第5話 VRで特訓
翌日の日曜日。
昨日とは打って変わって、平和な朝だった。
朝日にいたずらをしかけられず、部活もない。
パンとサラダで適当に朝食を済ませる。ひとり暮らしなので、気楽だ。
(さて、今日もやらないとダメだよな)
不器用で、能力が低い僕に、だらけている余裕はない。
「『アンコンシャス・リンク』でもやろうか」
『アンコンシャス・リンク』とは、先日、朝日と一緒に遊んだフルダイブVRゲームだ。
オープンワールドで自由度もかなり高い。運営が定めたルールや、ゲーム内のモラルに反しないかぎり、プレイヤーは好きに行動できる。
クエストやイベントに挑むガチ勢もいれば、採取や鍛冶職人、釣り人や商人などを楽しむ人もいる。
僕はといえば――。
ゲーム世界にログインすると、宿屋の部屋にいた。前回は強制切断されたが、宿屋に戻されたらしい。
洋服から日本式の甲冑へ装備を変える。腰には日本刀を差す。
ステータスウインドウを開き、いつもの座標を入力。
つぎの瞬間には、街外れにいた。屋外にある訓練場だった。何体もの木人が並んでいる。
(今日も練習しますか)
刀を振りかぶり、なにもない空間に振り下ろす。
いわゆる、素振りだ。
中学に引き続き、高校でも剣道部に入るつもり。今は体験入部中。
部活がない日はVRを使って訓練をしている。
とくに、モンスターと戦うわけでもない。当然、経験値は入らない。
ひとりで黙々と素振りをやり続ける。
屋外訓練場には何人かのプレイヤーがいた。すぐ近くにいたのは、黒魔術士だった。
「ファイカ!」
炎魔法を木人に当てる。木を人型にしたものなので、木人は燃えた。
「とりあえず、ファイカの使い方と威力はわかったかな。木人を倒してもつまんないし、クエストでも受けてみるか」
初心者プレイヤーが操作の練習をするため、屋外訓練場がある。
そんななか、ゲームを始めて1年半以上の僕が、ひたすら剣の練習をしていた。
VRだと素振りを何千回とやっても、筋肉痛にならない。効率良く特訓できるので、リアルと組み合わせている。
なのに。
(なんか疲れたなぁ)
今日に限っては、なぜか体が重く感じる。気も乗らない。
剣を振って、現実逃避をしたかったが、仕方がない。
(リアルで素振りしてみよう)
VRをやめ、現実の世界に帰還する。
前回と異なり、強制切断もされずに普通にログアウトできた。
ログアウトできる日常を噛みしめる。
「そういえば……」
ふと思い出してしまった。
2年前の2022年秋。VRを巡って、事故が起きたことを。
ひとりの少女が、ゲームからログアウトできなくなったのだ。
開発者の犯罪行為によりプレイヤー全員がゲーム世界に閉じ込められたわけではない。
世界で1億人近いVRゲームプレイヤーのうち、
少女はかわいそうだと思う。
たしか、僕と同じ年だったはず。そんな事情もあり、ニュースで見る少女に共感した記憶がある。
なお、事故の後、国が対策本部を立ち上げ、フルダイブVRの安全確認を行った。徹底的な調査を経て、問題なしと判断。
おかげで、僕たちは安心してVRを楽しめている。
(さあ、練習しないと)
庭に出て、竹刀を振った。VRと比べて、竹の重みを感じる。
(あれ? なんか軌道がまっすぐじゃない)
リアルでも調子が悪いみたいだ。
(もともと、上手い方じゃないんだけどさ)
1時間ぐらい素振りを続けていたら、雲が出てきた。雨が降るかも。
練習をやめ、浴室に行く。シャワーがしたい。
温水で軽く汗を流し、ボディタオルで背中をこすっていたら。
「へい、旦那。お背中、お流ししやしょうか?」
突然、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、朝日がいた。バスタオルを巻いた姿で。
「朝日さん、一緒にシャワーはまずくないですか?」
「硬いこと言いなさんな、クラゲさん」
「クラゲ?」
「だって、今日のみっちゃん、人間じゃないんだもん。クラゲがフワフワと浮いてるみたいに、浮き足だってる感じ」
「そうなの?」
「うん、なんか変だよ」
少しだけ体の動きが変ぐらいに思っていたのに。
「だから、あちしがサービスしちゃいます」
「サービスって?」
「男子高校生なんだし、エッチなサービス一択やろ?」
朝日はターンして、全身を僕に見せてきた。
普段はツインテールの髪を後ろでまとめ、うなじも露出している。バスタオルを持ち上げる膨らみも、小柄な割にむっちりした太ももも破壊力がある。
エッチなサービス一択は言いすぎだと思っていたのに、こんなのを前にしたら一択しかない。
「あれれ? もしかして、硬いこと言ってるうちに、あっちも硬くなっちゃった?」
朝日の視線が僕の下腹部に向けられる。
「うわぁっ」
慌てて、手で隠す。
大丈夫。半分ぐらいしか覚醒していなかった。
「中途半端なままじゃ、素振りもできんぞ」
「素振り?」
「硬くなれば、竹刀代わりに素振りができるのでは?」
「……はしたないことを言わないでください」
幼なじみをやんわりとたしなめると。
「あちしは芸の道に生きてるんや。下ネタも含めて、学ばんとな」
案の定、無駄だった。
「というわけで、夜の素振りをするために、あちしがご奉仕しちゃいます」
「なにをするのかな?」
「いやいや、背中を洗うだけだよ(棒読み)」
「教育的によろしくないことはしないでね?」
釘を刺しておく。
「あちしが男だったら、後ろからしちゃうけど、あちしに竹刀はないからねぇ」
「だから、下ネタは……」
嘆息を吐きつつも、僕は前も向く。
朝日とは幼少時から何百回となく、一緒に入浴している。今さら、間違いは起こらないだろう。
しばらくして、背中に人肌の温もりが触れた。
「ふぁっ」
手だと思いますけれど、手のひらにしては弾力がもっちりしていて。
「あら、みっちゃんったら、声がかわいいんだから」
笑われてしまった。
「ときめいちゃった?」
「……」
「顔も赤くなって、そんなによかったのかなぁ」
朝日の吐息が首筋に当たる。
ということは、彼女が僕の背中に密着している可能性が高くて。
(まさか⁉)
なんとなく事態を認識したとたん、竹刀が戦闘状態に入ってしまった。
心臓がドキドキして、血流も速まっていく。
お湯で体が温かくなったこともあり、頭がぼんやりとして――。
意識の輪郭が曖昧となり、体の支配も不自由となり。
僕は宙をフワフワ浮いていた。クラゲのように。
思わず振り返ったとたん。
『ぶはぁぁっ』
盛大に噴き出してしまった。
というのも、ふたりの美少女の裸を拝んでいたのだから。
桜井小陽さんがバスチェアに座っていて、朝日は桜井さんの背中に体を押しつけていた。
「よし、はるるんに変身したぞっ」
「ふぇっ、朝日さん⁉」
桜井さんがびっくりするのも無理はない。いきなり裸で、エロい目をした女子高生が鼻息を荒くしているのだから。
「脱いでも、最高のパイオツかよ。色も形も申し分ないですのう。触診しちゃいま」
「ふぁぁぁんんっっっっっっっっっっっ!」
全裸で絡み合う女子2名。
よろしくないので脱出したいが、ドアを開けられない。
ならば、できることは少ない。目を閉じてみる。
『あれ? 見えるんだけど』
幽体離脱中に目をつぶっても意味がないようだ。
だとすると、目をそらすしかない?
天井を見る。視界の大半が天井で埋まる。今度は大丈夫だった。
しかし、嬌声は消せないわけで、かえって想像力が働いて悶々とするのだった。
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