第4話 女子に変身するので、病院に行ってみた
「みっちゃん、やっぱ美少女に変身してるじゃん」
「全力で否定したいけど……」
「いいかげん現実を見ろし」
朝日がスマホをいじり、動画を再生する。
銀髪の少女、桜井小陽さんに変態幼なじみの魔の手が迫る。
エロおやじの手が、被害者の胸に届く直前――。
豊かな双丘はしぼみ。
背が10センチほど伸びて。
非の打ち所がない美少女の顔が。
野暮ったい男の顔と体に変化していた。
「しかも、1秒未満で変身とは、みっちゃんもやりおるのう」
「僕はなんもしてないんだけどな」
訳がわからなすぎて、動画を再生するたびに現実逃避したくなる。
「みっちゃん、他人事だな」
「どう対応していいかわかんないんだよ」
「なら、魔法少女になった気分を教えてくれし」
「魔法少女?」
「さすがにマジックと考えるのは無理がある」
朝日は顎に手を添えて。
「だから、○○と契約して、魔法少女になった。名探偵あちし様が断定しちゃる」
自信満々に胸を張る。
「光らなかったのと、裸にならないのが残念だけど、変身は変身」
「アニメじゃないんだからぁ」
「みっちゃん、爆乳美少女になったんだし、感想をよろ」
話を聞いてくれない。
「そうは言ってもなぁ」
「あれだけ乳が大きくなると、重いだろ」
「うーん、あれ、僕じゃないし、わかんないよ」
正直に答えたのだが。
「そういえば、はるるんだったな。女子みっちゃんの名前は?」
どうやら朝日は僕が演技をしていると思っているらしい。
「魔法少女は現実にはいないと思うよ」
「マジなのか?」
僕が首を縦に振ると。
「サンタクロースが父親だとバラされた小学生の気分やん」
がっくりと肩を落とす。
申し訳ない気分になった。僕が上手く説明するだけのコミュ力があれば、わかってもらえるだろうに。
(最低限、誤魔化すのはやめよう)
「で、あのおっぱいを自由にして、どうだった?」
前言撤回。心配して損した。
「朝日、僕は変態行為はしてないからな」
「変身や入れ替わりモノで、とりあえず胸を揉んでおくのは定番中の定番やろ」
「……」
「貴様、それでも健全な男子高校生芸人か?」
「僕は男子高校生だけど、芸人じゃない」
「男子高校生なら、揉める乳があるなら揉め。揉むとき、揉むならば、揉もう、揉んでいいですよね?」
「つうか、物理的に無理だったんだよ」
朝日の発言を遮る。
すると、一瞬で真顔になった。
「桜井さんに変身してたとき、幽体離脱してるみたいだったんだ。宙に浮いたし」
「怪談キタァァぁぁぁぁぁっっっっっっっ!」
朝日は立ち上がり、飛び跳ねた。胸が揺れるから目のやり場に困る。
「物にも触れなかったし、朝日に話しかけても聞こえてないようだった」
「おぉぉっ」
朝日は目を輝かせている。
こっちは深刻なのに。
いや、軽い対応のおかげで、気分が沈まないで済んでいるのかも。
「みっちゃんの声は聞こえなかったな」
ふざけているのか真面目なのか、僕にはわかる。幼なじみだし。
朝日は僕の話を真剣に聞いている。
「僕、桜井さんを演じてないよ。幽体離脱して、桜井さんが話しているのを見てたからね」
「ってことは、みっちゃんとは別人?」
「……そうなるな」
そう答えたのはいいけれど。
僕は何かをきっかけに、見知らぬ美少女の外見に変身して、彼女は僕の意思とは関係なく動いている。しかも、僕は幽体離脱して彼女を眺めている。
この現象を一言で説明する概念は?
「みっちゃん、悪魔と契約して、悪魔に体を乗っ取られた?」
「うーん、どうなんだろ?」
さっきから朝日はフィクションでしか聞かないようなことばかり言っている。
かといって、僕にはお手上げで。
「マジな話、あちしらではどうにもならん」
「そうだな」
「ここは、あちしに任せんさい」
朝日は胸を叩いた。
半分ふざけているとしても、強気な幼なじみの態度がありがたい。
朝日はスマホを取り出し、電話をかけた。
「ほっやー、ママ。ちょっと聞きたいんだけどさ」
朝日の母親らしい。繰り返すが、芸人をやっている。
「前に、心霊現象の番組に出てたよね。専門家に見てほしい人がいるんだけど、アポ取れる? えっ、あれはインチキ⁉ ……マジかよ。あちし、ガチで信じてたのに」
残念な結果に終わった。
電話を切ったあと、別のところにかけた。
「パパ、今度デートしてやるから、あちしのワガママを聞いて」
電話口の向こうで、おじさんの泣く声が聞こえた。どんな親娘関係なんだろう?
「超常現象に詳しい医者が知り合いだったよね。えっ? パイオツ祭りで一緒におっぱい神輿を担いだ? その人でいいから、診てほしい人がいるんだけど……わかった。待ってるから」
おじさんとの電話を切る。
超常現象だとか、パイオツ祭りとか変な言葉が聞こえてきて、不安になる。
しかし、普通の医者に行ったところで、難しいだろう。絶対に信じてもらえない。
動画はなんとでも編集できるし、僕の証言だけでは妄想の可能性もある。最悪、変なクスリをやったと疑われるまである。
数分後。朝日のスマホに電話がかかってきた。
「パパ、ありがとなす。じゃあ、今から行くから」
朝日パパは全国各地の祭りに顔を出している。祭りを通じて、いろんな人脈を持っている。大企業の経営者やら、旧家や芸能人やら。
気の良い人柄で信じていい人だ。
朝日に連れられて、電車で2駅、移動する。
やって来たのは、メンタルクリニックだった。
朝日パパ知り合いの医者に会うことができた。
パイオツ祭りに参加するぐらいだから、変な人を想像していた。が、実際に会ってみると、穏やかで真面目そうなお姉さんだった。まさかの女性だった。
朝日が動画を見せ、僕は自分の身に起きた現象を説明する。
「うーん、医学的には説明がつきませんねぇ。いちおう、DSM-5をめくってみるけど、妥当な診断名はないよねぇ」
超常現象に詳しいと言いつつ、現実路線だった。なお、分厚い本をパラパラ読んでいる。
「あのね、精神医学を学んでいると、いろいろと考えることがあってねぇ。超常現象は好きなのよねぇ。けどさ、医者だし、オカルトより、エビデンスに基づきたいのよねぇ」
僕の疑問を察したらしい。
「やっぱ、現実の病気じゃないねえ」
医者は大きなため息を吐く。
「二重人格が近いけど、通常は人格が変わるだけなの。体ごと変化するなんて、医学的にありえないねぇ。魔法少女でもないんだし、一瞬で変身するはずないもんねぇ。かといって、妄想と片付けるわけにもいかない」
疑ってこないだけでも、うれしい。
「いったん、二重人格のバリエーションとしておこうねぇ。桜井さんって子は、君が生み出した別人格と仮説を立てておく」
二重人格と言われても、現実感がなかった。
だって。
「精神的につらいことはなかった?」
「うーん、人並みに悩みはありますよ。好きな剣道が上達しないとか、友だちが少ないとか。でも、特別なトラウマはないんです」
ドラマや映画で見る二重人格は、耐えられないような不幸を抱えた人がなるものだった。
僕みたいな平凡な陰キャボッチがなるとは思えない。
医者も眉根を寄せる。
「当面は検査をしながら、ストレスを減らしていく方向で様子を見ようねぇ」
診察が終わり、朝日と一緒にクリニックを出る。
曇り空の元、メイドさんが僕たちにビラを渡そうとしてくる。
ぼうっとしていて、手が出なかった。
「みっちゃん、手つなごうな」
朝日に手を引かれ、混雑を避けて駅に向かう。
幼なじみの体温がポカポカしていた。
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