第1章 もうひとりの僕

第2話 不器用な僕が入れ替わりマジック⁉

「あたしは誰? ここはどこ?」


 謎の少女が自分の鼻を指さして言うと。


「記憶喪失のテンプレ決めやがって、ばっきゃろー!」


 我が幼なじみは逆ギレする。


「かわいいし、おっぱいデカいから許してしんぜよう」


 なぜ上から目線なのだろうか。


「つか、みっちゃん、陰キャなフリして、入れ替わりを使うとは……」


 さっきまで僕のいた場所に、見知らぬ美少女がいるのだから、朝日が驚くのも無理はないが。


 マジックなんて高等テクニック、僕にできるわけがない。それだけの器用さがあれば、陰キャボッチに甘んじていない。

 僕が不器用なのを知っていてマジック説を言い出すとは。


「あちしが10年間、一芸を身に着けろって言ってきたもんな。やっと理解してくれて、ばあちゃん、思い残すことないよ」

『……』

「これで、みっちゃんをパパとママ主催の宴会に呼べるよ。プロも普通に来るけど、盛り上げてくれな」


 彼女の父は祭り用品店で働いていて、母は芸人をやっている。娘と同じく騒ぐのが大好きな人たちだ。

 宴会も頻繁に開いていて、プロのお笑い芸人も参加するという。


『誰がやるかっての⁉』


 朝日に反論するも。


「みっちゃん、どこかにいるんだろ?」

『だから、ここにいるって』

「おーい、みっちゃん。あちしの反応を見て、ほくそ笑んでんじゃないって」

『朝日、ボケてんじゃねえ』

「まあ、いいや。みっちゃんがいない間に、彼女のおっぱいを揉んじゃおう!」


 もし、僕の声が聞こえていて無視しているのなら、少しは顔に出ているはず。

 なのに、朝日の視線は少女の胸元に釘付けである。

 

 本当に声が届かないらしい。僕はすぐ近くにいるのに。


「ホンマにかわええなぁ」


 完全におじさんと化していた。


「みっちゃん、カメラで覗いてんだったら、彼女の美しさを眺めてみろし」


 朝日が僕に呼びかけてくる。


 クラゲのように宙を漂う僕。彼女と同じ方を向いたまま歩けないし、振り向くのもできなかった。


 FPSのように、僕と彼女の視点が重なっている。

 僕のアングルからわかる事実。それは髪が銀色なのと、足元が見えないほど胸が大きいってことだけ。


(どれだけの美少女なんだろう?)


 陰キャとはいえ、僕も男子高校生。かわいい子の姿を拝んでみたい。迷惑にならない程度には。


 と思っていたら――。

 空中をふわふわと移動し、向きが変わった。


(なんだ、これ?)


 僕のベッドに腰を下ろす少女を前から確認できた。


 透き通る白銀の髪は長くて、背中のまんなか付近まで伸びている。整った顔立ちは穏やかで、柔和そう。琥珀色の瞳も純情の塊だ。

 朝日が絶賛するのもよくわかる。


(まあ、朝日も負けないほどかわいいんだけどな)


 調子に乗るので、本人の前では絶対に言わない。


 そんなことより、謎の現象を解明しないと。


 朝日に呼びかけても反応はなし。


(じゃあ、こっちは?)


 運良くスマホに手が届く。というか、手は動かせるらしい。

 スマホをつかもうとする。が、僕の手はスマホを素通りする。


(物は触れないか……?)


 物に触ろうとしても素通りしてしまう。


(じゃあ、朝日はどうだ?)


 朝日の手を握ろうとしてみた。が、やはり触れない。

 物だけでなく、人もダメだった。


 まるで、透明人間だ。フワフワしているのがクラゲっぽいが。

 つまり、僕はリアルと切り離されている。

 

「つうか、みっちゃん。マジックなんだったら、そろそろ来なっての。放置プレイはNGじゃぞ。あちしは寛大だからいいけどさ」

『だから、ここにいるって』

「まあいいや。それなら、それで、あちしもかわい子ちゃんのおっぱい揉み放題やし」

『朝日、さっきからおじさんがすぎる』


 謎の少女はなにも言わない。体を隠す素振りもない。

 ただ、苦笑いを浮かべている。


(完全なセクハラなのに⁉)


 幼なじみを止めたい。

 とはいえ、今の僕は幽体離脱状態。手が出せない。


「みっちゃんがマジック用に呼んだ子なら、あとでお金を払えばいいっしょ」


 朝日はゲスな顔をして、最低なことを言っている。

 だんだんと幼なじみの手が少女に向かっていく。


『やめるんだ』


 僕は朝日を羽交い締めにしようとするも、意味なし。


「いただきまーす」


 幼なじみの指先が、お椀型の双丘に触れる――そのときだった。


 僕の視界がグラグラと揺れて、暗転。

 つぎに、見た光景はドアップの朝日の顔だった。

 続けて、僕の胸がくすぐったくて。


「んっ」


 変な声が漏れてしまった。


「あれれ?」


 朝日の吐息が首筋を撫でる。


「なんで、あちしはみっちゃんのパイオツを揉んでるのかな?」

「……こっちが聞きたい」

「わかった。美少女ちゃんのおっぱいを守ろうとして、マジックで入れ替わったんでしょ?」


 朝日はキョロキョロしている。


「カメラはどこだ?」


 本気でマジックだと信じているようだ。


「それとも、ベッドの下に隠れていた?」


 朝日は四つん這いになり、ベッド下を覗き込む。

 スカートなのにまったく気にしないから困る。いや、僕が男だと思われていない。


「けど、ベッドの下には、今日、あちしがエロ本を仕込んでおいたのに」

「えっ?」

「幼なじみモノのエロ本を100冊、ベッド下に置いてあげたんだよ。だから、隠れるスペースなんてないはず」

「いつのまに……」


 絶句する僕に向かって。


「ねえねえ、どうやって入れ替わったのさ? 彼女はどこにいんの?」


 質問攻めにしてくる。おまけに、僕の胸にのの字を書くものだから、くすぐったい。


「ちょっと朝日さん、落ち着きましょうか?」

「やだ。マジックのタネを知るまでは離さないから」

「……とっておきのマジックなんだし、タネは明かせないかな」


 マジックに食いついているので、乗っかることにした。

 意味不明な謎の現象だと思われたら、厄介なことになりそうだし。


「けど、あちしの目の前で爆乳が引っ込んで、絶壁になったんだよねぇ。瞬間移動ってより、形状変化ってな感じ。超能力としか思えんし、マジですごすぎ」


 朝日はかなり興奮している。


「朝日さん、悪いけど、僕なんだよ。不器用すぎる僕にできると思う?」

「そうなんだよねぇ。みっちゃん、小3まで菓子の袋も開けられなかったもんなぁ」


 完全にミスった。朝日は首をかしげている。誤解させておいた方がよかったのに。


「悪魔と契約して、凄腕のマジシャンになったとか?」


 朝日がバカで助かった。


「で、マジックのタネは?」

「……知りません」

「白状するまで、ここを動かんから」


 結局、朝日は僕の家に泊まるのだった。

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