第32話 贈り物
その日の夜。
すでに朝日とは別れ、自室にひとりきり。いや、ふたりきり。
今日は朝日を媒介にして、擬似的に小陽さんと遊んだ。
朝日の協力もあって、楽しめた。小陽さんの反応を見ていても、満足してくれているようだった。
しかし。
朝日には悪いが、どこまでいっても偽物だ。
「小陽さん、聞いてくれるかな」
ここから先は僕自身の声で、直接、小陽さんに言葉を届けないといけない。
そうでないと、本物になれないから。
覚悟を決めたのは、ふたりが温泉に入っているときだった。
小陽さんが胸のうちを吐露したときに、自分の無力さをあらためて実感して。
不完全でもいいから、僕の気持ちをぶつけようと思った。
昨日、買ったものを手に取る。
事前の計画では朝日を小陽さんに見立てて渡すつもりだったのだが。
それでは意味がないと気づいた。
あらためて、やり直そう。
小陽さんへのプレゼントを持って、窓の近くへ行く。
窓を開ける。
夏が近づいていても、夜の空気はひんやりとしていた。
ベランダの先に朝日の部屋。電気がついていなくて、真っ暗だ。
まだ21時をすぎたばかり。寝るには早すぎる時間。温泉で、彼女は入浴も済ませた。リビングで、家族団らんでもしているのだろう。
「小陽さん、外がきれいだね」
僕の家はランドマーク的な電波塔から徒歩20分ぐらいの距離にある。
紫にライティングされた塔が、はっきりと見える。
小陽さんの性格から察して、『うわ~素敵です』と言っているにちがいない。
「小陽さん、喜んでくれてありがとう」
小陽さんを妄想し、会話をしてみた。
知らない人が見たら、イマジナリーフレンドを相手にしていると勘違いするだろう。
そういう事情もあって、デートスポット的な公園ではなく自宅を選んだ。カップルがいちゃつくなか、ひとりでカップルごっこなんてしようものなら、軽く死ねる。
朝日だったら芸人の修行とか理由をつけて、やりそうだが。
そのとき、斜め下からくしゃみの音がした。噂をしたから?
「小陽さんも話さない?」
返事をするぐらいの間をとってから。
「小陽さんに渡したいものがあるんだ」
手のひらに紙袋を乗せる。
それから、丁寧に包装をほどいていく。僕は手鏡をつかむと、手のひらに置いた。
「昨日の夕方、僕、朝日と買い物に行ったでしょ」
『雑貨屋さんでしたよね』
「あのお店、いろんなジャンルの商品を扱ってるからね。化粧品や、電気製品まであるし」
『お店を回って、面白かったです』
「あのとき、じっと貝殻モチーフの鏡を見てたよね?」
『えっ、どうしてわかったんですか?』
完全な当てずっぽうだ。
普段の僕だったら、絶対に言わない。強引な人だと思われたくないし。
けれど、彼女と一緒に遊んだ雰囲気を出したくて、掟を破ってみた。朝日が代役をしたのと同じようなものだ。
「小陽さんに似合うかなって思ったんだ」
『ピンクの貝がかわいいです』
「小陽さんにプレゼントしたかったんだけど、僕が買ったらバレるでしょ?」
『あたしたちずっと一緒ですものね』
本人のいないところでプレゼントを買う作戦は、僕たちには物理的に不可能だ。
「途中から朝日と別行動をしたよね」
『ええ』
「そのとき、朝日にLIMEを送って、鏡を買ってもらったんだ」
僕から数メートル以上離れられないなら、それを利用すればいい。鏡のあった場所から遠い場所に移動し、小陽さんに見られないように工夫した。
「小陽さん、いつもありがとう。受け取ってほしい」
貝殻の部分を開く。内側が鏡になっていて、僕の顔と室内が映っていた。
「寂しくなったとき、鏡を見るとか、どうかな?」
『鏡ですか?』
「うん。鏡には小陽さんの姿が映るでしょ」
『ええ』
「そうしたら、少しは自分の存在を実感できるかな……って、作戦なんだけど」
『……』
「僕、変なこと言っちゃった」
『いえ、うれしくて、言葉が出ませんでした』
ただでさえ、小陽さんはノーを言わないうえに、妄想の小陽さんはなんでも受け入れてくれた。
僕に都合がよすぎて、卑怯な気がしてくる。僕のセリフに不満があるようだったら、メモに書いてもらおう。
「最後に、ひとことだけいいかな」
数秒だけ待って。
「僕、小陽さんとずっと一緒にいたいと思ってるよ。僕に悩みがあって、小陽さんが生まれたとするね」
『……』
「そして、小陽さんのおかげで僕の問題が解消したとしても」
――消えてほしくなんかない。
しみじみと願いを込めて、つぶやく。
「僕の願いは、それだけじゃないんだ」
『えっ?』
「いつか小陽さんに会いたいと思ってる」
そもそも、二重人格の可能性があるだけで、診断が確定したわけではない。
僕たちの変身というか、入れ替わりの秘密が明らかになって。
直接会える希望があるのなら。
すがりたかった。
そのとき、ちょうど流れ星が落ちてきて。
僕は祈った。
小陽さんに会えますように、と。
ゼロ距離にいながら、流れ星よりも遠い彼女と話せますように、と。
「そろそろ、部屋に戻るか」
そのあと、VRで剣のトレーニングをした。
1時間ほどして、寝る準備をしようかという頃。入れ替わりの徴候を感じた。
「小陽さん、お休み」
それだけ言って、僕は透明人間になった。
肉体を得た小陽さんは、まっさきに机に向かう。貝殻の鏡を手に取ると。
「うわぁ~かわいいです。お店で見て、ほしかったんですよ」
直感が当たっていて、胸をなで下ろした。
「一道さん、気を遣っていただいて、本当にありがとうございます」
小陽さんも僕との会話を試みているようだった。
「一道さん、謙遜してらっしゃいますけど、本当にお優しいんですからね。女の子的にはポイント高いんですよ」
『いや、僕なんて地味だし』
「そんなことありません。たしかに、映えるところで男子を評価する女子もいます。でも、見てる人は見てるんです。一道さんのすばらしさに気づいてる人もいますからね」
『僕、すばらしくないけど』
「あっ。あたしも全力で一道さんのすべてを見てますからね」
小陽さんとは風呂もトイレも一緒だと思うと、恥ずかしくなる。お互いプライバシーに配慮しているが、限界もあるし。
「それにしても、一道さんの作戦大成功ですね」
『へっ?』
「鏡を見ていると、自分の存在を実感できますから」
素人の思いつきを理解してくれて、少しだけ安心した。
いま、透明人間だからわかる。この状態だと、自分が生きている感じがしないんだ。
「あたしも一道さんとお話したいです。今度はふたりとも本物同士で遊びましょうね」
『ああ。約束しよう』
いつになるかわからない。
けれど、絶対に叶えてみせる。
「じゃあ、あたし、そろそろ寝ます。おやすみなさい」
小陽さんは僕のベッドにもぐっていく。
普段、自分が寝ている場所で女の子が横になっていると思うと、変な気分だ。
小陽さんの寝顔を見ながら、僕の意識も遠のいていった。
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