第10話 実験がつらいと誰が言った?

 放課後。周りがワイワイと騒ぐ中、僕は無言で帰る準備をしていた。友だちいないし。

 立ち上がったとき、背中を叩かれた。


「ほっやー!」

「朝日、僕はクラゲになるけど、ほやにはならないよ」

「ほやって、日本酒が最高に美味くなる脊索せきさく動物のアレ?」

「年齢を偽ってないよな?」

「あちし、ぴっちぴちのJKだよ」

「余計に問題なんだけど」


 酒を飲んでいないと思いたい。


「みっちゃん、今から下着を買いに行かない?」


 元気の良い朝日は声も大きい。周囲の視線が僕たちに集まる。不本意だ。


「いや、今日は実験をするんじゃなかったの?」

「うーん、でも、約束したじゃん。あちしがブラジャーを選んでやるって」


 そういえば、朝日と桜井さんが話していた。僕と約束したみたいな言い方は、なぜ?


「それ、僕じゃないよね?」

「いや、はるるんは実質、みっちゃんじゃん」


 強引すぎる。


「あちしも最近ブラがきつくなってさあ、新しいブラを買わなきゃだし。一緒に行かん?」


 性格はエキセントリックだけれど、朝日はロリ巨乳な美少女。男子たちが僕を睨んでいた。


「買い物は明日にでも桜井さんと行けば?」


 そうとでも言わなければ、命がなかったまである。


 そもそも、桜井さんのサイズに合わせないと意味ないのでは?

 いつ桜井さんになるか不明だし、タイミングが難しいかも。


「なら、今日は人体実験しよう」

「人体実験?」

「みっちゃんの体に、あちしのエロボディを刻みこんでやる」


 余計なことを言ったせいか。


「エロい人体実験とかまじかよ」

「謀反の罪をなすりつけて、討伐しちゃおうぜ」


 男子たちが殺気立っている。


「じゃあ、朝日、先に行ってる」


 僕はカバンを掴むと、逃げ出すように席を立つ。


「みっちゃん、待てってばぁ」


 朝日が追いかけてきた。

 ふたりで玄関に向かう途中の廊下で、坊主頭の男子生徒と目が合った。


「おい、平民」

「……こんにちは、金剛こんごうくん」


 彼は金剛くん。体格がよくて、顔は強面イケメンだ。

 イケてる彼と、冴えない僕にはある接点があった。


「貴様、平民の癖して、今日の部活はサボるのかよ」

「ごめん、今日はちょっと用事があって」


 体験入部期間なので休んでも問題はないはず。それでも、いちおう謝っておく。


「用事って、女と乳繰り合うことかよ」

「…………い、いや」


 歯切れが悪くなってしまった。というのも、僕と朝日が行おうとしている実験は後ろめたい内容だからだ。


「貴様、正式入部前だからって、舐めてんじゃねえぞ」

「うっ」


 彼の指摘がもっともなので、言葉に詰まる。僕の考えが甘かった。


「中学んとき、貴様と何度か試合したよな」


 僕と彼は中学時代は剣道部だった。別の中学だったが、近いこともあり、大会で何度も対戦している。


「貴様らの学校は雑魚ばかりだった」

「うん、僕なんかが試合に出るぐらいだし」

「オレ様がフルボッコにしてやったな」


 金剛くんとの試合で、痣ができたことがある。何日も痛みが引かなくて、しんどかった。


「普通、オレ様が徹底的に叩いたら、立ち上がれなくなるんだが、貴様は立ち上がってきた」

「……」

「良い根性してると思ってたんだぜ。弱すぎだけどな」


 金剛くんは僕を見下していると思っていたので、予想外だった。


「どうやら、勘違いだったようだな」


 僕だって部活を休みたくない。けれど、僕の気持ちを伝えても、甘いと断罪されて終わりだろう。


「オレ様は部活に行く。とっとと消えやがれ」


 金剛くんは足早に去っていく。


「なに、あいつ。ムカつく」

「気兼ねなく部活できるように、実験よろしくな」

「おっ、みっちゃんがやる気になった。さっきの奴に感謝だな」


 手のひら返しがすごい。

 

 朝日と一緒に歩くこと、十数分。帰宅する。

 朝日は荷物を置くとかで、いったん自分の家に寄った。


 その間に僕はお湯を沸かし、紅茶の準備をする。

 冷蔵庫にコーラが入っていることも確認した。朝日が好きだから。


 お湯が沸いた頃、朝日がやってきた。制服から着替えて、パーカーを羽織っている。

 冷蔵庫からプリンを2つ取り出すと、両胸に当てて。


「あちしのおっぱいは2段ロケットなのさ」


 男子小学生みたいにふざけていた。


「食べ物で遊んじゃダメと習わなかった?」

「あちしの家は面白さが正義だからな」


 朝日の母親は体を張ってでもウケを狙いに行く人だった。


「それに、これは実験でもあるんだよ」


 朝日は真顔で言うと、プリンを食べ始める。


「合法的にあちしの胸に視線が行くじゃん。ムラムラするかなと思って」

「一理はあるんだが、エロというよりは小学生的な悪ふざけにしか思えなかった」

「つまり、ご子息も反応しなかったんだな?」


 ストレートすぎて、対応に困る。


「恥ずかしがらなくてもいいじゃん。大事なことなんだからさ」

「そうなんだけど」


 昼休み。先生と話した結果をもとに、僕と朝日はある仮説を立てていた。その仮説が正しいか検証するための実験をこれからしようとしている。

 その問題の仮説とは――。


「あちしとエッチなことをすると、変身するって……プークスクス」


 振り返ってみる。

 初めて桜井さんになったときは、キスをされる寸前だった。その他にも、風呂場で体を押し当てられたり、朝日が服を脱ごうとしたときだったり、抱きつかれたりだったり。

 思い出すかぎり、朝日とエッチなハプニングが起きたときに変身している。


「もしかして、ヘタレすぎて、エロイベントから逃げたいとか?」

「うっ」

「爆乳美少女で愛想もいい子に押しつければ、ヘタレ童貞を意識しなくて済むもんね」

「……」

「名探偵あちしが断言する。だから、はるるんの人格と肉体を生み出したんやろ?」


 僕としてはイエスともノーとも言えない。

 距離感がバグってる幼なじみから逃げたいし。不快っていうより、刺激が強すぎるから。


 僕の戸惑いも知らず、朝日は朝日はパーカーのジッパーをおろしていく。蠱惑的な笑みを浮かべて。


 てっきり下にTシャツでも着ていると思ったのだが。

 あらわれたのは肌色と、双丘を覆うピンクの布だった。


「朝日、なんて格好してるんだよ?」

「安心して、水着だから」

「全然、安心できない」


 そう言っている間に、朝日はパーカーを脱いでしまった。

 健康的でツヤのある肌と、お椀型の膨らみが魅惑的で。


「あちし、体を張ってんだ」

「あ、朝日さん?」

「ドキドキしてんなら、触っちまえよ」


 たしかに、胸は高鳴っている。さっきから心臓の音がうるさいぐらい。


「けどさ。そこまではできないよ」

「遠慮すんなよ。思い切って揉んでしまえ」


 朝日は下から胸を持ち上げると、僕に近づいてくる。


 あと、10センチ手を伸ばせば、触れてしまいそうで。

 プリンの容器に残っていたバニラビーンズから甘い香りが漂ってきて。


 鼓動の速度が100メートルを全力疾走したかのようになり。

 合意が取れているんだから、『手を伸ばしてしまえ』と誘惑に駆られ。

 でも、未熟な僕が、きれいな肉体に触れるのもおこがましくて。


 結局、僕は――。


(桜井さん、助けて!)


 逃げることを選んだ。


 仮説が念頭にあったせいか、今回に限っては意識的に桜井さんを求めてしまった。

 これで変身すれば、僕たちの仮説が正しいことになる。

 そうなれば、朝日との接触を避ければいい。対策も取れるし、授業中に変身する危険もなくなる。


 が、1分経っても、5分経っても、僕は僕のままだった。


「いやぁ、外れだったかぁ」

「ごめん、恥ずかしい思いをさせておいて」

「せっかく水着になったんだし、海に行こうかっ!」


 空は赤くなり始めていた。しかも、4月。

 もちろん、朝日を止めた。

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