第13話 特別指定依頼を受けまして
――『特別指定依頼』。
それは、通常は表に出ることのない、文字通りの特別な依頼を指す用語だ。
危険度が極めて高かったり、緊急を要する、もしくは機密性が高い。
そういったワケありの案件がこれに指定されることが多い。要するにヤベェ依頼だ。
だからこそ、この依頼を受注する冒険者はギルドが指定する。
冒険者にとって『特別指定依頼』をギルドから打診されることは栄誉なことだ。
それは単純に自分達がギルドから有望視されているという証左でもある。
明確に箔がつくし、何より『特別指定依頼』は単純に報酬がいい。かなり稼げる。
多くの冒険者にとって『特別指定依頼』は『英雄』への登竜門といわれる。
Sランクを目指す連中にとって是が非でも受けたい、魅力の塊とも呼ぶべき依頼。
それが――、『特別指定依頼』。
つまり、俺が一番受けたくないたぐいの依頼ってコトだァァァァァ――――ッ!
イヤだよ! ふざけんなよ! 何が英雄への登竜門だよ!
だから、俺は英雄なんぞなりたかねぇんだって!
今日だけでも十分目立ってるのに、そんなの受けたらいよいよトドメだわ!
冒険者生活二日目のド新人がいきなり『特別指定依頼』だァ~?
イヤだァ! ソレ絶対、俺にとって望ましくない方向で話題になるヤツゥ!
俺は、明日も普通に薬草採取したりして、コツコツ地道にやっていきたいんだッ!
「苦悩?」
頭を抱えて悶える俺を見て、クラリッサさんが小首をかしげる。
「これは、多分、悲嘆ですね。普通の冒険者になりたいのに、冒険者になって早々に『特別指定依頼』なんて目立ち過ぎるから絶対に受けたくない。っていう感じの」
「的確に俺の内側を読み取ってんじゃねぇ、ラーナ!」
完全に内心を言い当てられて怒鳴ると、ラーナは面白そうにクスクス笑った。
おのれ~、完全に見透かされておるぅ……。ラーナめぇ~……。
「……珍妙」
クラリッサさんが、ますます深く首をかしげる。
「大抵の冒険者なら『特別指定依頼』と聞けばすぐに食いついてくるでマスター。なのにビスト氏は食いつくどころか拒否感丸出しでマスター。……理解不能」
「クックック、そりゃあ仕方がねぇよ、クラリッサ」
と、ここで何やらおかしそうに笑いながら、ウォードさんが口を挟んでくる。
「ビストはアルエラさんトコの孤児院の出なんだよ。あの人も冒険者だった頃は、こいつみたいに名誉だの栄光だのとか、そういったモノはあんまり好まなかったろ?」
「え」
そこに出てきた名前に、俺はちょっと驚いた。
「あの、ウォードさん、アルエラ様って冒険者だったんですか!?」
「何だよ、知らなかったのか? 俺が若手だった頃、この街だけじゃなくて近隣にまでその名を轟かせた凄腕の神官だったんだぜぇ~。もちろん、Aランクさ」
え~! それは初耳~! マジかァ~~~~!?
「本人は過ぎた名声だなんて言ってたよ、いつも」
「合点。なるほど、ビスト氏の無欲の源泉はそこでマスター。認識・理解・納得」
「とはいえ、アルエラさんもビストほど極端じゃなかったけどな」
しきりにうなずくクラリッサさんの隣で、腕を組んだウォードさんが苦笑する。
そして、次に口を開いたのも、また、彼だった。
「クラリッサ、おまえが考えてる『特別指定依頼』は、例の一件か?」
「明察。頼める相手がいなくて塩漬けになりかけてたアレでマスター」
例の一件? アレ?
オイオイ、何だよそりゃあ、一体どういう依頼だ。ちょっと気になるじゃねーか。
「興味があるか、ビスト?」
「え、いや……」
ウォードさんにも見抜かれてしまった。クッソ、俺、そんな顔に出てた?
「なぁ、ビストよ」
「何ですか、ウォードさん」
「予言してやる。次の俺の一言で、おまえさんは依頼を受ける気になるぜぇ~?」
「はァ? 何言ってんです?」
得意げにあごひげをさすっているAランクのオッサンに、俺は片眉を上げる。
いや、本当に何言ってんだ、この人。
いくらご指名でも俺が『特別指定依頼』と受けるとか、そんなワケ――、
「この案件な――、前人未到のダンジョンの内部調査、だぜ?」
「…………ぜ」
前人未到の、ダンジョンの、内部調査ッ!?
ぜ、ぜ、前人未到の……!!?
それって、まだ誰も足を踏み入れていないダンジョンの、攻略――、ってコト?
「…………」
「あ、ビスト君が露骨に半笑いになってる……」
「クッヒッヒ、いかにも興味津々ってツラだなァ~、ビスト」
…………はッ!?
「ぃ、いや? 別にそんなダンジョン探索とか、そこまで興味なんてないしぃ~?」
「目が泳いでるの隠せてないよ、ビスト君」
「さっきから何なんだよ、ラーナ! おまえはどっちの味方なのぉ~!?」
こっちを覗き込んでくる彼女に、俺はついつい声を荒げてしまった。
しかし、ラーナはニッコリと微笑んで、
「わたしはビスト君の味方だよ? でもわたしも、ダンジョンは行ってみたいかな」
「く……」
「そういうこったよ、おまえさんらはそういうヤツらさ」
呻く俺に、ウォードさんが勝ち誇ったように肩をすくめる。
「ビストもラーナの嬢ちゃんも、どっちも冒険心をてヤツが有り余ってやがるのさ。だって、二人とも思ったんじゃないかい? ――楽しそう、ってよ」
「えっと、はい、ダンジョンって聞いて、少しだけ……」
指摘を受け、ちょっとした照れ笑いを浮かべるラーナに対して、俺は苦い顔。
もう、完全に図星ってヤツ。ウォードさんにとことんまで読み切られてる。
ああ、ダンジョン探索ね。
罠がたくさんでモンスターがワンサカな地下迷宮。
けど、そこにあるのは古代のロマンか、失われた秘宝か、未発見の何かか。
くぅ~、そそるぜぇ~。そそる。実にそそる。楽しそォ~~!
「ビストよ、おまえさんは『楽しくないのが嫌い』って言ってたなぁ? そいつぁつまり『楽しそうなことが大好きだ』ってことだ。誰だってそうだが、目立ちたくないと言いながらも冒険者なんて生業を選ぶおまえさんだ。――好きなんだろ、冒険が」
「…………まぁ、はい」
隠してもしょうがないことなので隠さないが、結局は、そこなんだよなぁ。
余計な責任を背負いたくない。目立ちたくない。名声なんていらない。
――でも、色んな冒険をしてみたい!
俺が冒険者になった理由の根っこって、そこなんだよ。
それはきっとラーナも同じだ。俺は生まれ持った性格で、彼女は環境が理由だ。
街の外に出たことのないラーナの中には、冒険への強い欲求が育まれている。
ふと見れば、さっきから彼女も笑っている。
ダンジョンという単語に、いかにもワクワクしているのが伝わってくる。
「あ~~~~……」
俺は天井を見上げて大きく声を出して、
「仕方ねぇ、受けるかァ~!」
半ばヤケクソになって、両手を挙げてそう叫んだ。
そうすると、ラーナがさらに瞳をキラキラと輝かせて勢いよく両手を打った。
「本当、ビスト君!?」
「だってラーナ、心底行きたそうじゃん……」
何故か自分の欲求に素直になれず、俺はラーナを言い訳に使ってしまった。
そこに罪悪感を感じて俺が目を逸らした、次の瞬間――、
「ビスト君ッ!」
「ゥどわァ~!?」
耳元に響くラーナの大声に、俺の身を襲う衝撃。柔らかさ。いい匂い。柔らかさ。
ラーナが抱きついてきたのだと理解した瞬間、俺の意識は沸騰しそうになった。
「な、ちょ、ラ、ラ~ナァ~!?」
「わたしのことを考えてくれたんだね、嬉しい! ありがとう!」
「ぃや、わ、ま、ぁ、は、わかったから離れろよォ~!」
座ってるところに抱きしめられてるから、そのほ、頬に、む、胸が当たっ……!
うッおォォォ、や、柔らけぇ……。
え、何、女の子ってこんな柔らかくて、いい匂いすんの? 甘い、花の匂い。
「フヒヒヒ、イイねェ~、若いねェ~、初々しいねェェェ~~~~」
笑って見てないで、助けろ、オッサン!
「感謝。この依頼は頼める相手の条件が限定されていて、ウォード氏含め、少数の高ランク冒険者を候補に挙げていたところでマスター。しかしビスト氏が受けてくれるならこれに優る相手はいないと断言できるマスター。肩の荷が軽くなるマスター」
こっちはこっちで、今の俺達が見えていないかのよう話進めちゃってるゥ!?
「――では、依頼内容の詳細について説明するマスター」
え、マジで? このギルドマスター、マジで今の俺達の状況見えてないとでも?
「しかし、その前に、ラーナ嬢――」
「え、はい? 何でしょうか?」
クラリッサさんが、ラーナを呼ぶ。やっと止めに入ってくれた……。
「あなたにこれをお渡しするでマスター」
――ワケじゃなかった。完全にこっちにお構いなしで話を続けるの、やめろ!
「これは……?」
クラリッサさんがいきなり虚空から取り出したのは、硝子の小瓶だった。
異空間にアイテムを保管する『
そして、彼女が取り出した、中に輝きを秘めた液体が詰まったそれは――、
「これは『
「こ、これが……!」
「肯定。ビスト氏とは違い、ラーナ嬢は高い素養はあれど、今はまだ本当の新人でマスター。まずはこちらを進呈するので、自らの強化をおすすめするでマスター」
やっと俺から離れてくれたラーナが、テーブルの上に置かれた『力量の水薬』の方に釘付けになる。俺も、知識としては知ってたが、実物を見るのは初めてだ。
「え、でも、これをわたしがもらっていいんですか……?」
「報酬。本日の薬草採取、並びに大黒犬出現報告について、まだお二人は経験点の付与が終わっていないはずでマスター。覚えはないでマスター?」
「ああ、そういえば……」
俺も身を起こして、安らかな寝息を立てているマヤさんを見る。
依頼達成時に付与される経験点。それを、俺達はまだもらっていなかった。
「認定。Gランク依頼の+α分としてお渡しするマスター。と、同時に、ラーナ嬢へのギルドからの先行投資という側面も、もちろんあるでマスター」
「こっちがきく前にそれを言うのか……」
戸惑う俺を、何やらウォードさんがクツクツ笑って眺めている。
「何ですか、ウォードさん」
「いや、ビストは別としても、ラーナの嬢ちゃんも期待されてんだな、ってよ」
「どういうことですか?」
尋ねるラーナに、ウォードさんは単刀直入に答える。
「その『力量の水薬』、Dランク上限いっぱい分の自己強化ができる最高級品だぜ」
「「は?」」
俺とラーナは同時に声を出し、同時に『力量の水薬』を見て、
「「……は?」」
と、また同時に声を揃えて、今度は二人してクラリッサさんを見る。
大人の色香漂わせるエルフのギルドマスターは、コクリと一度だけうなずいて、
「昇級。ビスト氏とラーナ嬢は、本日をもってCランク昇級資格ゲットでマスター」
だからそういうのやめろってェェェェェェェェェ~~~~!?
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