第18話 彼女と、友だち

 昨日と今日は学校で、明日からゴールデンウィーク後半の4連休が始まろうとしていた。


 昼休み。

 小陽さんが女子の友だちと弁当を食べていた。朝日と、他に3人いる。


「今日こそは、小陽たんのピンスタを教えてもらうぞ」

「そうそう。小陽たん、1日1時間ぐらいしか来ないじゃん」

「このチャンスを逃したら、しばらくは……」


 女子3人組にピンスタを迫られている。話した順に、佐藤さん、鈴木さん、高橋さんだ。


(だいぶ仲良くなったようだね)


 学校にいる時間は僕の数分の1なのに、友だち1人(それも、幼なじみ)の僕とはちがいすぎる。

 うれしいやら、自分が情けないやら。


「小陽たんと結婚できないし」


 ピンスタのアカウント交換どころではない話になっていた。


「おい、みぃ。はるるんはあちしの嫁なんや」

「朝日、みぃは無視していいぞ」

「ってか、連休中、小陽たんと遊びに行きたいじゃんか」

「あ、あたしとですか?」


 小陽さんは自分の顔を指さす。


「そうそうだぞ」

「だって、小陽たん超かわいいし、いつもニコニコで癒されるじゃん」

「おっぱいも大きくて、形もいいし」


 女子3人は小陽さんを相当お気に召しているらしい。


「あちし、揉んだことあるけど、最高だったよ!」


 最後に朝日が余計な発言をして、男女を問わず近くの人が色めきたった。


「ありがとうございます」


 なぜか丁重に頭を下げる小陽さん。

 笑顔を絶やさずに愛想を良くするの素晴らしいと思うけど、不安になってくる。


「あ、あの、遊びに誘ってくださって、うれしいのですが……」

「小陽たんどうしたんだぞ?」

「えーと、その、あの」


 佐藤さんたちに期待のまなざしを向けられ、言いにくそうにしている。

 空気を大事にするあまり、自分の意思を表現するのが苦手なようだ。

 先日、カラオケを断れたのに、今日は無理な模様。


「はるるんはどうしたいの?」


 朝日が小陽さんを見つめて言う。


「病弱なのはわかってるやん。そやけど、はるるんの気持ちを聞いてないって思ってな」


 朝日はバカでふざけているが、空気を読むのはうまい。

『芸人は臨機応変に笑わせなアカン。やから、空気読みはスキルじゃっどん』と以前、語っていた。めちゃくちゃな方言はさておき、もっともな考えだった。


 というか、僕も朝日と同じ考えだった。


「あたしは遊びに行きたいです」

「なら、決まりや」


 朝日が小陽さんの肩に手を回す。


「朝日っち、ありがとなす」

「小陽たん、楽しもうじゃん」

「小陽たん、おせっせしよ?」


 3人組が反応する。最後の人は大丈夫なんだろうか?

 なお、小陽さんは笑顔で、目をキョロキョロさせていた。


「ん? はるるん、どったの?」

「うーん、やっぱり、あたし、みなさんに迷惑をかけそうで……」

「はるるん、なにを恐れてるんや?」

「あたし、1日1時間の女なので、いつ消えるかわかりませんし」

「みんな、どう思う?」


 朝日が他の女子に尋ねる。


「そんなん気にしないぞ」

「体が第一じゃん」

「そういうことだし…………でも」


 高橋さんが頭をかきながら言う。


「外出先で体調悪くなったら、帰るのが大変だし」


 セクハラばかりだった高橋さんが、小陽さんを気遣う。


「たしかに。歩かせるわけにもいかないぞ」

「ならさぁ、あちしから提案がありんす」


 朝日が威勢よく手をあげる。


「VRで遊ぶのはどう?」

「たしかに、それなら自宅だもんね」

「いいじゃん、いいじゃん」

「うし、小陽たんにビキニアーマー着せちゃうし。はぁはぁ」


 3人とも乗り気だった。なお、高橋さん、見直したのに。


「はるるんはVRどう?」

「VRでしたら、問題ありません?」


 疑問形になったのは、僕の考えがわからないから?

 すると、朝日が小陽さんの耳元に口を近づける。


「みっちゃんなら大丈夫だよ」


 僕の答えを代弁してくれた。

 じつは、いい案だと思っている。VRなら途中で変身しても、僕たちの秘密がバレるわけではないし。

 ただし、僕が小陽さんを演じる必要がある。


(いや、難易度高いかも)


 愛想の良い子がいきなり陰キャになったら、違和感ありまくりだ。


「ってなわけで、さっそく今日にでもやろっか?」

「「「うぃーす」」」

「……一道さん、お願いしますね」


 小陽さんは上目遣いでねだってくる。

 かわいすぎて、断れない。物理的にも声は届かないから、同じことなんだけど。


「って、ピンスタは?」

「あっ、はい」


 返事をする小陽さんに向かって、朝日が僕のスマホを放り投げた。隣なんだから、普通に渡してほしい。


 結局、僕のスマホを小陽さんと共有することになった。ピンスタは複数のアカウントが作れるし、LIMEも同様。電話番号はひとつしかないが、なんとかなる。僕と小陽さん、両方と電話番号を交換する人はいないだろうから。


 ピンスタを教え合ったところで、昼休み終わりの予鈴が鳴った。


 放課後になる。放課後まで、小陽さんのままだった。


 変身するタイミングも、長さも日によってちがう。今日みたいな日もたまにある。


(今日は部活がサボりになっちゃう)


 明日あたり、金剛くんにチクチク言われそう。


 小陽さんは朝日と一緒に帰宅した。

 朝日は一度自分の家に寄り、VRヘッドセットを持ってきた。なお、制服からミニスカートに着替えている。


 小陽さんも同様に部屋着だ。といっても、僕のTシャツだった。ぶかぶかで、胸元に隙間ができている。

 クラゲさんよろしく宙を漂う僕は、上から小陽さんを見下ろす。谷間が絶景だった。


 バツが悪いので朝日を見ると、僕のベッドに寝そべっていた。ミニスカートがめくれあがり、クマさんがこんにちはしていた。

 

「みっちゃん、あちし、今日はクマパンなのさ」

『わかってるなら、なんとかしてよ』

「みっちゃん、VRで遊んでるときって、あちしらは無防備やろ。エロいことし放題だね」

『触れないのわかってるよね?』

「スカートの中に顔を突っ込んだり、谷間からのぞいたり」

『そんなことするつもりないっての』


 会話できるはずないのに、不思議だ。


「朝日さん、これを被るんですよね」

「そだよ」


 朝日とふざけていたせいで、気づくのに遅れた。小陽さんの手が震えていることに。


「もしかして、はるるん怖い?」

「うーん」


 小陽さんが小首をかしげる。


「わかりません。でも、なにか不安なんです」

「……前にVRで事故が起きたもんな。たしか、あちしらと同じ年の女の子だっけ。まだ目を覚まさないんだよね」


 フルダイブ技術が正式稼働した直後。ゲームからログアウトできなくなった女の子がいた。

 1年半以上前の2022年秋の出来事だ。その子も本当だったら、高校に行っていただろうに。


「事故をきっかけに国が徹底的に調査したんや。以来、1件も事故が起きてへんし、安心、安心」


 小陽さんは頭を抱えている。


「どったの?」

「……大丈夫です。少し頭が痛いだけですから」

「大丈夫に見えないんだけど」


 朝日は起き上がると、僕のベッドを指さす。


「みんなには適当に説明しておくから、寝てな」

「あっ………………例のあれが来ました」


 僕たちは入れ替わった。

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