第12話 やっぱり全部バレまして

 え、あのあとどうなったかって?


「開門」


 というギルドマスター・クラリッサさんの一声によって、宴は終わっちまったよ。

 開門=お開き、ってことらしいぞ。……わかりにくいんだが?


 さて、そのあとだ。

 俺とラーナと、あと何故かウォードさんとマヤさん。


 以上四名がクラリッサさんの呼び出しを受けて、ギルド二階の一室に集められた。

 そこで、うん、まぁ、説明を要求されたので、説明したワケである。


 今日あったことをさかのぼって、それこそ、俺が見た夢と得た力についても。

 ラーナにもそうしたように、余すところなく、全部説明した。そして、


「――驚愕」


 俺がひとしきり語り終えたところで、まず聞こえたのはクラリッサさんの声。

 ウォードさんも口をあんぐり開けたまま、言葉もない様子。


 唯一、マヤさんだけ『ビスト君、すごいんですね~!』と陽気に笑っている。

 酔ってるからだな、この反応。明日にはこの話も忘れてるんじゃなかろうか……。


「ビストが、魔王の転生者、だって……?」


 こちらはウォードさん。

 未だに衝撃から立ち直れてない様子ですが、その、オーバーリアクションでは?


「まぁ、夢に見て、実際に力も使えるようになったんで、それは本当かな、と」


 俺はちょっと曖昧な感じの受け答えになってしまう。

 実際、前世の記憶はあれど、そこには実感ってヤツがまるでないのだ。


 俺が『私』だったことの実感。

 それがないから前世が魔王らしいということについても、俺自身、やや懐疑的。

 いやぁ、魔法も使えるようになってるから本当なんだろうけどさー。


「あのぉ~、それってなんですけどぉ~」


 と、ここで酔っぱらい真っ最中のマヤさんが、口を挟んでくる。


「今日の報告にあった『ボスが降ってきました』っていうのは、本当ですか~?」

「あ」

「う」


 マヤさんの指摘に、ウォードさんは改めて声を発し、俺は小さく呻いた。

 しまった。そこに意識が及んでなかった。

 冒険者ギルドに対して、虚偽の報告をしてしまったことに。


「その反応――、つまりは、違うんだな?」


 ウォードさんもさすがに察したようで、こっちを探るような目で見てくる。


「容認」


 だが、そこにクラリッサさんの鶴の一声。


「状況を鑑みるに、ビスト氏が自分の力を隠したいと思うのも無理はないマスター。その点以外に問題に発展する可能性は低いと思うマスターよ。よって、容認」


 く、言ってることはこっちにとって喜ばしいことだが、語尾。語尾が気になる!


「ほ……」


 一方で、ギルドマスターの判断に、俺の隣に座るラーナが安堵の息を零す。


「よかったね、ビスト君」

「ああ、助かったわ」

「助かった、ねぇ……。ビストらしい反応ではあるけどよぉ~」


 ようやっとショックから立ち直ったらしいウォードさんが、何やら苦笑を見せる。


「……何です?」

「そんなスゲェ力を手に入れたなら、もっといい気になってもいいんじゃねぇか、って思ってさ。だってそいつぁ、おまえさんにしか使えない、特別な力なんだろ?」


 まぁ、言ってることはわかるんだけどなぁ……。

 しかし、ウォードさんの言葉を聞いた俺は、無意識のうちに顔をしかめていた。

 そして呟いてしまう。


「特別であることって、そんなにいいことですかね?」

「ほぉ?」


 ウォードさんが、興味深げな目で俺を見てくる。

 そのまなざしからして、俺にとってはちょっとした苦痛だったりするのだ。


「俺は『慌てず、騒がず、目立たず、気楽に』冒険者をやりたいんですよ。将来の夢は名が売れすぎない程度の中堅ランク冒険者で、四十手前くらいで早々にドロップアウトして、貯めた金で家でも購入して悠々自適に暮らしたいんですよ。だから地位なんて害悪! 名声なんて邪魔! 特別なんて不要も不要!」

「ああ、そうだったな。おまえさんはそういうヤツだったな、ビストよ」


 そーゆーことです。が、何で若干呆れてらっしゃるんですかね、ウォード先輩?


「堅実。夢もへったくれもない人生設計マスターね」

「枯れてるってのは、こういうヤツを言うんだろうなぁ~」

「ちょっと? ちょっと……!?」


 クラリッサさんとウォードさんに言われ、俺は憤慨する。

 夢だったら今、語ったやろがい!

 俺がこの胸に抱く素晴らしいまでの夢が! 大志が! か、枯れてるだとォ!?


「いや、おまえさんなぁ、ビスト。そのくらいの年齢だったら、もうちょっと英雄譚とか、そういうものに憧れを持っててもいいんじゃねぇのか? っていうさぁ?」

「憧れだったら持ってますよ! アヴェルナ郊外に庭付き二階建ての一軒家とか、最高じゃないですか! うわッ、憧れが止まらねぇ! 胸がときめきますわ!」

「うん、やっぱおまえさんはそういうヤツだわ。認めざるを得ない」


 ウォードさんもやっと納得してくれたようだった。

 ところで、さっきからスピョピョと気持ちよさげな寝息が聞こえているのですが。

 マヤさんさ、寝てね?


「ねぇ、ビスト君」


 俺がマヤさんの方を気にしていると、ラーナがこっちに顔を向けてくる。


「それじゃあ、前世の『力』はいらなかった? 邪魔なだけ?」

「は? そんなワケないじゃんか」


 その質問の意図を掴めないながらも、俺は即答する。


「そうなの? だって、それはすごく特別な『力』で――」

「けど、それがあったから俺はおまえを助けられた。だから、この『力』は俺にとって必要なものだったんだよ。特別とかどうでもいいんだよ、本当に」

「ビスト君……ッ」


 あれ、何かラーナが感激しちゃってるみたいなんですけど……。

 今の会話の中に、何か感激させるような部分あったか? え、あったか……?


「そう言われちゃあ、何も言えねぇわな。俺もおまえさんに助けられた身だしよ」

「レックスの野郎がやりたい放題してるのが楽しくなかったんですよ、アレは」


 肩をすくめるウォードさんにさっきの出来事を思い出し、俺は渋面を浮かべた。


「俺は楽しくないのが嫌いなんです。大黒犬に遭遇したときだって、さっきの酒場での一件だって、どっちも全然楽しくなかった。だから、原因を取り除いただけです」

「嘆息。レックス氏の振る舞いは私にとっても頭痛の種マスター。けれど、彼の実力を頼って依頼をしてくる顧客が多い現状、ギルドとしても強くは出れずにいたでマスター。おかげで、今日のような暴挙を許すこととなったのは反省点でマスター」


 クラリッサさんもそこでハァ、と、小さくため息。

 それにしても、この人はさすがにギルドマスターだけあって、語尾が崩れないな。


「依頼人からすれば冒険者の人格なんぞ二の次なことが多いからな。ま、さっきの一件で、あいつが晒した醜態は明日には街中に広まってるだろうがな……」


 ウォードさんが処置なしといった風にかぶりを振る。

 この街は冒険者が多いからなー。一度噂になれば、広まる速度は疾風の如しだ。


 レックス・ファーレン。

 あいつ、この先、この街で冒険者を続けられるんかな。知らんけど。


「質疑」


 と、ここでクラリッサさんが軽く手を挙げる。


「何です?」


 俺は、若干嫌な予感を覚えながら、それに応じる。

 何というか、クラリッサさんの目がこれまでになく真剣なんですけど。え、何故。


「――『勇者』」


 そして、彼女の厚い唇から紡がれたのは、その一語だった。


「特別な『力』を持つあなたは、その気になれば英雄に、そして勇者にもなれる資質を秘めているといえるでしょう。もし、誰かがあなたにそれを求めたら――」


 初めて語尾をまともなモノにしての、クラリッサさんのその質問。


「冗談じゃない」


 だが気がつけば、俺は顔をしかめた上で舌を打ち、そう返していた。


「この先、どうなろうと俺は『勇者』にだけはなりませんよ。そして周りの人間も『勇者』にだけはさせない。あんな『正しさの残骸』になんて……!」


 ミシ、と、木が軋む音がする。

 それは、俺が手をついているテーブルが軋んでたわむ音だった。

 いつの間にか、俺の手にはそれだけの力が込められていた。


「疑問。『勇者』は神より大いなる使命を授かった、選ばれし者。人々の希望。それに選ばれることは大変な栄誉でしょう。それをあなたは、残骸と呼ぶのですか?」


 重ねての、クラリッサさんからの質問。

 ああ、そうだろうとも。確かに『勇者』に選ばれることは大変な栄誉だろうさ。

 だけど俺は彼女にうなずく。


「残骸ですよ、『勇者』なんて。神に選ばれ、人々に願い、乞われて、自分の中の『正しさ』に殉じて戦い続けて、身も心も摩耗しきって朽ち果てて終わる。それが、俺の知ってる『勇者』です。ただ正しいだけで、それ以外に何もありゃしない」


 そもそも、自分の意志で戦ってるのかどうかすら不明なんだよ、あの連中。

 神から大いなる使命を授かった? 無辜の民の願いと希望を一身に背負っている?


 言葉にすれば聞こえはいいが、それって実質的に呪いと何が違うんだ?

 神に操られてるのと何が違うんだ? 民衆に乗せられてるのとどこが違うんだ?


「奇妙」


 俺の返答を聞いて、クラリッサさんが小首をかしげる。


「ビスト氏の言葉を聞いていると、まるで氏の前世である魔王は『勇者』に勝ったことがあるかのように聞こえます。しかし、過去にそれをなした魔王は――」

「ああ、俺の前世。確か、ビスティガ・ヴェルグイユって名前らしいですよ」


 それを教えるのを忘れていた俺は、気楽な調子で前世の名前を口に出す。

 その直後、ガタタンッ、と、個室の中に響き渡る激しい音。


「え、あれ……?」


 いきなり立ち上がったラーナとウォードさんを前に、俺はポカンとなってしまう。

 何か二人して、顔色が真っ青なんですけど。驚くを通り越してるんですけど。


「ビ、ビスティガ……、ヴェルグイユ?」

「そいつぁ、史上最強と謳われた『至天の魔王』の名前じゃねぇかよ!」


 って、史上最強? ……え! ええええええええええええええええええええッ!?


「驚嘆」


 硬直する俺の前で、クラリッサさんも手で顔を覆っている。


「ビスト氏……」

「は、はい?」

「氏には非常に言いにくいのですが、氏の前世は大陸史上唯一の『勇者殺し』を成し遂げた、最強の魔王。――いうなれば『特別の中の特別』ということになります」


 は?


「結論。その『力』を継いだあなたもまた『特別の中の特別』ということ、です」


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!?


「……と、『特別の中の特別』」


 俺は、ただただ呆然とするしかなかった。

 何ですかね、その、あまりに絶望的すぎるワードは。何とおぞましい……。


「思案」


 わななく俺をジッと観察しながら、クラリッサさんが何やら考え込み始める。

 このとき、俺に直感走る。あ、何かヤナ予感。


「提案」


 そして、その一声と共に俺は覚えた予感は即座に現実のモノとなる。


「ビスト氏とラーナ嬢に、ギルドから『特別指定依頼』をお願いしたいでマスター」


 何故か戻っていたバカ語尾に、俺はちょっとだけイラッとした。

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