第38話 土砂降り

 小陽さんが消えてから1週間近くがすぎた、金曜日。

 放課後。外が土砂降りの中、玄関に向かって廊下を歩いていたら。


「おい」


 後ろから肩を掴まれた。

 振り返ると、金剛くんが僕を睨んでいた。


「貴様、今日も部活をサボるのか?」

「…………体調が悪くて」

「じめじめしたツラしやがって」


 ため息がこぼれる。

 自分でもわかっている。ここ数日、かなり陰気な顔をしていることに。


 でも、どうしたらいいかわからなくて、なにもする気力がなかった。


 部活はおろか、自宅での素振りやVRでの稽古も一切していない。

 期末テストも近づいているなか、授業にも集中できないでいる。

 食欲や睡眠欲すらなく、完全に無気力だった。


「本当に具合が悪そうなんだな」

「えっ?」

「今の貴様はオレ様のライバルにふさわしくない」


 金剛くんはなにが言いたいんだ?


「つまり、その……ただでさえ調子の波が激しいんだから、体調ぐらい整えて部活に来いっての」


 もしかして、僕を心配してくれている?


「べ、べつに、雑魚のことなんて心配なんかしてないんだからなっ!」


 朝日が聞いたら大爆笑しそうなツンデレゼリフだった。

 金剛くんは僕の肩を叩くと、武道場の方に向かって去っていった。

 彼の気持ちはうれしいけれど、叱咤激励されたぐらいで回復するわけでもなく。


「はあ~」


 玄関を出たところにて。傘を差そうとしたら、大きなため息がこぼれた。


 外の空気は雨のせいでひんやりとしていた。

 土砂降りの中を歩き始めて、3歩目のことだ。


「みっちゃん、相合い傘しようず」


 今度は朝日だった。


「いやぁ、今日、傘を忘れちゃってさぁ」

「……」

「天気予報で洪水確率100%なのに、バカだよなぁ」

「……」

確率に突っ込めよ!」


 肩をバシンと叩かれた。


「最近、ノリが良くなったのに、昔に逆戻りだな」

「ごめん。放っておいて」


 悪いと思いながら、拒絶したつもりだった。朝日まで暗い気分にさせたくなかったから。


 なのに。

 幼なじみは傘を持つ僕の手の甲に、自分の手のひらを重ねた。

 寒かった手が温かくなる。


「相合い傘って言ったやろ。放っておけるかよ」

「そういう理由?」

「なら、ストレートに言ってやろうか?」


 下を見て歩いていたら、校庭の水たまりに僕の顔が映っていた。よどんでいた。


「はるるんのことで、自分を責めてるんやろ?」

「……だって、僕は彼女になにもしてあげられなかったからなぁ」


 僕にもできることがあるはずなのに、小陽さんを泣かせてしまったのは、僕の落ち度でもある。


「なら、あちしもや」

「えっ?」

「彼女が迷子になったとき、あちしの言葉が届かなかった。同じやないか」


 小陽さんが消えた後、僕は朝日に桜井美春さんの件を話していた。


「いや、朝日のせいじゃない。僕がきちんと情報共有していたら、変わったかもしれないし」

「そうとは限らんやろ」


 朝日は空いた手を傘の外へと伸ばす。


「なんでも自分のせいにすんのは、みっちゃんの悪いとこやぞ」


 そういうと、朝日は濡れた手で僕の頬を触った。当然、僕の顔に水滴がつく。


「ちっとは冷静になったか?」

「嫌がらせのおかげでね」

「笑かせないっぽいから、いじってみた」


 朝日なりの行動基準で僕を助けようとしているわけで。怒る気にはなれなかった。


「で、なんでも自分のせいにすんのは、みっちゃんの悪いとこやぞ」

「そうだな。僕みたいな劣等生が奢ってたよ」

「いや、自分のせいにして、みっちゃんの気が楽になるなら、それでもええんちゃう?」


 僕を責めてるのか、肯定したいのか、どっちなんだ?

 それでも、朝日のおかげで、自分の気持ちがまとまっていく。


「たしかに、自分を悪者にしたら、少しは気が晴れたかもしれないけどさ」


 僕は胸に手を当てて、考えてみる。


「それじゃダメなんだ」


 見えた。


「僕は小陽さんに近づきたい。でも、彼女とは会えなくて、触れられなくて、会話もできない」

「そうだな」

「だから、やる前から諦めて。気持ちだけで行動がともなってなかった」

「……」

「小陽さんを泣かせたのも、僕の中途半端な態度が原因だったと思う」


 朝日がスポンジハリセンで僕の頭を叩く。まったく痛くないのに、気合いが入る。


「みっちゃんは気がついたんや。なら、それでええやないか」

「ああ。医者になんと言われようが、僕は諦めない」

「あちしにできることはない?」

「うーん、そうだなぁ」


 家に近づいていた。

 その間に、気づけば雨が小降りになっていた。


 朝日が傘を出る。湿った幼なじみの金髪が、なぜか幻想的だった。

 幻想的?


「あ!っ」


 ふと、ある考えが浮かんだ。


「どしたん?」

「朝日に手伝ってほしいことがある」

「お姉さんに任せとき」


 幼なじみはドヤ顔で自分の胸を叩いた。

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