第9話 作戦会議
「だから、みっちゃんが彼女に変身したのさ」
国語準備室にて。
朝日が僕の身に起きた出来事を小川先生に説明する。
正直、朝日に任せるのは不安でたまらなかった。添い寝したとか、シャワーしたとか余計な発言をしそうだったから。
しかし、予想に反して、教育上よろしくない事実は隠してくれた。
要点もかいつまんで話したし、幼なじみはやればできる子だった。
ひととおりの話が終わり、僕は胸をなで下ろしていた。
「そうは言われてもねぇ」
小川先生はため息を吐く。スーツに包まれた豊かな双丘が上下に動いた。美人で、スタイルもよく、人当たりがいい。男子からの人気が高いのもうなずける。
優しい先生が気難しい顔をしている。非常識すぎる話だから無理もない。
「『信じられない』といいたいわね」
「回りくどい言い方じゃんね」
朝日は先生を相手にタメ口をきく。
「私は新米教師なんだしね」
「なんだし?」
「他の先生方に比べたら、まだまだ未熟なのよ」
生徒の前で言ってしまっていいのかと思いつつ、謙虚な人柄を感じた。
応援したくなる先生かも。
「みっちゃん、後方彼氏面やな」と、朝日がポツリとつぶやく。
僕の心を読んだ?
先生は朝日の軽口が聞こえなかったらしく、真面目な顔で言う。
「生徒を信じられなかったら、教師としての存在価値はないと思うの」
「どゆこと?」
「スキルを身に着けるのは時間がかかるわ。けどね、生徒を思う気持ちは若輩者でもできる」
先生は朝日に向かって微笑む。
「だから、生徒を疑いたくないの」
「先生、結婚して!」
「ふざけないの」
調子に乗った朝日が怒られた。
そのせいで、良い話が台なしになった。
「それに、私は国語教師よ。他の教科の先生より怪奇現象は慣れているわ。たとえば、『山月記』などの作品もあるし」
(信じてくれたって理解でいいのかな?)
第一関門は突破した。といっても、課題は山積みだ。
「けど、上にどう説明したらいいのよ……」
先生が頭を抱える。
「す、すいません」
なぜか桜井さんが謝った。
「桜井さん、あなたのせいじゃないわ」
先生が桜井さんの頭を上げさせる。
「今日みたいにトイレでひっそり変わるんだったら誤魔化しがきくわ。けどね、授業中だったら最悪。後ろの席の子や教師は変身シーンを目撃する。間違いなく、騒ぎになるわね」
「「うーん」」
「しかも、桜井さんはうちの生徒じゃない。言い逃れは難しいわね」
先生も僕と同じことを懸念していたようだ。
空気がどんよりとしてきた。
「私の一存ではどうにもならないかな」
僕も先生の言い分に同意だった。最低限、先生の間で情報共有をし、問題発生時に備えておかないといけない。
『面倒な相談をもちかけて、すいません』
僕の声が聞こえないとわかっていても、謝っておく。
とはいえ、学校を休むわけにもいかない。不登校になったら、海外にいる親にも心配をかけるし。
「でも、まあ。そこらへんは先生がなんとかする。あなたたちが悩むことじゃないわ。安心して、星野くん」
先生は僕に呼びかける。姿が見えなくても、会話は聞いていると桜井さんが説明していた。
申し訳なさと、感謝の板挟みになり、胃が痛くなる。
腹を押さえていたら、急に体の重さを感じた。
「あら、本当に変身するのね」
「あんた信じてなかったんかい!」
変身シーンを目撃して驚く先生と、突っ込みを入れる朝日さん。
「信じてたわ。でも、実物を見ないと実感が湧かなくて」
「返しのセンスゼロですね」
先生の返しは面白さに欠けても、教師としては妥当だと思う。
先生は腕時計を一瞥する。
「昼休み中に答えは出ないと思うけど、今後のことを少しは話しておきたいわね」
僕も壁掛け時計を見た。昼休みが終わるまで、10分ちょっと。移動の時間を考えると、5分も残されていない。
さっきから朝日が黙っているのが救いだ。
「お願いします」
「学校で変身したときのことなんだけど、案は2つあるわ」
僕が頭を下げると、先生はさっそく提案をしてきた。
「教えてもらえますか?」
「ひとつは星野くんと桜井さんを別人扱いとする案。といっても、変身の瞬間を見られたらアウトだし、桜井さんでいる間は星野くんが不在になる」
クラゲ状態で授業を受けていても、欠席扱いになってしまう。悲しい。
「もうひとつは、思い切ってカミングアウトする。でも――」
「変身シーンを動画に撮られて、SNSにアップされるやろ。そしたら、テレビや動画配信者が凸してくるやん」
「三雲さんの言う通りよ」
「それは嫌ですね」
僕は目立ちたくないのもあって、陰キャをやっている。野次馬に振り回されたくない。
「センシティブな問題だから、星野くんの意思を最優先にしたいの」
「ありがとうございます。僕としては注目されたくないので、桜井さんを別人にする方がいいですね」
近くで聞いているはずの桜井さんに向かって、先生が呼びかける。
「じゃあ、いったん別人案で考えてみるわね」
「ってなると、変身シーンを誤魔化さなきゃだな。ARを使って、魔法少女の変身バンクを見せるとか」
「僕が魔法少女に変身したら、どっちみち注目されるでしょ?」
「なら、みっちゃんが女装して学校に来れば? 銀髪のウィッグをして、人工おっぱいを搭載すればワンチャン」
「だから、目立ちたくないんだけど」
LGBTQへの理解が進んできたとはいえ、みんなが無関心でいてくれるとは限らない。
「あっ」
ふと気づいた。
「みっちゃん、どったの?」
「さっき変身したときなんですけど」
ふたりの視線が僕の口に集まる。少し恥ずかしい。
「体の異変を感じてから桜井さんに変身するまでに、少し間があったんです」
「ああ、そういえば、『らめぇぇぇぇっっっっっ!』とピクピクしてたな」
「星野くん、欲求がたまってるなら、先生に相談して。少しぐらいなら、先生が手伝ってあげるから」
(ナニを手伝ってくれるのかな?)
「……冗談はさておき、隠れる時間はほしいわね」
先生も冗談を言うらしい。
「ええ。でも」
「でも?」
「根拠がないんですよね」
先生は胸の下で腕を組んだ後、微笑を浮かべる。
「少しでも気持ちが楽になるんだったら、希望にすがるのもありよ」
先生の発言で気が楽になった。さすが、大人はちがう。
「あと、他に気になることは?」
「変身のきっかけがわからないことです」
「そこなのよね」
先生は嘆息をこぼすと。
「今まで変身したときのこと、もう少し詳しく教えてくれるかしら?」
そう聞かれて、言葉に詰まった。
というのも。
思い起こしてみれば、変身したときって……。
どう言おうか迷うこと、数秒。昼休み終了の予鈴が鳴ってしまった。
「じゃあ、後で聞かせてもらうから」
朝日と一緒に国語準備室を出る。
早足で教室に戻る道すがら、最後の問題を先生にどう説明しようか考えていた。
なのに、犯人は何食わぬ顔をして。
「今日の放課後、実験してみる?」
僕の腕に抱きついてきた。
(距離感が近いのやめてください)
心の中で竹刀を振って、やりすごした。
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