ゼロ距離の彼女が、どこまでも遠い
白銀アクア
プロローグ キス未遂から始まる物語
第1話 幼なじみなんだし、キスしよっか
VRから覚めると、僕は自分が女性に変わってしまったことに気づいた。
(なにが起きた?)
手がかりを得ようとした僕は、ここ30分の出来事を振り返ってみる。
○
「ねえ、キスしよっか?」
突然、幼なじみが言い出した。
「朝日、なに寝ぼけてるんだ?」
「ぷぅ~みっちゃんのイケず~」
「朝日、僕たちはただの幼なじみ。恋人じゃないぞ」
「わかってるよん」
幼なじみの
僕の部屋にふたりっきり。しかも、彼女の呼吸音が聞こえるほどの距離。はつらつとしたオレンジの香りが鼻腔をくすぐる。
「高校生の男女が密室にいるんだよ。キスしたいのに理由はいらない」
「いやいや、恋人じゃないんだし――」
「フレンドでもエッチはするよね?」
「それ、別のフレンドだから!」
僕、
そろそろ、朝日も飽きるはず。適当にやりすごそう。
と思っていたら。
「ちょっとは元気が出てきたじゃん」
部活のことで実は悩んでいた。顔には出さないようにしていたが、朝日には勘づかれていたらしい。
「あちしお姉ちゃんはお見通しなんだよっ」
「……鈍感な僕とはちがって、ご慧眼恐れ入ります」
「バカ道、難しい言葉を使うなっての」
「朝日、もう一回、入試受けた方がいいんじゃ……」
「入試の地獄から解放されたばかりなのに、みっちゃんのドSめっ!」
朝日は机の上にあったVRヘッドセットを投げてくる。
「ちょっ」
無事にキャッチできたので、助かった。落として壊しでもしたら、泣いていただろう。
「朝日、気をつけて」
「あっ!」
朝日は叫ぶと、部屋の窓を開ける。そのまま、バルコニーへ出た。手すりに手をついて、身をかがめ。
「あちしの必殺技、カエル・ジャンプ!」
空に向かって跳びはねた。それこそ、カエルのように。
「朝日、2階なんだぞ」
スカートがなびく。太ももの上、ピンクの布がちらついていた。
50センチ先にあるバルコニーに着地するのを冷静に見届ける。そこは、朝日の部屋だ。
(あいかわらず、騒がしい奴だなぁ)
僕はVRヘッドセットを持ったままだった。
(特訓しないとな)
僕は鈍才だ。昨日、剣道部の体験入部に行き、他の1年生と実力差を実感させられている。それで、悩んでいた。
ここで行動しなかったら、周りに置いていかれるだけ。
朝日のおかげで、吹っ切れた。
ベッドに寝っ転がり、VRヘッドセットの電源をオンにする。
フルダイブ技術が実用化されて、約2年が経つ。リアルと同じように体を動かせるし、五感もほぼ再現されている。ゲーム内で食事もできるし、いちゃつくカップルもいる。
僕としては剣道の練習ができるのが地味にうれしい。リアルだと防具をつけるのが面倒くさかったりするが、VRだと一瞬で装備するし。
「みっちゃん、お待たせ~」
頭がVRモードになっていたところで、邪魔が入った。朝日が戻ってきたのだ。
「べつに、待ってないし」
「あちし、気づいたのさ」
「話を聞いてない⁉」
「VRの中なら、キスしても問題ないってことに」
キスの話は終わってなかったようだ。
熱弁を振るう幼なじみは、小動物っぽい。
朝日はバカだが、学校では人気がある。性格はさっぱりして明るいし、華やかな金髪は目を惹く。胸も大きめで、ときどき男子が目で追っている。
入学して10日ちょっとの高校で、既に友だちを多く作っていた。0人の僕とは真逆だ。
「VRでも問題はあるだろ」
食事の味も再現される世界だ。おそらく、キスもリアル同等に感じられるだろう。
「んなこと言って、無意識ではあちしを求めてるのに」
「んなわけない」
「ウソ吐かなくていいよ。あちしのこと好きすぎなのに」
「はいはい」
適当にあしらうに限る。
「じゃあ、僕は先に行くから」
「イクぅ、あちしもすぐにイクっ」
ヘッドセットを被り、VRの世界にダイブした。
一瞬、無重力になったように体から力が抜ける。
1秒も経たずに、目の前が明るくなった。
視界に映ったのは、ベッドしかない素朴な部屋だった。ゲーム世界に僕は来ていた。
ステータスウインドウを開くために、右手を肩の高さにあげる。
(剣道の防具に装備を変更しないとな)
面をつけていると、視界を遮られるし、顔も圧迫される。VRなのに現実世界と同様の感覚だ。
だから、街中では動きやすい服ですごしている。
和洋折衷的な世界観なので、和風な剣道的装備でも違和感なくて助かる。
ステータスウインドウを開いたところで。
「みっちゃん、お待たせ」
朝日が追いかけてきた。
「朝日、本当に来たんだな」
「うん、リアルでは、みっちゃんに覆い被さってるよ」
「……急に体が重くなってきた」
「おっぱいがお腹に当たってるんだよ。本当はうれしいのに」
「バ、バカ」
朝日は僕に恋愛感情はないし、悪ふざけだろう。
「というわけで、キスをいただいちゃいます」
僕の動きが止まっている間に、朝日が仕掛けてきた。
気づいたら、抱きしめられていて。
斜め下から顔が近づいている。
(避けられないっ!)
朝日のアバターはリアルの彼女と雰囲気が似ていて、かなりの美少女だ。
吐息も、香りも完璧に再現していて。
ドキリとした僕は思わず目を閉じようとする。
ドッキリだとしても、体がつい反応してしまった。
視界が暗くなる直前だった。
僕はひとりの少女の姿を捉えた。白銀の髪の少女は微笑を浮かべて、僕を見つめている。
笑顔なのに、寂しく感じられた。
ひどく気になったものの、僕は目を閉じてしまった。
しばらく待てば、『ドッキリでしたぁ!』と言ってくるはず。
しかし、何秒待っても、彼女は行動を起こさなかった。
「……ちょっ、誰?」
朝日の声がして、目を開く。
彼女は固まっていた。
「あちし、みっちゃんとキスしようとしてたんだけど、知らない美少女とキスするところだったよ。てへっ」
(朝日はなにを言ってるんだ?)
朝日は頭をかく。
『おい、朝日、僕はここにいるぞ』
「ところで、
僕の声が聞こえていないのか、無視しているのか。
そういえば、さっきから体の重さも感じられない。
首をひねる間もなく、視界が暗転し。
次に明るくなったときには、目の前に朝日の顔があった。
彼女の背後は見慣れた天井だった。僕の部屋である。
どうやら、システム的な異常で、VRから切断されたらしい。不幸な事故をきっかけに、安全装置の機能が強化されている。
(本当に僕に覆い被さってたのかよ)
ため息がこぼれたとき、違和感を覚えた。
(朝日、僕に乗ってるんだよな?)
体重も、感触もゼロだった。いくら朝日が小柄とはいえ、まったく重みを感じないなんてありえない。
(どうも変だ)
まず、横を向いてから、首を下に向ける。
朝日が乗っていたのは――。
銀色の髪がシーツを流れていて。体には凹凸があって。
どう見ても、女の子だった。
(僕、女の子に変身した?)
固まっていたら。
「あれ? 君、リアルにもいたの?」
朝日の声がした。彼女も戻ってきたらしい。
(朝日、なんか変だろ?)
僕は朝日に呼びかけるが、朝日は返事をせずにベッドから起き上がる。
「なんだか知らんけど、君、かわいいし、おっぱい大きいね。ふたりきりだなんて、実質、エッチしていいって理解した」
幼なじみの少女はおじさん化していた。
(いや、ふたりきり?)
ということは、僕は部屋にはいないわけで。
そのとき。
「ううーん、あたしは誰? ここはどこ?」
僕の口元あたりで、見知らぬ女性の声がした。
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