第36話 迷子
翌週の土曜日。大学病院から検査の結果を受け取った帰り道。
僕は病院近くの神社に寄っていた。
大きな神社で、混雑している。なお、人気アニメの聖地らしい。アニメのポスターが張られていたり、コラボグッズが売られていたり。
(うーん、ゆっくり考えごとをするのは厳しそうだなぁ)
落ち着ける場所で心の整理をしたくて、たまたま目についた神社へ。にぎやかなのが予想外だった。
(せっかくだし、お参りでもしていこう)
参拝客の列に並び、数分後に自分の番になった。
子どもの頃、朝日パパが僕たちの家族も神社関係の祭りに誘ってくれたことを思い出す。
だからといって、特別に信心深くはないのだが。
僕は手を合わせると。
(いつも見守ってくださり、ありがとうございます。どうか、小陽さんが救われますように)
神様に願った。
小陽さんのことを考えたら、自然と病院での出来事が脳裏に浮かんだ。
指紋もDNAも僕と小陽さんは同じ。病院に入院中の桜井美春さんと一致するはずもない。
そういう意味では、小陽さんと桜井美春さんは別人。
しかし、小陽さんの外見的な特徴は、桜井美春さんと極めて近いようだ。
髪の色、顔の形、その他、センシティブなところも含めて検査した。人間が見た目で判断しただけでなく、ボディをスキャンしてAIが評価したとのこと。
結果、違うところは、桜井美春さんは寝たきりのため、筋肉が落ちているぐらいだった。
小陽さんは僕の別人格なのか?
それとも、寝たきりの少女が僕と入れ替わったのか?
どちらも医学的にありえないと言われてしまった。
うすうす予想はできていたものの、モヤモヤは晴れない。
曇り空のもと、家に帰る気にもならずブラブラしている。
僕はまだしも。前回、大学病院を訪れてからの小陽さんを見ていて、痛々しかった。
たとえば、とある日の昼休み。ひぃふうみぃトリオや朝日と弁当を食べながら。
『小陽たん、おっぱい大きくなった?』
『えっ、あっ、はい、そうかもです』
小陽さんの笑顔が、どこかぎこちない。
唐突に変態な質問をされて戸惑うのは普通だろうが、小陽さんは微笑で答える子だ。
小陽さんらしからぬ態度にかえって違和感を覚えた。
『はるるん、様子がおかしいけど、そんなに面白いことあったの?』
朝日はが言う。様子の『おかしい』と、面白いの『おかしい』を掛けたに違いない。
ちなみに、病院での出来事は朝日に報告していない。ある程度、整理できてから言うつもりだった。
『お、面白いことですか…………普段通りに楽しいですよ(にこっ)』
無理しているのがバレバレの笑顔だった。
周りに迷惑をかけまいと気遣っている小陽さんが、けなげで、けなげで。
そこで、意識が現実に戻る。
ふと、絵馬でもやってみようと思った。
『小陽さんが無理しなくても済みますように』
そう書いて、奉納する。なお、イラスト付きの絵馬があちこちにあった。ずいぶん華やかだった。アニメの成功を祈願するようなものもあって、住む世界がちがう。
参拝して、絵馬も書いたら、少しだけ心が軽くなった。
とりあえず、神社を出よう。鳥居をくぐって、坂道を下る。
そのとき、入れ替わりの徴候を感じた。
近くに狭い路地があった。誰にも見られない路地裏で、小陽さんにチェンジする。
「一道さん、絵馬、ありがとうございます」
まっさきに僕に礼を言うとは。ますます、小陽さんが大事になった。
「あたし、大丈夫ですから」
微笑む彼女に向かって、
『大丈夫じゃないよ』
僕は聞こえない声を出す。
『小陽さん、泣きたいときは無理して笑わないで』
実際に、琥珀色の瞳は涙でにじんでいる。
「それにしても、あたしって、なにものなんでしょうか?」
今ほど、彼女と話せないことを呪ったことはない。
それでも、鬱屈した気持ちを抱え込むよりは、口に出した方がマシに思えて。
僕はただひたすら彼女の
きっと、小陽さんは僕の存在を意識しているだろうから。
僕が彼女のすべてを受け止めるつもりで。
「入院中の子って、あたしとそっくりなんですってね。やっぱり、あたしなんですか?」
大きすぎる謎に対して、手がかりがまったくない。
これがミステリー小説だったら、理不尽すぎて炎上するにちがいない。
小陽さんを取り巻く状況のやるせなさに、ほぞを噛む。
小陽さんはぶつくさとつぶやきながら、狭い道を歩く。
しばらくして。
「迷ってしまいました」
『えっ?』
小陽さんはキョロキョロしていた。
『小陽さん、スマホの地図アプリを見て』
と呼びかけるも、小陽さんには聞こえない。
スマホを確認するという考えすら、思いつかないらしい。
「うーん、やっぱり、あたし迷子なんですね」
『やっぱり?』
たんに道に迷っただけでなく。
もしかしたら、自分がわからなくなっという意味も含んでいるかもしれない。
『僕がいるよ』
平凡どころか、どんくさい僕に小陽さんの問題を解決する力はない。
それでも、一緒に悩むことぐらいはできる。
そう思ったのだが、直接の会話すらできない僕には、限界もあって。
『くそっ!』
宙を漂うだけのクラゲな自分が腹立たしかった。
「一道さん、会いたいです。抱きしめてほしいです」
土曜の昼下がりなのに、住宅街はひっそりとしていて。
世間とのつながりを絶たれた僕は、孤独の惨めさを痛感していた。長いぼっち生活で初めてだった。
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