第19話 代役

「うーん、小陽さん大丈夫なのかな?」


 入れ替わる直前、小陽さんの体調がおかしかった。


 今は僕も朝日も小陽さんの様子を確認できない。

 不安で、不安でいたら。


「そんなに心配なんだぁ」


 朝日が僕の胸を肘でつついてくる。


「もしかして、好きになっちゃった?」

「ぶはぁぁっ!」


 噴き出してしまった。


「あれれ、マジだった?」

「……」

「無言は肯定と理解してやんよ」

「黙秘します」

「あちし、失恋しちゃったよ。みっちゃん、慰めて」


 そういうと、朝日は僕の胸に顔をうずめてきた。

 僕にフラれて、僕に慰めてもらおうするわけない。遊んでいるだけだろう。


「あっ、みっちゃん?」


 朝日がガバッと僕から体を離す。


「ん?」

「頭、痛くないの?」

「べつに、なんともないけど……あっ!」


 なにも考えずに答えてから、質問の意図に気づいた。


「小陽さんが頭痛だったのに、僕はちがう。たしかに、引っかかるな」


 以前、朝日が僕の手のひらに落書きを書き、小陽さんに入れ替わり後も消えていなかったことがある。

 なのに、頭痛は引き継がれていない。物理的な要因の頭痛なら、僕の頭が痛くてもおかしくないはず。

 たまたま、入れ替わり前に頭痛がおさまったか、あるいは。


「ストレスなのかな?」

「それなんだけど、はるるん、記憶喪失設定だったじゃん」

「そうだな」


 設定というところにうなずく。

 本人は記憶喪失っぽく言っていた。が、僕の副人格であるなら、自分が生まれるより前のことを覚えていない気もする。


「記憶喪失ものあるあるやろ」

「へっ?」

「頭痛が伏線になってる的な奴」

「小陽さんがそうだと言いたいの?」

「可能性の話ね」


 小陽さんについては謎が多すぎる。医学的にどうなのかは不明だが、頭の片隅に置いておこう。


「しばらくは要注意だな」

「あちしが注意深く見守っておくよ」


 朝日は基本はバカだけれど、良い奴だ。僕が直接的に関われない以上、朝日が頼りになる。


「よろしくな。僕は無力だし」

「任せた。隙あらば、おっぱいも揉みたいし」


 見直して損した。


「ってか、みっちゃん、ゲームするぞ」

「……えっ、僕がやるの?」

「当然。人付き合いは大事なんだよ。はるるん、病弱設定のおかげで許されてるけどさ。ドタキャンだし、断りすぎると、敬遠されちゃうの」


 そういうものなんだ?

 友だちがいなさすぎて、わからない。


「わかった。僕でよければ代役をやらせてもらうよ」

「『わかりました。あたしでよければ小陽さんの代役をやらせていただきますね』やろ」

「へっ?」

「はるるんになるんだったら、話し方を真似しないと」

「そのつもりだったのに、いきなりすぎ」

「じゃあ、ベッドに寝て」


 朝日がVRヘッドセットを渡してくる。面倒なので、指示に従う。

 すると、彼女が僕の横に寝っ転がった。互いの腕と腕が触れ合う。僕よりも高い体温にドキリとした。

 僕は緊張を誤魔化そうと、VRヘッドセットを被った。


『アンコンシャス・リンク』を立ち上げる。

 プレイヤー選択画面で、いつものキャラを選ぼうとして思いとどまる。

 僕は男キャラを使っていた。しかも、ジョブは剣士。小陽さんに合わないかも。


(新しいキャラにしよう)


 もちろん、女性で。


 キャラメイク画面でキャラデザをする。

 直感に任せて操作した結果――。


 白銀系の銀髪。瞳は黄色。背はやや低めで、凹凸ははっきり。そんな少女ができあがった。

 現実の小陽さんと同じ特徴だ。そうはいっても、二次元のアバターなので、まず身バレしないだろう。


 ジョブは魔法剣士にした。魔法も剣も扱える万能型だ。リアルでも器用な小陽さんにふさわしい。


 初期地点にログインする。あらかじめ約束しておいた合流地点に向かわないと。

 ステータスウインドウを開こうと、右手をあげようとしたとき、違和感を覚えた。

 手が胸に当たり、たぷんと揺れる。


(これが、おっぱいなのか⁉)


 VRだから実際には存在していないはずなのに、重さも質感もある。

 試しに、揉んでみた。


(うぉっ、柔らか!)


 感動していたら。


「みっちゃんも好きですなぁ」


 金髪ツインテのキャラがニヤニヤして僕を見ていた。朝日のアバターだ。


「……いざというとき、動けなくなるので、試してみました」

「合流地点に向かうぞ」


 朝日は僕の言い訳を聞かずに、ステータスウインドウを開く。


 僕も朝日に続く。メニューから移動のコマンドを選択し、座標を入力。

 視界が暗転し、次の瞬間には草原にいた。


 すでに、女子3人がいた。戦士と白魔法使い、黒魔法使いだ。

 なお、朝日はお笑い芸人である。将来的に賢者に育つのかな?


「ほっやー」

「みなさん、お待たせしてすいません」


 僕は小陽さんになりきって挨拶をする。

 声はボイチェンを通して、女声にしている。身バレ防止もあって、だいたいの人がボイチェンを使っている。そのため、小陽さんと声が違っていても、不審がられなかった。


「小陽たんと遊べるなんてうれしすぎだぞ」

「都内住みだと気軽にピクニックできないし、VRはいいじゃん」

「VRだと合法的にお触りできるし」


 佐藤さん、鈴木さん、高橋さんの順に言う。高橋さんのはよくない気がする。


「で、今日はなにする?」


 朝日が全員を見渡して尋ねる。


「せっかくだし、ピクニックがしたいぞ」

「女子会かな」

「小陽たんの恋バナ聞きたい。好きな百合のシチュエーションとか」


 女子の答えが面白かった。


「みなさん、普段、VRでなにをやってるんですか?」


 僕は聞いてみた。


「あちしは酒場でショーをやってる。お笑いの修行になるやろ」

「うーん、風景を見てるぞ。リアルだと旅はあまりできないし」

「地方にいる従姉妹と女子会かな」

「NPCの女子をお触りする。それ以外にあんの?」


 高橋さんの発言にドン引きしながらも、笑顔を心がけた。

 小陽さんになりきるなら、笑っていないといけないし。


(小陽さんも苦労してるなぁ)


 代役を務めて実感した。


「じゃあ、間を取って、丘の上で女子会しようや」


 朝日が提案する。反対意見はない。


「そのまえに……はるるんはこれに着替えて」


 そう言って、朝日が僕に渡してきたのは。


「ビキニアーマーじゃん!」


 思わず叫んでしまった。


「あはっ、小陽たんも良い反応できんのね」

「いつもニコニコだし意外だったじゃん」

「マンネリに飽きたなら、露出プレイはおすすめだし」


 しまった。つい言ってしまった。


「はるるんだったら、笑顔で着てくれるのになぁ」


 朝日が意味ありげな視線を向けてくる。


「わ、わかりました。朝日さん、お借りしますね(にこっ)」


 従うしかない。


(小陽さんも大変だなぁ)


 正直、小陽さんになりきっていなかったら、絶対に拒否していた。


 ふと思った。

 小陽さんがいつもニコニコで従順なのは、僕には不可能だからかも。


 内心では、僕も人当たりが良くなりたいと願っていた。でも、自分には無理で、副人格の小陽さんに叶えてもらっている。

 そう推測したら、小陽さんの態度にも納得できた。

 だとしたら、僕の責任でもある。


 そんなことを考えながら、ビキニアーマーに装備を変えた。


 丘に向かって歩く。途中、モンスターと遭遇するが、雑魚だった。5人で力を合わせれば、楽勝だ。

 なお、朝日は戦闘中もギャグを言うだけ。「ヨットにあらヨット」系のギャグを飛ばして、敵味方を凍りつかせていた。


 丘の上についた頃には、リアルで夕方になっていて。


「あっ、うち夕飯の時間だぞ」

「こっちもママに怒られたじゃん」

「こっちは妹が風呂に入る時間。覗きに行かんと」


 結局、女子会はせずにお開きになった。3人はログアウトしていく。


 女子会は荷が重いし、助かった。

 と思いきや。


「はるるん、ふたりきりで女子会しようぜ」

「女子会じゃないよな!」


 油断して素が出てしまった。

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