第6章 出会い

第33話 診察

 金曜日の夕方。数日前に梅雨入りしていて、部活からの帰り道は小雨が降っていた。

 帰宅後。夕食をどうしようか考えていたら、入れ替わった。


「一道さん、肉じゃがを作っておきますから、後で召し上がってくださいね」


 明日にでもいただこう。


 エプロン姿で器用に調理を進める小陽さん。彼女の手料理はおいしいし、心もポカポカする。料理をする様子を見ているだけで、癒やされる。


 小陽さんは味見程度に肉じゃがを食べると、残りをプラスチック容器に詰めた。


「及第点でほっとしました。一道さんに喜んでもらえたら、うれしいです」

『うれしいです!』


 けなげな微笑みを拝ませてもらった。食べるまでもなく、大満足だ。


「あっ、そろそろ約束の時間ですね。今日はあたしもいますし、今度こそやってみせます」


 小陽さんは僕の部屋に引き上げる。


『これから、ひぃふうみぃトリオとVRで遊ぶんだっけ。今日こそ、一緒に遊べるといいな』


 小陽さんは週1ぐらいの頻度で、ひぃふうみぃトリオにVRで遊ばないか誘われている。 

 しかし、そのたびに、頭痛がして、一度もログインできていない。


 僕の都合がつくときは僕が代役を務めていた。最初はたどたどしかったネカマもだいぶ板についてきた。

 VRヘッドセットを手にした小陽さんは、苦しそうに顔をゆがめる。


「うぅ~やっぱり、頭が痛いです」

『小陽さん、無理しないで』


 声が届かなくても、いたわりたかった。


「なんで、あたしはVRができないのでしょうか?」


 小陽さんはVRヘッドセットを壁にかける。機材から離れたのが理由なのか、少しは顔色が回復していた。


「もしかして、あたしVRアレルギーなのですかね」


 聞くところによると、VRヘッドセットの素材が合わなくて、アレルギー反応が出る人もいるらしい。

 小陽さんの場合は皮膚に触れる以前に頭痛になる。アレルギーではないだろう。

 やる前の話なので、VR酔いも関係ない。

 

「あたしの記憶喪失と関係するのでしょうか」


 じつは、僕も気になっていた。明日、医者に行くので先生に聞いてみよう。


「みなさんに連絡しておきませんと」


 小陽さんは僕のスマホを手に取る。ユーザーを切り替えて、彼女のアカウントでログインする。

 プライバシーの問題もあるので、スマホから目をそむけた。


 それから、しばらくして、再び入れ替わる。


 寝る前の予定をひととおり済ませた後、僕はVRヘッドセットを被る。

 やっぱり、僕にはなんの異変もない。小陽さんと僕は体を共有している。小陽さんがヘッドセットに触れて頭痛になるのに、僕は正常だ。

 アレルギーの線が低くなった? 素人意見だが。


『アンコンシャス・リンク』の世界にダイブし、剣の特訓を小一時間ほどして眠りについた。



 翌日。メンタルクリニックにて。

 眠りを誘うようなヒーリングミュージックをBGMに僕は先生と話していた。


「VRヘッドセットを触るたびに頭痛がするって話だけど、どのくらい試したのかねぇ?」

「うーん、軽く10回以上はしてます」

「偶然と片づけるには違和感があるねぇ」


 女医は豊かな双丘の下で腕を組む。


「小陽ちゃん、記憶喪失だと言っているし、なにかを思い出す徴候かもしれないねぇ」


 小陽さんと僕の推測が当たっていたことに安堵していたら。


「けど、小陽ちゃんの場合は二重人格が疑われるからねぇ。以前の記憶がなくても、変な話じゃない」


 先生は深くため息を吐く。


「一般的な記憶喪失と同じように考えられるのかなぁ」


 そうそう簡単な話ではないようだ。先生に不満はないが、がっかりした。


「君たちには変身の問題もあるからねぇ。正直、現在の医学や心理学では説明がつかなくてねぇ」


 変身の問題。ファンタジーやSFの世界の話で。僕らは振り回されている。


「それで、ちょっと相談があるんだけど」

「なんですか?」

「アメリカの大学病院で、二重人格のクライエントを治療した先生が帰国したんだよねぇ。じつは、大学時代の先輩でさ、ものすごい優秀な医者なの」

「へぇ」

「その先生を紹介しようかな?」

「お願いします」


 僕は頭を下げていた。


「僕は小陽さんと共存したいと思ってます。いつか、彼女と直接会話できるようになればいいです」

「小陽ちゃん、かわいいし、良い子だし、胸も大きいもんねぇ」


 字面だけ見ると、からかう感じだが、不快感はまったくない。

 メンタルクリニックで、多くの患者を見ているだけあって、地雷を踏まない言い方を身に着けているのだろう。


「夢物語なんですけど」

「そんなことないよ。自分が感じた気持ちを、そのまま受け止めてあげて。君の夢が叶うといいねぇ」


 大人の余裕に満ちた笑みは、母性的で心が軽くなる。


「理想も大切ですけど、今は少しでも小陽さんのことを知りたいと思ってます」


 僕は小陽さんのことを知らなすぎる。なにせ、本人もわかっていないんだから。


「なので、紹介いただけると助かります」

「じゃあ、紹介状を書くから、帰りに受付でもらってねぇ」


 診察室を出る。

 紹介状を受け取り、外へ。雲の隙間から陽ざしが漏れていた。

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