第59話 そういうコトとなりまして:後

 結局、ルイナが魔王軍に今も在籍してる理由は、前世の『私』でした。


「ぉ、御屋形様がいつか、魔王軍に戻ってきてくれると思っていたのですわ……」


 消沈。まさに消沈。絵に描いたような、意気消沈。

 肩をガックリと落として、ルイナは俯き加減にそう語る。


「何でそう思ったん?」

「だ、だって……!」


 俺が尋ねると、ルイナはバッと顔をあげて必死に言葉を紡ぎ始める。


「御屋形様は『あの三人』によって無念の死を遂げられたのですよ! だったら、転生して再び魔王軍に返り咲くくらいはするだろうと、わたくしは思ったのですわ!」

「あ~……」


 なるほど。

 根本的な原因は、そこか。


 こいつは『私』が最期に覚えてしまった後悔を知らない。

 自らの『正義』のために戦い続ける『至天の魔王』がルイナの知る『私』だ。


 あの『後悔』がなければ、『私』は新たな魔王に転生してたかもしれない。

 それを考えると、ルイナの推測も的外れってワケではないんだが……。


「ねぇ、ビスト君……」


 ラーナが、俺の服の袖をクイクイ引っ張ってくる。

 彼女の言わんとしていることはわかる。真実を教えてやれということだろう。


「ああ、わかってるよ。ラーナ」

「な、何ですの……?」


 俺とラーナが漂わせるただならぬ気配に、ルイナは不安げな表情を見せる。

 話さない方がいいと思っていたが、この流れでは話さざるを得ない。


「実はな――」


 そして、俺は語った。

 かつて『あの三人』に敗れた『私』が、そのとき何を感じ、どう思ったのかを。


 そのときに抱いてしまった深すぎる『後悔』と、俺への転生についても。

 余すところなく、覚えていることは全てルイナに教えてやった。


 そうすることが『私』にずっと忠誠を捧げてきた彼女への礼儀だと考えたからだ。

 周りにいる冒険者達も、俺の話に声もあげずに聞き入っている。


「……そんな感じだよ」


 そして、俺は全てを語り終えた。

 目の前には、表情含め、全身で虚脱しているルイナがいる。


「では、御屋形様は、自ら望まれて――」

「そうだ。今、俺が冒険者をしてるのも、全部、あいつの望み通りだよ」

「そんな……」


 うつろな声を漏らして、大きく見開いた瞳を揺らすルイナ。

 俺は、別に『私』の希望に沿って冒険者になったワケではない。


 しかし、それはルイナにはあまり関係がない。

 彼女にとって重要なのは『私』が魔王軍に戻るつもりがなかった。という点だ。


「それでは、わ、わたくしはこの五年間、一体何を……」

「五年?」


「わたくしは、御屋形様が転生するかもしれない可能性に賭けて、復活後に眠りについたのですわ。転生には時間がかかりますので、どれくらいの時間が必要となるか計算して、その間を自分で作った異空間の中で眠っていたのですわ」

「おまえもミミコと同じようなことしてたんだな……」


 ミミコの場合は『私』がいなくなった時点で魔王軍見限って出奔したワケだが。

 しかし、五年か。割と読みが正確なのは、ルイナの優秀さゆえか。


「あぁ……」


 ルイナがその瞳に涙を浮かべ、軽い悲嘆の声を漏らす。


「わたくしは、御屋形様にとって過去の存在なのですね――」


 そして、そんなことを言い出したので俺は戸惑った。

 え、何でそーいう話になるんですかね? ちょっと理解できないんですけど……?


「だって、そうではありませんか。御屋形様はわたくし達を置いて、自らの願いをビスト様に託されたのでしょう? それは、つまり……」


 ハラハラと涙を流して、ルイナが肩を震わせる。

 言葉は、それ以上は泣き声になってしまうため続けられなかったか。


 彼女の言い分にはかなり大きな勘違いが含まれている。

 だが、指摘は少し待った方がいいかもしれないな。ルイナが落ち着くまでは。

 と、俺が思っていたら――、


「それとこれとは別だよ!」


 ガタンッ、と大きな音を立てて、ラーナが椅子から立ち上がった。

 俺とルイナと周りの野次馬連中は、その勢いに驚いて、彼女の方を見てしまう。


「ラーナ、様……?」

「『至天の魔王』さんの転生と、魔王軍に戻らなかったことは全く別の話だよ! そこは勘違いしちゃダメ! その間違いは『至天の魔王』さんに失礼だと思う!」

「ですが……」


 ルイナがポカンとなっている。

 勘違いを正すなら、ここだ。俺は頬を掻きつつ、彼女に説明する。


「あのな、ルイナ。――『私』はな、おまえらの復活に気づいてなかったんだよ」

「え……」


 ルイナがまた驚きを見せる。この反応、やっぱりそうか。


「おまえは『私』が転生したって話を聞いたとき、こう思っただろ。。ってさ」

「それは、はい……。御屋形様なら、わたくし達の復活は感じ取れるはず……」

「にゃふ~ん、パパッちにそんな余裕、なかったんだよね~」


 ここで初めてミミコが話に加わってくる。口に食べかすついてますよ、お嬢さん。


「え、そ、それは本当ですの……? ミミコ様……」

「ホントだよ~。ミミもビスッちと最初に会ったときに、驚かれたも~ん」


 そう、俺は『五禍将』が生きてるなんて、夢にも思わなかった。

 かつて『あの三人』と戦った『私』は、目の前の戦いに全身全霊を傾けていた。

 おかげで『五禍将』の復活にも気づいてなかったワケだ。


「そんな、本当に御屋形様は気づかれていなかったのですか……?」


 が、それを説明しても、ルイナはまだ半信半疑という感じだ。

 前々から感じちゃいたが、こいつの中で『私』は半ば偶像みたいになってないか?


「あのねルイナさん」


 ここで、立ったままのラーナが真っすぐに彼女を見つめる。


「ルイナさんが『至天の魔王』さんを好きなのはわかるよ」

「え、す、好き……!?」


 ラーナの指摘を受けて、ルイナの顔色がみるみるうちに肌色に染まっていく。


「そんなはしたない、わ、わたくしは純粋に御屋形様を敬愛しているだけで……」

「うん。それって『好き』ってことだから。あ、話を進めるね」


 強引!

 ウチのラーナさんってば、チョー強引ッ!


「ぁ、ぁ、あの……」

「ルイナさん。好きな人を『すごい人だ』って思いたいのは当然だよ。でもね、別にそんなことはないんだよ。ビスト君だって、割とおまぬけさんだし」

「あっれェ! 何かいきなり俺にとばっちり来ちゃったんですけどォ!?」


 ビックリしてラーナを見ると、逆に睨み返されてしまう。


「もしもビスト君が完璧な人だったら、この状況はあり得ないと思うんだ、わたし」


 言って、ラーナは周囲を見渡した。

 そこにいるのは野次馬、出歯亀、雲霞の如くたかる観客化した冒険者共。


「……はい、そうですね。すいません」


 俺は、縮こまって謝るしかなかった。


「ほらね、この通りだよ。『至天の魔王』さんの転生した姿のビスト君がこれなんだから、転生する前の『至天の魔王』さんだって、失敗することもあったよ、きっと」

「「…………」」


 俺もルイナも、お互い、お口あんぐり。

 ヤベェ、説得力しかないよ。何せ『私』の場合、生き方自体が失敗だったからな。


「そういうワケだから、それとこれとは話が別! はい、復唱!」


 テーブルに身を乗り出して、ラーナがルイナにそれを迫る。

 さっきとは真逆の構図。ルイナはただただ戸惑うばかり。


「え、え、え?」

「復唱だよ!」

「あ、えっと、はい……。それとこれ、とは、別……。ですのね?」


 自信なさげに繰り返すルイナに、ラーナも満面の笑顔で「うん」とうなずいた。


「だから、泣かないでいいんだよ?」

「ラーナ様……」


 涙を頬に伝わせたまま、ルイナは言葉を告げられなくなる。

 これでルイナが今の魔王軍にこだわる理由は消えたワケ、ではあるが――、


「ビスト様は、わたくしにどうしろとおっしゃられるのですか?」


 再び取り出したハンカチで涙を拭って、彼女は表情を引き締める。

 それについてはすでにラーナが提案した通り。しかし、ここで改めて言葉にする。


「ルイルイ、あたし様達と一緒に冒険者やろーぜー!」


 俺ではなく、ホムラが。

 元々、俺達の中でそれを最初に言い出したのがホムラだった。


 こいつはルイナと仲がいい。

 だから、せっかく会えたんだからまた一緒に頑張りたい、ということらしかった。


 もちろん、俺達に異存はなかった。

 ミミコも何も言いはしなかったものの、同じような空気を醸し出してたし。

 ただし――、


「それは、できかねますわ」


 当のルイナがそれを承諾するかどうかは、また別の話なんだけどな。


「え……」


 ホムラが唖然となってしまう。

 このルイナの反応は予測してなかったっぽいが、俺は大体、予想通りだった。

 3:7くらいで無理かな~、って。当然、3が成功率。


「な、何でだよ~!?」

「わたくしは、経緯はどうあれ今は魔王軍に在籍しておりますのよ? それを、いる理由がなくなった、という自分勝手な事情でやめるわけにはいきませんわ」

「ルイっちはやっぱり真面目さんだよね~。生き辛くないのぉ~?」


 ミミコが肩をすくめるも、ルイナは静かにかぶりを振るだけ。


「と、言われましても、これがわたくしですので、生き辛い選択をしている自覚は別にありませんけれど、このまま冒険者になるのはさすがに道理に合いませんわね」

「でも、今のまま魔王軍に戻って、大丈夫なの?」


 純粋な心配から、ラーナがそれを彼女に問う。


「大丈夫ではないでしょうね。こうして、ビスト様とお話をしていることがすでに重罪でしょう。けれども、罪を犯したのはわたくしですわ。当然、罰を受けます」

「そんなの悪いことじゃないだろ~! ルイルイ~!」


 潔く刑に服す意思を明らかにするルイナに、ホムラが身を乗り出して泣きつく。


「ホムラ――」


 そんなホムラへ、ルイナは微笑みかける。


「あなたとまた会えて、嬉しかったです。でも、わたくしとあなたはもう袂を分かったのです。だからわたくしのことは気になさらずに、冒険者としてこの先――」

「……絶交」

「え」


 ルイナの言葉が、止まる。


「ルイルイが魔王軍に戻るなら、絶交! 絶交しちゃうもん! 絶交ったら絶交なんだからな! 絶対に絶交なんだからな! ホントのホントに絶交するからな~!」

「オイオイ……」


 子供のような癇癪を起こすホムラ。

 施療院前ではちょうど逆のパターンで、ルイナがホムラを慌てさせていた。

 しかし、そんなガキの脅しでルイナが翻意するワケが……、


「……お、お待ちになって、ホムラ。その、ぜ、絶交だけは」


 おやァ~~~~?

 何故か、ルイナの顔色が青黒くなってる。静脈みたいな色してるよ、今の彼女。


「ルイっちとホムっちは、本当の意味で親友なんだぜ~。ヘイヘイ~」

「そこまでだったんか、あの二人……」


 ミミコの解説に驚く俺だが、今のルイナの様子を見ると、納得しかないわ。


「あのですね、ホムラ。この街で冒険者を続けるのでしたら、あなたが魔王軍と対立する可能性はほぼほぼゼロですのよ。でしたら、わたくしが魔王軍に戻っても別に何も問題はないでしょう? わたくしも時々こちらに遊びに来ますから。ね? ね?」


 ルイナが、ホムラに懇切丁寧に説明をしている。

 しかし、それで納得するならホムラだって絶交だなんて言い出すワケがねーのだ。


「やだやだやだやだ! やだ! 絶対やだ! だってルイルイ、魔王軍に帰ったらお仕置きされるんだろ! そんなのやだ! 悪いことしてないのに何でルイルイがお仕置きされなくちゃいけないんだ! そんなの許せるワケないだろ~!」


 あ~あ~あ~あ~、ホムラが鼻をすすり出してる。爆発寸前だぞ、これ。


「それに、それに……」


 ホムラの体が震え出す。

 そして、これまでで最も大きな声で、ルイナに向かって泣き叫んだ。


「もう、みんなと離れるのやだァ~! せっかくまた会えたのに、離れ離れになるのやだよぉ~! 何で、どっか行っちゃおうとするんだよぉ~!」

「ホムラ……」


 ワンワン泣き出したホムラに、ルイナが絶句する。

 これはもう、正しい正しくないの話ではない。楽しい楽しくないの話だ。


「ああ、そうだよなぁ。全くおまえの言う通りだぜ、ホムラ」


 俺はうなずき、席を立つ。


「ってことで、魔王軍、滅ぼすか」

「えェ!?」


 ちょっとした決意を口にした途端ルイナが仰天するが、何だよ、その反応は?


「だって、要は魔王軍があるのが悪いんだろ? じゃあ潰そうぜ。邪魔だ、邪魔。俺が『勇者』だからとかそういう理由じゃなく、俺達にとって邪魔だから潰すわ」


 あ~、変に悩む必要なかったな。

 最初からそれを選択しておけばよかった。いや~、最善の解決策が見つかったな。


「あ、あなた、本気でおっしゃられているの?」

「ルイナ、俺はホムラの言い分をわがままだとは思わねぇよ」


 だって『私』の死からどれだけの時間が経ってる? 軽く数百年だぞ?

 長い時間を経て再会した親友と離れたくないと思うのは、そんなにワガママか?


 俺はそうは思わない。

 何より、ルイナ自身の本音が割と透けてる。ホムラに対する反応を見ればわかる。


「だから、魔王軍さえなければおまえも気兼ねなく冒険者できるだろ? じゃあ潰そう。滅ぼそう。俺と俺の周りの人間に『楽しくなさ』を味わわせるモノは全潰しだ」

「言ってることが『勇者』とは程遠いですわよ、ビスト様!」

「当然だ。こちとら『正義』なんぞ知ったこっちゃねぇ、『最悪の勇者』だ!」


 俺がそこでニッと野太く笑うと、周りから拍手が巻き起こる。


「お~、やれやれ、俺達の関係ないところでやっちまえ、ビスト~!」

「俺達は巻き込まないで、精々派手に暴れこいや~! 俺達は巻き込まないで!」


 あのなぁ、おまえらなぁ……。


「む、む、む、む……ッ!」


 軽く頭を抱えて唸り始めるルイナ。

 そのまなざしは、ミミコに抱き寄せられてまだ泣いてるホムラの方を見ている。


「わたしは――」


 そこに、ラーナが声をかける。


「ルイナさんは、自分の素直な気持ちに従っていいと思う、かな」

「し、しかしそれでは、わたくしは魔王軍を裏切ってしまうことに……」


「うん。だからこれはきっと気持ちの問題だよ。ルイナさんの中で、今の魔王軍とホムラちゃん。どっちが大事か、っていう話だと思うの。……どうかな?」

「そんなの、ホムラの方が大事に決まっていますわ!」


 即答するルイナに、ラーナも明るく笑ってうなずいてみせる。


「じゃあ、それが答えなんじゃないかな? 違う?」

「ルイルイ~……」


 重ねて問いかけるラーナに加え、ホムラも涙ボロボロでルイナを見る。

 それが、彼女へのトドメの一撃となった。


「わかりました! わかりましたから、もう泣くのはおやめなさい、ホムラ! わたくしも今日からこちらで御厄介にならせていただきますからぁ~~~~!」

「え、ホント……?」


 ついに音を上げたルイナを見て、ホムラは即座に泣きやんで目をパチクリさせる。


「この『銀禍の将エアロ・カラミア』に二言はございませんことよ! ……だから、もう泣かないでくださいませ。あと、絶交はナシで。本当に、絶交だけはナシで」

「やったぁ~~~~!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ホムラがテーブルに飛び乗って、そのままルイナめがけて飛びつく。

 テーブルは派手な音を立てて倒れ、ホムラはルイナに抱き着き、胸元にスリスリ。


「やったやったやった、やったぁ~! ありがとなんだぜ、ルイルイ~!」

「ちょっと、ホムラ。離れなさい、ホムラってば! ど、どこを触っていらっしゃるのですか! 離れ、ゃンッ、く、くすぐッ、んッ、ふぁ、やァ~ん!」


 エロい声出すのやめてくれませんかね……?


「おぉ……」

「こ、これが『てぇてぇ』なのか。何かこう、またぐらにクるな……!」


 ほら、野次馬共が息を飲んじゃってるじゃねぇかよ!


「ビスト君は聞いちゃダメ!」

「いや、もう遅ェって」


 いきなり俺の耳を塞ぎにかかってくるラーナだが、後の祭りもいいところっすよ。


「……ニヒヒヒヒヒヒヒ」


 一方で、ミミコが何やら笑っている。


「やっと収まるところに収まったって感じだねぇ~」

「ああ、そうな」


 それについてはまさにミミコの言う通りで、


「ルイルイ、ルイルイ~!」

「ど、どなたか、お助けくださいましぃ~~! ぁ、ゃ……、はぁン……!」


 新しく仲間になったルイナ・ニグラドは、しばしエロい声を出し続けたのだった。

 いや、別に俺は、悪くないし~。

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