第7話 これから

「で、はるるんの裸、どうだった?」


 入浴後。リビングでアイスティを飲む僕に向かって、朝日がとんでもないことを聞いてくる。

 思い出しただけで体が火照ってきた。基本は目をそむけていたけれど、一瞬だけ見てしまった。

 

「答えないなら、あちしの裸を見たことを、パパにチクろうかな?」

「勘弁してください」


 朝日パパとは友好的な関係を築いているつもりだが。


(パパは娘を溺愛してるんだよなぁ)


 中学時代、朝日にちょっかいを出そうとした男子を藁人形で呪った人だ。祭りのプロだけあって、本格的。ガチで怖かった記憶がある。


「で、美爆乳を拝んだ感想は?」

「……きれいでした」

「素直でよろし」


 朝日が僕の髪を撫でてきた。

 他の女子なら怒りそうなのに、朝日は逆に優しい態度を取る。

 朝日はバカだけど、心理的安全性が高い。


「彼女について、どう思った?」


 質問の意味を考える。

 最初とちがって、ふざけている様子はない。裸体の感想を聞いているわけではなさそうだ。


「桜井さん、良い人だし、僕にないものを持ってる」

「それな」

「僕、無意識で自分を強く否定してて、桜井さんを生み出したのかな」


 朝日は首を何度も振って、相づちを打つ。

 それから、コーラをぐいっと飲む。豪快なげっぷをする。


「つまり、爆乳美少女になりたい願望があって、彼女なら自分を救ってくれると?」

「爆乳美少女うんぬんはさておき、桜井さん、愛想がいいしね。僕とちがって」

「みっちゃん、辛気くさいもんな」

「うぐっ」

「安心したまえ。あちしは陰キャでも気にしないから」


 朝日は友だちが多い。ギャルもウェーイ系も、優等生も陰キャも同じよう接している。そんなところが、人気の理由だろう。


「将来、結婚できなくても、一生、あちしが――」

「……」

「笑わしてやるから」


 そう言うと思っていた。

 朝日にとって、僕は観客にすぎない。


「僕の将来はさておき」


 未来よりも今が問題だ。


「桜井さんになる原因もわかんないし、防ぎようもない」


 声に出してみたら、現実を受け入れやすくなった。


「いったんは、彼女の存在を受け入れようと思うんだ」

「そだね。美少女になるなんて、最高やろ」

「最高なの……かな?」


 思わず苦笑した。


(最高かどうか決めるのは僕なんだけど……)


 僕がウジウジする性格なのを知っていて、あえて軽く言っている。だから、不満はない。


「僕に女装の趣味はないんですけど」

「みっちゃん、返しがつまらんすぎる」


 コントをしているわけではないし、気にしない。


「長期的にはなんとかしたいと思ってるんだけどさ」

「なんとかって?」


 そう聞かれて、答えに詰まってしまった。


 謎の現象が解決し、桜井さんに変身しないのがベスト。

 そのはずだったのに。

 間近で、桜井さんの人柄に接してみて。


「急に女子になるのは困るよ」

「あちし的には面白くて助かるぞ」


 無視しよう。


「かといって、桜井さんにも消えてほしくないんだよなぁ」

「惚れた?」

「……話したこともないんだぞ」

「全世界の一目惚れ派に喧嘩売ってんの?」

「他人が一目惚れをするのに文句をつけてないし」


 朝日さん、SNSでときどき見かける難癖の付け方をする。


「そもそも、桜井さんは僕の別人格なんだし、自分に恋することになっちゃうよ」

「陰キャな僕が好きになったのは、美少女なカノジョってか?」

「……」

「ナルシスト乙」

「勝手にナルシストにしないでよ」


 むしろ、自分が嫌いだ。


「というわけで、桜井さんと生活するにあたり、どうしよう?」

「ふむふむ。授業中に変身したらウケる」

「そこが悩みなんですっ!」


 運良く週末だったからいいものの、明日は月曜日。学校に行かないといけない。

 ならば、なんとかするしかなくて。


「せめて、変身の条件がわかればなぁ」

「それなんだけどさ」

「なにか気になることでも?」

「あちしがいるとき以外で、変身したことある?」

「いや、ないかな」

「なら、あちしがきっかけの可能性もあるぞよ」

「あー、たしかに」


 納得していたら。


「そこは、『朝日がかわいすぎるのが理由だ』とか言ってほしかった」

「言わないし」

「なら、せめて、『朝日の存在がストレスなんだよ』みたいないじりをするとか」

「会話のセンスがなくて、ごめん」

「んなことより、今週を乗り切れば、来週はゴールデンウィークだぞ」


 朝日は鼻歌を歌い始めた。おそらく、連休が待ち遠しいのだろう。


「朝日は気楽だよね」

「だって、悩んでも解決しない問題じゃん。なら、楽しく生きようぜ」

「でも」

「『デモ』も『ストライキ』もないよ。みっちゃんはウジウジしすぎだっての」

「うっ」


 朝日の指摘がもっともだった。


「いつ、はるるんになってもいいように、パンツはポケットに入れておきなよ」


 そう言いながら、朝日は自分のカバンに手を突っ込み。


「これ、あちしのパンツだから」


 紫の布切れを僕に渡してきた。


「はるるん、聞いてる~? トイレに行って、パンツをはきかえるんだぞ」


 困る。けれど、僕の下着より女物の方がいいのも事実だ。


「仕方なく受け取っておく」

「みっちゃん、別の使い方をしてもいいんだからね。ちゃんと洗濯してくれれば」

「なっ⁉」

「あちし、下ネタOKな芸人だから」


 芸の肥やしを理由にセクハラしまくって、降板されないか不安になる。朝日が本物の芸能人だったらの話だけど。


「……芸人根性は助かるよ」

「最高の褒め言葉いただき」


 朝日がぴょんぴょん跳びはねる。うれしかったらしい。

 朝日の言うとおりだ。どうせやるなら前向きに。


「桜井さん、これからよろしく」


 自分の中にいる彼女に呼びかける。

 ちょうどそのとき、窓の外から風が吹いてくる。

『ありがとうございます』と聞こえた気がする。きっと空耳だろう。

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