第16話 おひとりさまデート

 メンタルクリニックを出ると、お昼近くになっていた。


(まっすぐ帰るかな……いや)


 普段だったら、家で作るのだが。

 ふと思い立ち、スマホを耳に当て。


「さ、桜井さん、どこか寄りたいところある?」


 電話をしている風を装って、桜井さんに話しかけてみた。


 といっても、向こうがなにかの返事をしても、僕には届かない。意味はない。


 それでも、桜井さんは存在している。

 医者から出た宿題の件もあって、呼びかけてみた。


「ありがとう。付き合ってくれて」


 ちょっと、いや、かなり強引だけど、桜井さんなら僕のワガママに付き合ってくれるはず。


 駅に向かう道を見渡す。オタク向けショップや飲食店が並んでいる。

 あと、ビラ配りするメイドさんが目立つ。普通のメイドさんであることを祈ろう。


「じゃあ、どこかでお昼を食べようか?」


 今日は朝日がいない。この街に不慣れだし、無難な店に入ろう。


 高校生の予算でも問題ない喫茶店に行ってみる。満席だった。諦めて、別の店にしよう。

 何件かオシャレな店を回っても、全滅だった。

 ラーメンや、肉などのがっつり系を除けば、高そうなところばかり。


 黄色い看板がド派手なラーメン屋の前にいた。なお、看板にはアニメのキャラが描かれている。


「ごめんね、僕に付き合わせて」


 席に案内され、適当にラーメンを頼む。


 数分後。僕の前に置かれたラーメンは、量が半端なかった。

 特に、麺の上に乗った野菜。もやしとキャベツ、ニラ、ニンジンの体積に圧倒される。たぶん、350グラム以上ある。1日の摂取目安量を1食で取れるなんてすばらしい。

 さらには、分厚いチャーシューが4枚も乗っていた。


(桜井さん、漢なランチですいません)


 味は絶品だった。濃厚な豚骨のスープが体に染み渡る。

 なお、変身したときを考えて、卓上に置かれたニンニクは使用していない。


 食事を済ませ、店を出る。息が匂った。

 すぐ近くのコンビニでガムを買って、ガムを噛む。


 満腹になったし、ブラブラ歩いてから帰ろう。


 駅の方に向かう。大通りの交差点に本屋があった。入ってみよう。

 マンガの専門店だった。マンガ以外の本がまったくない。昔から朝日にマンガを無理やり渡されているので、それなりに読んでいる。なお、エッチなマンガも普通に貸してくるから反応に困る。


 本屋の2階に上がる。さらに、特殊な空間だった。棚にあるのは、薄い本ばかり。


 とりあえず、手に取ってみる。

 パラパラとページをめくっていたら、女の子の裸が目に入った。


「ごめん、桜井さん」


 本を閉じると、まっさきに謝った。スマホを持つのも忘れたので、近くの男性が怪訝な目で僕を見た。


(引かれたよな)


 桜井さんは包容力があって、ちょっとぐらいのミスは受け入れてくれそう。だけど、さすがに裸はアカンかも。


 悶々としていたら、催してしまった。

 トイレだったら、まだマシだった。


(安全な場所に行かないと!)


 急いで店を出て、すぐ隣の雑居ビルに入る。


 階段の踊り場に行けば、人は少ないだろう。

 作戦は当たりだった。2階のホビーショップを上がったところの踊り場、誰もいない。

 それでも、壁を向き、決定的な瞬間が見られるのを防ぐ。


 どうにか無事に、彼女と入れ替わる。

 なお、その直前にスマホにメッセージを残しておいた。


『いろいろとすいません』


 桜井さんはスマホを見ると。


「一道さん、大きいおっぱいが好きなんですね」


 なんか勘違いされている。

 さっきの薄い本で描かれていた子、かなり大きかったから?


『たまたま手に取っただけで、僕の趣味じゃないんだけど』


 意味がないのに、言い訳をしてしまった。


「うふっ、一道さんも男の子さんなんですね」


 とりあえず、嫌われていなくて、助かった。


 桜井さんは雑居ビルの上に向かって歩いていく。次の階には、トレーディングカードのショップだった。

 彼女は目をキラキラさせて、カードを見る。


「わぁ~この子、かわいいです」


 アニメのキャラが描かれたカードだ。


「お犬さんがいますよっ」


 桜井さん、小声で盛り上がっている。他人の目を気にしつつも、僕の存在も意識している感じだ。


 さっきまでの僕も同じだった。

 おひとりさまなのに、デートしている気分なんだ。


 楽しいと同時に。


 寂しくなってしまった。

 彼女とリアルタイムで話せないから。


 ひととおり店内を回った後、桜井さんは雑居ビルを出た。

 桜井さんは駅に向かって歩き始める。

 途中、カラオケボックスの前を通りがかったときだ。


「あれ、小陽ちゃんじゃん!」

「ホントだ。桜井さんだよ」


 声のした方を見る。同じクラスの女子が4人いた。


「みなさん、どうも、こんにちはです」


 桜井さんは腰を深く折って、丁寧に挨拶する。


「今日は体調、大丈夫なの?」

「ええ。少し歩きたくて、来てしまいました」

「今からカラオケに行くんだぁ」

「楽しそうですね」

「うん、桜井ちゃんも行く?」


 クラスメイトがそう言ったとたん、桜井さんの笑顔が固まった。


(桜井さん、どうしたの?)


 怪訝に思っていると。


「誘ってくださり、ありがとうございます」


 笑う。にこやかに。

 いつもと同じようでいて。

 どこか不自然だった。


(もしかしたら……)


「すっごく行きたいんですけど、疲れてしまいまして」


 うすうす察していたが。

 僕たちの事情を気にしているのだろう。


 最悪、カラオケの途中に変身の徴候を感じたら、すぐに離脱しないといけない。


 僕になってクラスメイトたちのところに戻ったら?

 誘ってないのに、どこかから現われたキモい陰キャになってしまう。


 僕の立場を守ろうとするなら、桜井さんが無言で帰宅したと勘違いされるわけだ。

 桜井さんもつらいし、女子たちも面白くない。


 だったら、自分が我慢すればいい。そうとでも考えているにちがいない。


「小陽ちゃん、病弱だもんね」

「すいません。短い時間なら大丈夫なんですが、長時間は厳しくて」

「じゃあ、連絡先を交換してよ」

「えへへ」


 再び、桜井さんは笑った。


「ピンスタやってる?」

「えっ、えーと」


 桜井さんは言い淀んでいた。


『あっ⁉』


 桜井さんはスマホを持っていない。

「僕のスマホを使っていいよ」と言いたいが、無理だった。


「あの、スマホを忘れてしまいまして」

「そうなんだぁ。桜井さん完璧超人だと思ってたけど、安心したよぉ」

「ねえ、そろそろ行かない?」

「じゃあ、小陽ちゃん、また学校で」

「はい。みなさん、楽しんでくださいね」


 クラスメイトたちが去っていくと、桜井さんはため息を吐いた。

 彼女の姿を見て、僕はあることを決意した。

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