第13話 最弱剣士、最強になる
長時間の変身から戻った後、とくに事件が起こることなく、放課後になる。
すぐに教室を出ようとしたら。
「ほっやー」
朝日が目の前に立っていた。気配を感じなかった。
「みっちゃん、今日こそは下着を買いに行くぞ!」
昨日に引き続き、大声だ。
周囲の男子から殺気が放たれる。困る。困りすぎる。
「い、いや」
しかし、朝日は僕の耳元に口を近づけてきて。
「今日さぁ、はるるんにママのブラを貸したわけよ。ママ、あちしより大きいけど、はるるんにはきつそうだった。早くなんとかしてあげたいんだ」
ささやく。最初から小声にしてほしかった。
「けどさ、桜井さんがいなくて、サイズとか大丈夫なの?」
「うーん、よくないなあ。まあ、みっちゃんが女装すればいいっしょ」
さりげなく、すごいことを言い出した。しかも、意味がないし。
「ごめん、今日、部活なんだ」
断るに限る。
「えっ? 部活って、体験入部期間中でしょ?」
「昨日も休んだし、体験入部だからといって休みすぎは……」
「昨日、力士くんに絡まれてたもんなぁ」
「力士くん?」
謎の名前が出てきたが、すぐに誰のことかわかった。
「あぁ~
「金剛力士像みたいだし、力士くんに決めた」
「……朝日みたいな人がいるから、あだ名禁止なんて校則ができるんだぞ」
ちなみに、うちの学校には採用されていない。
そんなことより。
「僕は剣道がしたいから部活に行くの。金剛くんの件は関係ないから」
「わかってるよ。みっちゃんのがんばってる姿、ずっと見てきたし」
なら、今日の予定は納得してくれるだろう。
「じゃあ、部活終わるまで、あちしは学校の七不思議を探してる」
「別に待たなくていいのに」
「勝負下着を買いに行けないじゃん!」
幼なじみの発言に対し。
「きゃー、勝負下着の出番なのねぇ」「幼なじみとなんて素敵❤」と、女子は黄色い悲鳴を上げ。
「陰キャのくせにぬっころす」「オレも陰キャになればモテるのかなぁ」などと、男子は複雑な気持ちをにじませていた。
「じゃあ、僕は部活に行くから」
急いで逃げた。
武道場へ。武道場の端っこに剣道部の部室がある。今朝、部室に防具を置かせてもらっていたので、練習の前に寄る必要があった。
部室に入ると、金剛くんがいた。
「平民、今日は来たんだな?」
「2日連続で休みたくないし」
「まあ、おまえは平凡以下なんだし、意味ないんだけどな」
吐き捨てるように言う。
(どうせ僕は雑魚だよ)
口に出したら、気持ちで負けそうで黙っておく。
剣道で絶対にやっていけないのは弱気になること。怯んだら、絶対に勝てないからだ。
かといって、言い返して衝突をするのも避けたい。
(ダメならダメで、練習はしなきゃ)
口には出さず、決意を胸に秘める。
防具を装着しながら、ふと思った。
中1で剣道を始めたときは防具が重かった。防具をつけただけで、まっすぐに歩けないぐらいだった。それが今では不自由なく動けている。
金剛くんにバカにされたからといって、成果が出てないわけじゃないんだ。
そう気づいたら、心が楽になった。
ウォーミングアップを済ませ、練習が始まった。
最初は基本の素振りだ。剣道を始めて以来、3年間で何万回となく繰り返している。不器用な僕でも、さすがにこなせた。当然、先輩たちに比べたら、まだまだだけど。
「じゃあ、次は、早素振りを300回やるぞ」
顧問の先生が言う。
冗談かと思った。
というのも、早素振りというのは、通常の3倍速で止まらずに。
「面、面、面、面、面、面、面、面、面、面、面、面、面!」
かけ声を出しながら、竹刀を振り続けるのだから。
50回ほどやったときには息が切れ始めた。
「おい、星野。声を出せ、声を……腹から出すんだよ」
先生に怒られてしまった。
朝日だったら、『赤い鎧を着てねえし、仮面もつけてねえ。史上最速3連敗の女になるじゃねえか!』ぐらい文句を垂れただろう。
現実逃避してみたが、呼吸の苦しさはまったく楽にならない。
面をしていると、息がしにくい。感染症がおさまり、マスク不要になり、命拾いをした。面にマスクは地獄だったし。
「よし、終わりだっ!」
先生の言葉が出るや、僕をはじめ1年生たちは床にひざまずく。ヘトヘトなのが僕だけでなく、安心した。
金剛くんだけは平然としていたが。
その後も、厳しい練習が続く。
「俺、もう無理かも」「中学ではそこそこだったのになぁ」「もっと弱い学校に行っとけばよかった」などと、新入生の弱音があちこちで聞こえていた。
やがて、部活の時間も後半に入り、試合形式での練習となった。
「次、金剛と星野」
試合形式で、金剛くんと戦うことになった。
「ふん、雑魚か。ちっとは楽しませてくれよ」
「よろしくお願いします」
試合が始まったとたん。
「おらおらおら」
金剛くんはすごい圧迫感を放つ。まさに、仏像級だ。
下手に動けない。かといって、弱気は禁物。
向き合うだけで、汗がポロポロ流れる。額からの汗が目に入り、痛い。しかし、面をつけているし、試合中なので処理できない。剣道の地味につらいところだ。
正直、しんどい。
けれど。
好きだから。
自分で剣道をやると決めたから。
だから、どんくさいと蔑まれようが。
どんだけ試合で負けようが。
面を打たれて、頭が割れるような痛みを受けようが。
平凡以下の実力で、努力しても無駄と見下されようが。
諦めるつもりなんてない。
続けていけば、いつか結果は出るかもしれないし。
そう感じたら、勇気が湧いてきた。
思い切って、向かって行く。
数秒後。僕の小手に激痛が走り、竹刀を落としていた。
「小手あり」
1本取られてしまった。
すぐに竹刀を拾うが、手首に激痛が走っている。痣になってるかもしれない。
(はぁ~)
自分を奮い立たせてみたけど、やっぱりダメだった。
不器用で、人並み以下の実力の僕が、強キャラな金剛くんに勝てるはずもない。
弱気の虫が僕の体をむしばんだときだ。
体に違和感を覚えた。打たれた痛みと、試合の緊張、弱気さが混じっていて、頭が混乱する。
「星野、大丈夫か?」
「は、はい」
なんとなく答えてしまった。
「2本目」
審判役の先生が、2本目を告げる。
その直後。防具の重みすら感じず、傍観者の立場で試合を見ていた。
『まさか、変身したの?』
どうやら体の違和感は変身の徴候だったらしい。
(って、人前で桜井さんになった⁉)
バレないかと不安になったが、すぐに安心した。
防具のおかげだ。面で顔は見えないし、胴で体の凹凸もわからない。桜井さんの特徴的な銀髪も、頭に巻いた手ぬぐいで隠せている。
(いや、いきなり剣道の試合なんて、いくら桜井さんでも……)
防具をつけていても、かなり痛い。桜井さんが怪我をしてしまう。
『ちょっと待って、試合をやめてください!』
当然、誰も反応しない。
いや。
「一道さん、ご心配なさらず」
彼女のつぶやきだけは、僕に答えていた。
桜井さんなりの気遣いが、胸に染みる。
『桜井さん!』
たまらず、叫ぶ。
そのときだ。
僕の体が急に前へと引っ張られ。
動きが止まったときには――。
「面あり」
後ろを振り返ると、金剛くんが床にひざまずいていた。
(ウソだろ……?)
見えなかった。桜井さんの攻撃が。
すぐに思い出す。バレーボールでも、桜井さんはバレー部を超えていたことを。
あの動きを見ていれば、今のプレイも納得できて。
『すげぇ』
「ふん。一道さんをバカにした罰です」
桜井さんのつぶやきがうれしいような、情けないような。
結局、試合は桜井さんが2本先取し、勝った。
すぐに先生が桜井さんのところに駆け寄ってきて。
「星野、おまえ、実力を隠してたんか。頼む、我が部に正式に入部してください」
土下座を決めた。
「あっ、また、やっちゃいました。防具を脱いだら、あたしだとバレるのに」
そっちの問題もあった。
「あた――僕、お腹が痛いので失礼します」
桜井さんは普段の彼女よりも低い声で答えると、武道場から逃げるように立ち去った。
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