第7章 会いに行けないヒロインを求めて
第39話 旅立ち
翌日。僕は部活をサボり、朝からベッドに寝っ転がっていた。
スマホのメモアプリを立ち上げる。
8日前。彼女が最後に残したメッセージを読む。
『朝日さんと友だちになれたことに感謝です。普段は面白いですけど、きちんと空気を読んで気も遣えますし、本当にすごい人です。
慰められて、うれしかったです。
胸を揉まれるのは恥ずかしいですけど。ですが、殿方って、こういうの好きなんでしたっけ? 一道さんが喜んでくださるなら、なんの問題もありませんね』
そこまでは、ほっこりする内容だった。なお、僕は円運動を描く双丘を見て喜んだわけではない。ふたりの友情が尊かっただけで……ウソです。暴力的な光景に圧倒されました。
変なことを考えている場合ではなかった。
『一道さんのお名前を書いて、切なくなっちゃいました。
一道さん、会いたいです。
ギュッとしてほしいです。
朝日さんと話して、少しは気持ちが楽になりました。
ですけれど、あたしは自分がわからなくて、わからなくて。
心の底から、あたしに安心感を与えてくださるのは――。
一道さんだけです。
だって、あたしたちはゼロ距離だから。
一道さんはもうひとりのあたしですから。
あっ、入院している子が、あたしなんでした。お医者さんは断定してませんけれど、彼女があたしじゃないなんて、ありえないです。
彼女があたしだとしたら、一道さんとは他人になるんですよね?
でも、あたしの体は一道さんのものでもあって。
やっぱり、あたしたちはひとつに結ばれているんですかね。えへへ。
浮かれている場合ではありませんでした。
胸が苦しいです。
このままでは、あたし、消えるかもしれません。
消えるんだったら、そのまえに……。
一道さん、あたしを抱きしめてください』
何度も繰り返し目を通したはずなのに、またしても涙が出てしまった。
(待ってて、僕が探しに行くから)
昨日、朝日と話していなかったら、僕は動けなくなったままだったろう。
小陽さんを諦め、勉強も運動も苦手な自分をよしとしていたかもしれない。
だが、手がかりは見つかった。
僕と小陽さんをつなぐキーワード。
それは、VRだ。
初めて小陽さんになった日のことを思い出す。
VR世界にダイブしていて、朝日がふざけて僕にキスを迫ってきた。そのとき、僕は一瞬だけ小陽さんを目撃した。謎の切断後、リアルで小陽さんになっていたわけだ。
そもそものきっかけが、VRだった。
それにくわえて。
小陽さんがVRをやろうとすると頭痛になる件と、入院中の美春さんがいる。
状況証拠にすぎないが、VRになんらかの手がかりがある気がする。
というか、そうとでも思わないと希望が持てない。
だったら、めちゃくちゃな根拠だろうが、飛び込んでみよう。
たまには、朝日の無謀さを見習うのも悪くない。
いちおう、朝日にも声をかけておくか。
『これから、小陽さんを探しに旅をする』
LIMEを送ると、1分も経たずに窓を叩くような音がした。
自室の窓を開けると、朝日が自分の部屋の窓から顔を出す。
「みっちゃん、旅に出る……って、早まるんじゃねえぞ」
「いや、『アンコンシャス・リンク』の世界を旅するだけだから」
「なら、そう言ってよ」
「ごめんごめん………………って」
朝日は下着姿だった。腰高窓なので、下は隠せているが、ピンクのブラジャーがばっちり見えている。
「ほれほれ、あちしからの餞別を受け取れぇ」
「餞別?」
「金髪巨乳幼なじみのパイオツやぞ。1万円の価値はある」
「金額が冗談に思えなくて、困るんだが」
おかげで緊張がほぐれた。けっして、裸が理由ではないけれど。
「つか、餞別ってのは、ウソ」
「ウソ?」
「用事が済んだら、あちしも参戦するから」
朝日は着替えをしながら言う。
「手がかりはVRだけで、はるるんがどこにいるかわかんないんでしょ?」
「そうだな」
小陽さんがいることを前提なのが、ありがたい。
「それに、みっちゃんだけでモンスターと戦える?」
「うっ」
僕は剣の練習をするために、VRを使っている。素振りや、木人を相手に型の稽古をするのがほとんど。モンスター相手の実戦は少ない。
「お姫さまがダンジョンにいたら、仲間が必要だと思うんだよね。回復もできるし」
「けど、朝日のジョブはお笑い芸人じゃん」
お笑い芸人はサポート系のジョブだ。回復は期待できない。
「そこはほら、ひぃふうみぃトリオがいるし」
「誘ってくれたんだ?」
「これから誘う」
(誘ってないんかい!)
心の中で朝日みたいに突っ込んでみた。
「べつに、みっちゃんに頼まれたからやあらへん。はるるん探索クエストやし、最優先に決まっとるやん」
そもそも、小陽さん探索クエストなんてない。まあ、非公式で勝手にやる分にはいいか。
「じゃあ、あちしは野暮用があるから」
朝日は唇に手を当てた後、僕の方に手を差し出す。
「投げキスや」
「……」
「本番のキスはクエストの達成報酬な」
「いらないけど、クエストは達成するよ」
朝日が窓から遠ざかっていく。
僕もベッドに寝て、VRの世界へ飛び込んだ。
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