第14話 放課後デート鑑賞

 桜井さんが武道場から脱出した後。

 正門前にて。桜井さんは赤く染まった雲を眺めて。


「うわぁ~きれいです」


 彼女の純粋さがまぶしくて。


「君の方がきれいだよ」


 僕と同じことを考えていた誰かが、桜井さんの耳元でささやく。


「空気を読んで、はるるんになってくれたんやな」


 犯人は朝日だった。


「あちし、みっちゃんと一緒にランジェリーショップに行くと思ってたよ」


 マジだったのか。


「それはそれで楽しそうなんだけどさ」

「朝日さんと一道さん、仲が良いんですね」

「腐れ縁だからな。まあ、距離近すぎて、恋愛感情なんてまったくないけどな」


 わかってた。

 だから、僕も安心して、朝日と一緒にいられる。

 そもそも、不器用すぎる僕。どちらかに恋愛感情がある時点で、会話するのがムリになる。


「今日はお願いします」

「任せろ。はるるんに似合うエロい下着を選んでやる」

「……お手柔らかにです」

「『お手柔らかに』って言葉、エロいよね?」

「はい?」

「手でおっぱいを柔らかくするみたいやし」


 少し間ができたあと、桜井さんが口を開く。


「『お手柔らかに』とは、手の力を抜いて、優しくするって意味みたいですよ」

「まんま、おっぱいの取り扱いやろ」

「たしかに、おっしゃるとおりですね」


 朝日のたわごとを丁寧に聞く桜井さん。優しすぎる。


 ふたりは地下鉄に乗り、5分程度で下車した。

 彼女たちが降りた駅。そこは、子どもが楽しく遊べる公園や動物園、大人が文化を味わう美術館や博物館、それに下町風の混沌とした飲食店が並ぶエリアだった。


 しかし、朝日が案内したのはいずれでもない。

 若年層に人気の複合商業施設に入っていく。


「みっちゃんの小遣いでも買える店な」


 変身してもお金が湧いて出てくるわけではない。当然、僕の財布から払うことになる。


「あたし、迷惑をかけてばかりですね」

「ええっての。あちしにとっても、ご褒美なんやし」


 朝日は悪巧みの顔をしていた。


「ほな、入ろうか」


 朝日が桜井さんの肩を抱いて、下着売り場に入っていく。


 などと見ている場合ではなかった。いづらくてたまらない。

 僕にできることは天井か、床を見つめるしかない。


「つか、はるるん、サイズわかるの?」

「うーん、測ったことありませんね」

「じゃあ、3Dで測定しちゃおうか」

「3D?」

「ここの店、体をスキャンして3Dモデル化できんだよ。体にぴったりの商品をAIがおすすめしてくるわけ。その中から好みのデザインを探して、試着すればいいし」


『すごい』


 僕まで感動してしまった。

 フルダイブVRが実用化されて2年。VRやAIなどの関連技術が、日常生活に便利にしてくれている。


「とりま、この部屋に入って」


 しばらくして、僕の体は狭い部屋に閉じ込められた。


 ここなら、刺激物を目にしないだろう。

 室内を見回す。

 試着室ぐらいの広さだった。

 四方の壁にはくぼみがあって、それぞれカメラがはめられている。


 なお、朝日も隣にいた。狭くて、ふたりの肌が触れ合っている。


「はるるん、とりあえず、脱ごうか」


 衣擦れの音がして、慌てて目をそらした。


「全部、脱ぎました」

「じゃあ、スキャンする。あちしが撮られるのはまずいから、いったん出てるぞ」


 どうやら、カメラで体型のデータを採取するらしい。


「みっちゃん、邪魔者がいない間に楽しんどけよ」


 煽られた。

 カメラの撮影音が何十回もする。視界の隅で、カメラが上下移動するのがわかった。いろんな角度からデータを集めるのか。

 やがて、音が止まる。


「終わったよ。服を着て」


 朝日が外から指示を出す。

 布がこすれる音が再び。心を閉ざし、やりすごす。


「着替え、終わりました」

「スマホの専用アプリにデータを転送できんの。次に買い物するときに使えるからね」

「便利ですね」


 朝日が僕のカバンに手を伸ばし、勝手に中身を開ける。スマホを取り出した。


(まさか……?)


「はるるん、スマホ持ってないんだし、みっちゃんのスマホに入れるよ」

『えっ?』

「はい、わかりました。お願いします」


 桜井さんも同意してしまった。


『データって、なにが入ってるの?』

「そりゃ、もちろん、スリーサイズとか。あと、胸は左右で大きさもちがうし、形も人それぞれ。3Dモデルで自分の体型を再現もできるんだぞ」

『なんてこった⁉』

「すごいんですね」


 事情を知っても、桜井さんは平然としていた。

 僕は桜井さんの恥ずかしいデータを自由に閲覧できるわけだ。

 まあ、本人に即バレするし、絶対に触らないでおこう。


「はい、これで終わり」

「おぉっ、あたしの体って、こんな形をしてたんですね」

「なになに……88のFカップだと⁉」


 頼むから黙っていてほしい。


「けど、Fカップにもなると、かわいいブラが減るんやな」

「そうなんですね」『そうなんだ』


 桜井さんと被ってしまった。


「この中から、気に入ったのある?」


 ふたりでスマホを見ていた。おそらく、桜井さんのサイズに合う商品が表示されているのだろう。


「うーん、ピンクのか、白いのですね」

「はるるん、清楚だし白は鉄板。でも、ピンクのフリルもかわええし。あちし的には黒レースにもチャレンジしてほしい」


 数分間、ふたりでうなっていた。


「あの、なにかお困りですか?」


 若い女性店員が声をかけてきた。朝日がスマホを店員に見せる。


「あちし、ママの名に賭けて、彼女にかわいい下着を選びたいんや」

「でしたら、実物を持ってくるので、気軽に試着してくださいね」


 店員さんはニッコリとして。


「はゎぁ、いい百合してますなぁ」


 小声でつぶやく。

 1分ほどして、店員が戻ってくる。下着を持っていたので、すぐに天井を見つめた。


「では、ごゆっくり」


 店員が去っていく。


「実物を見たら、どれもええのう」

「黒は大胆ですが、朝日さんのご期待に添えるようがんばってみます」

「……ところで、みっちゃんはどれが好き?」

『ぶはぁぁっ』


 朝日め、余計なことを。


「今日は間に合いませんが、一道さんの好みをスマホのメモアプリに残しておいてくださいね。次の機会に買いますから」


 桜井さんも真に受けなくていい。


「とりま、ピンクから試着しちゃいなよ」


 桜井さんが試着室に入っていく。

 一連の過程を経て、具体的なイメージが湧いてしまったせいだろう。いつになく、心がかき乱される。


「朝日さん、どうですか?」


 桜井さんがカーテンを開ける。


「おぉぉっ。谷間がエロかわっ。ピンクだと攻めも守りもバランスが取れておる」


(朝日、解説しないでくれ)


 さっきから目が泳ぎかけるのを無理やり止めているんだから。

 結局、残りの2着を試すのにも付き合わされて、僕の精神力はギリギリだった。


「じゃあ、あたし、着替えますね」


 試着も終わり。最後の踏ん張りどころ。もう少しで脱出できる。

 衣擦れの音に耐え、天井とにらめっこしていたら、体がムズムズして。


『えっ、こんなところで』

「あっ、すぐに着替えますね。一道さん、後はお願いします」


 その数秒後。僕は試着室の中に立っていた。男子の制服で、女性用の下着を手にして。

 固まっていると。


「はるるん、あちしにはこんなのどうかな?」


 カーテンの開く音がして、朝日がいた。紫の紐を持って。

 その直後。


「あら、銀髪爆乳美少女ちゃんは?」


 さっきの店員が朝日の後ろに立っていた。僕を睨んで。


「えーと、その、なんというか」


 僕がもごもごしていると。


「はるるんは急用で帰った。だから、彼の下着を選んでおった」


 朝日の気持ちはありがたいが、無理がある。


「本当ですか?」

「うん。ってか、LGBTQに配慮してくれるよな?」

「……他のお客さまに迷惑かけないようにしてくださいね」


 店員が去っていった。

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