのが悔やまれる。


「あたし、思うんや」

「朝日、教えてくれ」

「はるるんは、この世界では特別なキャラじゃないんかと」

「あっ、たしかに」


 桜井さんは世界でただひとり、ゲーム世界に閉じ込められている。


 現実世界での医学的な処置にくわえ、ゲーム内でも調査をしたらしい。ログアウトできないのなら、ゲーム世界のどこかで桜井さんのキャラがいるはず。桜井さんと会えれば、事態が進展するかもしれない。そう考えたらしい。


 ところが、エンジニアがサーバを調査しても、運営のプレイヤーが探索しても、桜井さんは見つからなかったと聞く。


「となると、普通に行ける場所には小陽さんはいないのかな?」

「小陽たん、病弱やし、レアキャラだぞ」

「特別感あるじゃんか」

「小陽たんのエロさは特別だし」


 納得してくれて、よかった。


 ところで、ふと思った。

 僕たちが探そうとしているのは――。


 小陽さんなのか、美春さんなのか?


 かりに、美春さんを発見したとして。

 外見は小陽さんと同じでも、別人格の可能性がある。僕たちを友だちだと認識してくれるかも不明だ。

 小陽さんと直接会うという僕の目的が達成できるのだろうか。


(ううん、今は悩んでいる場合じゃないだろ)


 見つけてから考えればいい。


「みっちゃん、知ってるか?」

「ん?」

「この世界、プレイヤーがダンジョンを作れるんだよ」

「そうなんだ?」

「本当に剣道の特訓ばかりだったんやな」


 朝日に白い目を向けられた。


「まあ、レベル100にならないとダンジョンは作れないし、作れる場所にも限りはあって、あんま知られてないんだけどな」

「そのダンジョンが今回の件とどう関係するんだ?」

「それが、あるんや」


 なぜかドヤ顔を決める朝日。


「あちしの両親の知り合いに、ガチ勢がいてな。いわゆる、ゲーム内で情報屋的な仕事をしてるんや」

「ふーん」

「今日の用事ってのは、ママが情報屋と話すっていうから、同席させてもらったんや」

「もしかして、聞いてくれたのか?」

「あちしが先に話そうとしてたのに」


 朝日が頬を膨らませる。


「情報屋が調べてくれて……気になるダンジョンがあるってさ」

「教えてくれ」

「誰もクリアできないユーザー作成ダンジョンがあるって」

「それが?」

「そのダンジョンな、ゲームが正式稼働した直後からあるんやて」


 朝日の声が低くなる。


「例の事件が起きた日にはあって、当然、運営の調査も入った。少女の件と関連があるかもしんないし」

「うん」

「運営がチートしたキャラですら最奥には行けずに断念したという」

「あっ!」

「怪しいやろ」

「行ってみよう」


 即断してしまった。僕とは思えない決断の早さだ。


「みっちゃん、ずいぶん、思い切りがよくなったなぁ」

「星野くん、マジでウケるぞ」

「もっと早く星野くんと遊んでおけばよかったじゃん」

「ライバル出現かもだし」


 今までだったら、恥ずかしさで黙っていたけど。


「悩んで後悔はしたくないしね」

「よく言った!」


 朝日が僕の手をつかむ。

 急いで食事を済ませ、街を出た。

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