第17話 僕の願い

 翌日。3連休の中日。

 午前中は剣道部の練習だ。


 ウォーミングアップをしたあと、ふたり1組で打ち込み合うメニューに取り組んでいた。

 僕は1年生部員と組むことに。部活だと体育とちがって、好きな人同士でやるわけでない。なので、ボッチの僕でも助かる。


 攻撃側と防御側に分かれる訓練。僕は防御する側だった。相手は高校から剣道を始めたのか、動きがたどたどしい。面の打撃も重くない。僕が竹刀で迎撃すると簡単に弾けた。


 10回ほど相手に打たせてから攻守交代。軽く攻めたつもりだったのに、彼の面に当たってしまう。


(痛くない?)


 面があるので表情が読めなくて困る。手加減して、相手の竹刀を狙った方がいいんだろうか?

 いや、それでは練習の意味がない。防ぐ練習でもあるからだ。


 ある程度、痛くならないよう配慮しながら進めるのだった。


「はい、交代して、もう1回な」


 コーチから指示が出る。

 つぎに、僕の前に立ったのは。


「貴様ごとき雑魚が手加減するねんて、1億年早えよ」


 金剛くんだった。あいかわらず、きつく当たってくる。


 僕は後退する金剛くんの面を目がけて、竹刀で打つ。が、彼の竹刀に受け止められる。

 さっきとはちがい、本気の本気で、金剛くんの面を叩くつもりだったのに。


「貴様、今日は手を抜きやがって」

「いや、真剣にやってるよ」


 そう答える僕の声は弾んでいた。意外と激しい運動で、呼吸が苦しい。


「あれから一度も本気出してねえじゃんか。稽古を舐めてんのか」


 桜井さんが金剛くんに勝ったときのことを言っている。

 そこを突っ込まれると、なんとも困る。

 桜井さんは超上級者で、僕は雑魚。他人から見ると、僕がサボってるようにしか感じられないだろう。


「あのときは偶然だったみたい。だから、再現できるようがんばります」

「……ふん」


(また、桜井さんに気を遣わせるな)


 相手が変わるまで気まずかった。


 昼になり、部活が終わる。

 帰宅し、シャワーを浴びた。自宅なのに、浴室では腰にタオルを巻く。桜井さんが傍にいるので、配慮している。

 朝日も日本のハワイで不在で、浴室を出るまでハプニングも起こらなかった。


 適当にランチを済ませてから、家を出た。

 向かったのは、徒歩数分の距離にあるスマホ販売店。店内はかなり混み合っていて、10人待ちだった。事前に予約しておいて正解だった。


「ご用件を承りますが」

「あの、もう1台スマホを持ちたいのですが」

「……お客様がですか?」


 驚かれてしまった。


(2台持ちする未成年は少ないのかな?)


 厳密に言うと、僕のスマホではない。

 桜井さん用のスマホだ。残念なことに、桜井さんの戸籍はない。彼女名義でスマホは買えない。

 そこで、僕が2台持ちにして、1台を桜井さんに貸そうと考えたわけだ。


「ええ。ダメですか?」

「失礼ですが、未成年ですか?」

「はい、15歳です」

「でしたら、親の同意書が必要になりますね」

「えっ?」


 それは困った。

 親は海外にいる。


 外資系企業でSEとして働く父は超多忙で、休みはほとんどない。


 母はフリーランスの翻訳者。フリーランスは時間の自由がきくようでいて、実は会社員よりも不自由だ。短納期の仕事が来るときもあれば、暇なときもある。予定が読めないのだ。

 なお、フリーランスといってもピンキリ。人によって働き方は全然ちがうらしい。


 僕が二重人格かもしれないと言ったら、親に迷惑をかける。

 だから、桜井さんの存在は親に伏せていた。


 桜井さんの件を隠して、2台目のスマホがほしいだなんて言おうものなら、理由を追求される。父はロジカルな回答を求めてくる人で、自分が納得できなければ認めてくれない。


(弱ったな)


「あの、同意書がないとダメなんですか?」

「ルールなので、無理ですね(ニコッ)」

「……すいません、諦めます」


 恥ずかしい思いをして、販売店を後にする。

 きちんと調べてから来ればよかった。桜井さんの件で頭がいっぱいで、冷静な判断ができていなかった。


 家に戻る道すがら、医者からの課題が脳裏をちらつく。

 スマホの件で思ったけど。


(桜井さん、生きづらくないかなぁ)


 学校では小川先生のおかげで居場所ができている。

 しかし、世の中的には存在が認知されておらず、スマホすら持てない。


 僕なんかの一部じゃなく。

 ひとりの人間として扱ってほしいのに。


「あっ」


 僕の中で答えが出ていることに気づいた。


「桜井さん、ううん」


 女子を名前呼びするなんて、抵抗がある。ただし、朝日は例外。


 けれど、桜井さんという女の子は。

 僕であって、僕でない。

 ある意味、朝日よりも距離が近いかもしれない。


「小陽さん。僕は決めたんだ」


 静かな住宅街。小声でひとりごとを言おうが、誰も聞いていない。

 メモアプリではなく、僕の声を直接届けよう。


「医者は元通り……僕の人格に統一されるのが理想のひとつと言うけれど」


 首を回すようにして、彼女を探す。

 太陽に一直線のところで、首を止めた。陽ざしが強いあまり、目を細める。


 そこに彼女がいるかわからない。けれど、太陽のまぶしさが、いつもにこやかな彼女のようで。

 僕はゆっくりと彼女に語りかける。


「僕は小陽さんと一緒にいたい。小陽さんを見ていると、胸がポカポカするから」


 今のままの生活を続けたい。

 もちろん、現状維持でなく、小陽さんが暮らしやすい環境を作るのが前提で。


「小陽さん、僕とはちがって器用だし、勉強も運動もできる。昔の僕だったら、小陽さんが天才すぎて、勝手に落ち込んでたかもしれない。けどさ」


 笑顔がこぼれてくる。


「小陽さんを見ていると、むしろ勇気が出てくるんだ」 


 だって。


「小陽さんが僕の脳と筋肉を使ってるのなら、僕にもできるはずで」


 クラゲ状態の僕は、小陽さんを通して感じていた。


「僕は凡人だけど、続けていれば、僕にもできるかもって信じられるんだ」


 金剛くんを倒したときから、ずっと。


「小陽さんは僕に夢を見せてくれる」


 そんな彼女に。

 僕は――。

 恋をしたのかもしれない。


 小陽さんが僕の一部なら。

 僕は僕自身に恋をしたわけで。


 この恋は前途多難であり。

 希望に満ちている。

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