第4章 レベルアップ
第21話 勉強会
早いもので、桜井小陽さんとの同居(意味深)生活を始めて、1ヶ月がすぎた。
5月も下旬になり、夏が近づいている。
最近は、毎日1~2時間、小陽さんになっていた。
しかも、ほとんどが学校にいる時間帯。最初、入れ替わりの徴候を感じるたびにドキッとしていたが、さすがに少しずつ慣れてきた。
ただし、更衣室や女子トイレは別。いけないものを見ないように細心の注意を払い、精神的に疲れる。クラゲさん、あらため、透明人間も大変なのだ。
初夏の陽気がうららかな金曜日の放課後。僕は教室を漂いながら、現実から逃避していた。
というのも。
「ねえ、小陽たん。試験勉強を頑張ったら、ご褒美をくれない?」
「いいですよ」
「じゃあ、小陽たんのブラ」
小陽さんは朝日や佐藤・鈴木・高橋トリオととんでもない話をしていたから。
教室に男子が残っていないので、問題ない?
「みぃちゃん、Cカップだよね。小陽たんFカップだし、サイズ合わないじゃん」
「ふうちゃん。小陽たんのブラをご神体として、祀るんだし」
ふうちゃんこと鈴木さんに突っ込まれるや、斜め上の回答をする高橋みぃさん。
「ひぃちゃんも一緒にブラを拝まない?」
高橋さんはあいかわらず変態だった。
というか、佐藤・鈴木・高橋トリオは下の名前を並べると、「ひぃふうみぃ」になる。レトロな感じがする。
彼女たちとは何度かVRでも遊んだ。
なお、小陽さんは一度もVRにダイブせず、僕が代役を務めている。
そういう経緯もあって、友だちになった感覚があった。勘違いして、僕の姿で声をかけたらアウトだけど。
「あのな、みんな。はるるんのパイオツはあちし専用なんだ」
「きゃっ」
朝日が小陽さんの胸を触り、驚いた小陽さんが悲鳴を上げる。
「朝日さん、びっくりしました」
小陽さん、驚いただけで逃げもせずに、受け入れている。
「あのさ、小陽たん、勉強会しない?」
「ひぃちゃん、ナイスじゃん」
「どうせなら、小陽たんちに凸撃したいし」
ひぃふうみぃトリオの提案を受け、小陽さんは「あははは」と力なく笑う。
「あ、あの……」
小陽さんに家はない。「桜井」ではなく、「星野」の表札の家に行くわけだ。星野から僕、星野一道を結びつけるか不明だが、変に思われるかもしれない。
「はるるんの家は国が秘密裏に管理している亜空間に存在していてな、特殊能力者しかイケないのだよ」
朝日が中二病発言をする。
「そ、そうなんですよ」
ノーと言えない小陽さんは乗っかった。
「ってなわけで、あちしん家でいいかな?」
「まあ、朝日ん家なら遊ぶもの多いし、いいぞ」
佐藤さんの言葉に残るふたりもうなずいた。勉強会なのでは?
○
翌土曜日。僕は午前中から家で試験勉強をしていた。
試験は来週の後半から。今週末が勝負だ。
ところどころ授業を休んでいるので、その分のノートは小陽さんのものを借りている。
ポイントが的確にまとめられていたり、色やイラストで視覚的にも工夫されていたり。猛烈にわかりやすい。
僕も小陽さん方式を真似したおかげで、勉強がはかどっている。
11時ぐらいになると、疲れてきた。
紅茶でも入れようと立ち上がると、体がムズムズした。例の徴候だ。
小陽さんと入れ替わるや、彼女は着替え始めた。当然、目をそむける。
しばらくすると、彼女は初夏らしい水色のワンピースに身を包んでいた。
「一道さん、勉強会に行ってきますね」
そうつぶやくと、小陽さんは朝日の家へ。といっても、隣なので1分もかからない。
「みなさん、すいません。お待たせしました」
小陽さんが三雲家のリビングに入る。
朝日の他に、佐藤・鈴木・高橋トリオもいた。今日は勉強会の日だ。
そこは雑然としていた。提灯や、御神輿のミニチュア。壁には、アニメキャラのお面が並べられている。
さらには、射的の台まである。フィギュアが台の上に置かれ、そばには銃が立てかけられていた。
「うわぁ~お祭りみたいですね」
「はるるん、今度、お祭り行ってみる?」
「はい。一度も行ったことありませんので」
朝日が誘うと、小陽さんは目を輝かせた。
その態度に、先客のひぃふうみぃトリオは動きを止めていた。
「祭りも行ったことないって、箱入り娘だぞ」
「うふふ」
「体調的なアレで聞いちゃいけなかった系じゃん?」
「ふうさん、大丈夫ですよ。お気になさらず」
「なら、みんなで小陽たんの祭り処女をいただいちゃうし」
「ありがとうございます」
みんなとすっかり仲良くなっていて、うれしい。
小陽さんはテーブルに着くと、教科書とノートを取り出した。
「今日は体調の問題で遅刻早退になると思いますが、お願いしますね」
小陽さんが丁寧に頭を下げると。
「はるるん先生、あちし様の救世主になってくだせぇ」
朝日がジャンピング土下座を決めた。
「小陽たん、先生よりも説明わかりやすいし、助かるぞ」
「小陽たん先生よろしくじゃん」
「先生、スリーサイズを教えてくださいだし」
みんなに頼られる小陽さん。最後のは除く。
中学時代は僕が朝日の教師役だったのに、今回は小陽さんに出番を譲るようだ。
「みなさんに協力させていただきますね」
小陽さんはそう言ったあと。
「だって、あたし、成績は関係ありませんから」
ささやく。
小さすぎて、誰も反応しないうちに、音が空気に溶けてゆく。
せっかく生まれた声が意味をなさずに消え去る。その寂しさが胸を打つ。
(いや、僕だけは知っているじゃないか)
小陽さんの秘めた想いを感じ取ったわけで。
正規の学生でないから、成績が公的に認められない小陽さん。
その感情はどんなものなんだろうか?
ふだん、小陽さんは自分の気持ちを表に出さない。
朝日たちとの会話はおろか、僕とやり取りするメモアプリでも同様だ。
小陽さんは自分の気持ちを書かない。僕への連絡事項や、僕の行動を褒める内容ばかり。友だちとの会話や、日常生活の不満は決して漏らさない。
そんな小陽さんがポツリと出した本音。
僕だけは大事にしていかないと。
『いつか小陽さんと語り合える日が来るまで、僕が預かっておくよ』
僕の声は届かない。
それでも、口に出せば願いが叶う気がして、つぶやく。
「じゃあ、お昼前に数学をしましょうか」
小陽先生の明るくて優しい声が、にぎやかな室内に響いた。
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