第34話 大学病院にて

 次の週の土曜日。

 6月も中旬に入り、梅雨前線が活発に活動している。


 今日も小雨がちらつくなか、僕は紹介された病院へと向かっていた。

 最寄り駅はメンタルクリニックと同じだが、少し距離がある。


 やたらと蒸し暑く、坂を歩いていると、汗ばんできた。

 湿気が不快だ。剣道をしているときはマシだけど。


 大学病院に着く。高校の2倍以上はある建物だった。

 大病院に入るのは初めてで、雰囲気に圧倒される。

 おまけに、先生に診てもらうのが怖くもあり。


(しっかりしろ!)


 怯む太ももをパンパンと叩く。


 少しでも、小陽さんに近づける可能性があるんだったら。

 先に進まないと。


 僕たちは、ゼロ距離にいながらも、触れ合えない。

 しかし、手を伸ばせば、いつか届くかもしれなくて。

 未知への恐怖に負けて、後悔したくない。


 受付で紹介状を渡し、4階に行くよう指示される。

 4階の一角にメンタルクリニックがあった。そこで、あらためて紹介状を出し、待たされる。


 朝日に借りたコメディ系のラノベを読み始めるも、まったく内容が入ってこない。

 本を閉じ、黙って目を閉じる。

 30分ほどした頃だろうか。


「346番の患者さん」


 僕の番だった。看護師さんに案内され、僕はさまざまな検査を受ける。

 検査に疲れた頃。


「つぎは、先生の診察です。あともうちょっとですよ」


 看護師さんに案内され、診察室に通された。

 アイドルばりにキラキラしている白衣の女性が、PCの画面とにらめっこしていた。

 僕が椅子に座ると、白衣の女性が僕の方を向く。


「大学時代の後輩がお世話になってるみたいねっ☆」


 陽のオーラだった。


 先生に僕たちのことを話す。


 アメリカ帰りで、二重人格の経験がある医者。ものすごく親身になってくれて、話がわかりやすくて、頼りがいのある先生だった。

 小陽さんとやり取りしているメモや、入れ替わる瞬間の動画まで見せた。


 その結果――。


「人格が入れ替わるたびに体格が変化する、しかも、性別まで変わるなんて、医学的にはありえないっ☆」

「……」

「けれど、副人格の小陽さんが、あなたの欲求を満たそうとしている可能性も高いのよねっ☆」


 有名な先生も主治医と同じ結論だった。

 うすうす予感はあったが、いざ手がかりなしは地味にきつい。


「役に立てなくて、申し訳ないわねっ」

「ありがとうございました」


 どうにか先生にお礼を言って、診察室を出ようとする。

 ドアノブに手を触れた瞬間。


「あっ!」

「どうしたの?」


 先生に呼び止められる。


「これから小陽さんになります」


 小陽さんは僕と入れ替わるや。


「桜井小陽と申します。今回は、あたしたちのためにありがとうございます」

「……うーん、本当に女子になるのねっ。確かめていいかしら」

「はっ、はい」


 先生は小陽さんの肉体を検査した。クラゲな僕は目をそらす。


「残念ながら、現時点ではどうにもならないわねっ」

「あの、あたし……消えませんよね?」

「申し訳ないけれど、現象が未知である以上、判断はできないのよっ」

「そ、そうですか」


 小陽さんが心配だった。とはいえ、医者の発言ももっともで怒れない。


「診察結果を元のクリニックに渡すから、受付でもらっておいてね」

「ありがとうございました」


 小陽さんは診察室を出る。メンタルクリニックの受付で、10分ほど待たされてから、診察結果を渡された。


 小陽さんは重い足取りで、エレベータへと向かう。

 エレベータが4階に到着する。開いたドアには数人の看護師とパジャマ姿の老人が乗っていた。エレベータ内のスペースには半分ほど余裕がある。


「失礼します」


 そう言って、小陽さんがエレベータへ乗り込んだ。

 クラゲ状態で、小陽さんを後ろから眺めていた僕は――。


 小陽さんから視線を外さず、青ざめている人に気づいた。看護師のひとりだ。40台ぐらいの恰幅の良い女性だった。


「師長、どうしたんですか?」


 隣にいた別の看護師が声をかける。こちらは若い人だ。


「…………ウソでしょ」

「ウソといいますと?」

「……美春みはるちゃんが目を覚ましたなんて情報、聞いてないわ」

「えっ?」


 師長の隣にいた看護師が小陽さんの顔を見て、目をひんむく。


「ウソ。今朝も美春ちゃん、ピクリとも動かなかったのに」

「私は先生のところに行く。あんたは美春ちゃんを病室につれていって」


 師長は次の階で慌ててエレベータを降りた。

 若い看護師が小陽さんの袖を持って言う。


美春みはるちゃん、1年半も意識不明だったんだから、すぐに動いちゃダメよ」


 看護師の発言に、僕と小陽さんは呆けていた。

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