第11話 やりたい放題やりまして
ああ、楽しくねぇなぁ。
楽しくねぇ、楽しくねぇよ。まるっきり、何にも楽しくねぇ。
俺は深くため息をついて、顔をしかめて髪を掻く。
「勘弁してくれよなぁ、オイ。おまえが『勇者候補』? おまえが? おまえなんかが? 別に正しくもなくて、その上、楽しくもないおまえみたいがゴロツキが?」
「ゴ、ゴロツキ……ッ!?」
レックスが俺の言葉に目を剥いて驚くが、その驚きの理由がわからん。
「散々、言いたい放題やりたい放題やった挙句、自分に逆らう相手は力でねじ伏せようとするなんざ、丸々ゴロツキかチンピラのやり方だろうがよ」
俺は己の中にある胸糞悪さを『ケッ』と悪態に変えて外に出し、髪を掻きむしる。
ああ、もう、知らん知らん。目立ちたくないとかは、今はもういい。知らん。
「楽しくねぇんだよ、俺はよォ! おまえみたいな脳みそ空っぽ夢いっぱいのクソどチンピラが、俺達を祝ってくれてるみんなに向かってデケェツラしてんのがよォ!」
「こ、このGランク風情が……ッ、言うに事欠いて、この僕に……!」
レックスの端正な顔が、みるみるうちに怒りで醜く歪んでいく。
そしてその手は、腰に帯びた壮麗な拵えの長剣へと伸びて、柄を掴もうとする。
「ま、待て、レックス! おまえさん、抜く気か!? ここはギルドだぞッ!」
「黙れ、ウォード! こいつはこの僕を愚弄したんだ! これを許してなるものか。見過ごすことこそ、ギルドへの背信だ! Aランク冒険者として示しがつかない!」
示し。示し、ですかぁ。
こいつ、ギルドの中でこれだけ傍若無人カマしといて、そういう言い方をするか。
「……クク」
「な、こいつ――、今、僕を笑ったな!?」
おっと、いけないいけない。
思わず失笑しちまったよ。目の前のキラキラ野郎の、あまりの勘違いっぷりに。
ああ、だがついでだ。それも教えてやるとしようかね。
「なぁ、おまえさぁ、まさか自分こそが模範的な冒険者とでも思ってるの?」
「何だと……」
俺の指摘にレックスの瞳が細まる。その奥に輝く眼光は、まるで刃の如き鋭さだ。
糸一本ロクに切れそうもない、ナマクラ程度の鋭さだけどな。
「よせッ、ビスト! それ以上、レックスを刺激するな!」
ウォードさんが血相を変えて俺に忠告してくる。
それは単純に俺を案じてのことだ。ああ、この人はスゲェよ、尊敬できる人だよ。
けど、
「大丈夫っすよ、ウォードさん」
俺は軽々と断言する。
「そこの勘違いしてるブリリアントなチンピラに、俺は殺せませんよ」
「ビスト……?」
俺は視線をレックスに戻し、挑発も兼ねて嘲りの笑みを浮かべてみせる。
「何だ、そのニヤけた顔は……!」
「いやぁ、自分の勘違いに気づけてないおまえって、大した道化だなって思ってさ」
嘲笑に加えて、俺は軽く肩をすくめてみせた。
「おまえって、自分のことを心底から立派な冒険者って思ってるんだろうな。けどさ、力ずくのやり方しか知らないチンピラが、立派な冒険者なワケ、ないじゃん?」
「な、何て無礼な、こ、この僕に……! レベル78のこの僕に向かってッ!」
レックスが激しい怒りに顔を真っ赤にして体をわななかせる。
しかし、俺はそれを気にせず、目の前の男を指さして、
「おお、それそれ。そのレベルなんだけどさぁ。なぁ、ラーナさ」
「え、わ、わたし……?」
いきなり水を向けられて、ラーナは少々面食らったようだった。
俺は嘲りの笑みを顔に張り付けたまま、彼女に確認する。
「Sランク冒険者の平均レベルって、幾つくらいだっけ?」
「え……、ぇ、っと……」
問われ、ラーナがしばし考えこむ。
ウォードさんは俺の質問の意図に気づいたらしく、危ぶむような表情を浮かべる。
が、当のご本人様であらせられるレックスはポカン顔。こいつ、気づいてない。
「確か、国内のSランク冒険者の平均レベルは63か、64くらいだったと思うよ」
「そうだよな。確かそのくらいだったよな」
俺はラーナにうなずいてから、レックスへと質問を浴びせる。
「で、おまえはレベル幾つだっけ? いつまでもAランクのままのおまえは?」
「ンな……ッ!?」
やっと俺の言いたいことに気づいて、レックスの表情が驚愕に染まる。
そうだよ、こいつは侮辱だよ。
この街で最もレベルが高い万年Aランクのレックス氏への、俺からの名誉棄損さ。
「AランクAランクとうるせぇんだよ、燻り野郎の分際で。他の高レベル冒険者はさっさと大仕事達成してSランクに上がってるっぜ。ウォードさんだって、来年にゃSランクになっててもおかしくないんだよ。……で、おまえはいつSランクになるの? なれるの? なれないからそのレベルでまだAランクなんだよね?」
「き、貴様ァァァァァァァァ――――ッ!」
絶叫と共に爆ぜる、レックスの怒り。
その手が長剣の柄をしっかりと握り締め、刀身を引き抜こうとする。
「――遅い」
何を悠長なことをしてやがるのか。あくびが出ちまうよ。
視線に殺気を込め、俺はレックスを一睨み。
それだけで、俺に斬りかかろうとしていた野郎は、場にストンと膝を落とした。
「ぁ、あれ?」
間抜けな声を発し、右手は長剣の柄を握ったままの格好でレックスはひざまづく。
「なん、で……? 体に力が、入らな、ぃ……!?」
「別に不思議なことはねぇだろ。おまえが周りにしたのと同じことをしただけだ」
顔を青ざめさせるレックスに説明し、俺は無造作に近づいていく。
「全く、ヘタクソがよ。こういうのは狙った相手だけを屈服させるのが効果的なんだよ。周りにいる人間全員を潰したところで、余計な反感しか生まねぇってのに……」
いやぁ、違うか。
レックスの場合は、そもそも狙った人間を潰すだけの技術もなさそうだ。
周りを威圧できればそれでいいとでも思ってんだろ。お粗末な話だ。
「てめぇ!」
「このガキがァ!」
キーンとクーンが、二人して俺に向かって殴りかかろうとしてくる。
それに対し、俺は連中を軽く一瞥するのみ。それだけで、
「ひ、ァ……」
「うひッ、ィ……ッ」
二人はレックス同様、その場に尻もちをついてしまう。
どちらも、険しかった顔つきは一瞬で恐怖に染まり、顔色も青ざめていた。
「ぉ、おい、キーン! 何をしているんだ、クーン!? 何て無様な……ッ!」
レックスが手下二人を見回してわめき出すが、一番無様なのはおまえですよね?
「なぁ、レックス・ファーレン」
「ぐ……ッ」
立てずにいるレックスを呼んで振り向かせ、俺はおもむろに右足を上げて見せる。
「じっくりと味わえ。これが、靴底の味だ」
そして、そのままレックスの顔面を、右足で踏みつけてやった。
皆が見ている前で、踏まれたレックスの頭が床にぶつかってダンッと音を立てた。
「ぐ、ぁぁぁぁぁあぁぁあぁああああああああああ!?」
痛みと屈辱から、レックスは悲鳴ともつかない叫びをその場に迸らせる。
だが、全然楽しくないなぁ。やっぱり、これは全然楽しくないぞ。
「ほぉ~れ、グリグリグリグリ」
俺は、こいつがウォードさんにそうしたように、靴底で顔を踏みにじってやる。
「がああああああああああああああああああァァァァァァァァァ――――ッ!?」
響き渡るキラキライケメンAランク様のあられもない悲鳴。
いや~、しかし楽しくないなぁ、これ。
「わかんねぇ~、何でこんなことして笑えてたんだ、さっきのおまえ……」
「ぉ、お、おまえ! 僕の、この『勇者候補』の僕の頭……、ぎゃああああ!?」
まだ寝言を抜かしてるので、目が覚めるように踏みつける足に力を加えてやった。
これでもまだ目が覚めないのかなぁ~。これは寝坊助さんですね~。
「そういえば、レックスさんよぉ~」
右足にちょっと力を加える。
「あああああああああ! ぐぎッ、ィ、あああああああああああああ!?」
レックスの悲鳴が一層大きくなる。
「あんた、冒険者のランクに随分とこだわりをお持ちのようだがよぉ~」
右足にちょっと力を加える。
「あ、あぁ、あ! 痛い! 痛い痛い痛い! ぃぃぃあああああああああああッ!」
レックスの悲鳴が一層大きくなる。
「しがないGランクの俺にこうして頭を踏まれてるAランクがいるらしいぜぇ~? 情けねぇと思わねぇか? なぁ、アヴェルナ最強のAランクさんよぉ~?」
「あああああああ! 顔が潰れ、潰れるゥ! やめ、やめでェェェェェェェェェ!」
「いやだね」
舌を打ち、俺はそう答える。
こいつの頭を踏んでも楽しくない。が、言うことを聞くのはもっと楽しくない。
俺は楽しくないのが何よりも嫌いだ。
だが『かなり楽しくない』と『最悪に楽しくない』の二択なら、俺は前者を選ぶ。
「もういい、十分だ! ビスト、それ以上はやめろ!」
「そうだよビスト君、さすがにやりすぎだよ!」
が、ここでウォードさんとラーナの二人が俺にストップをかけてくる。
「ああ、そう? うん、わかったわ」
二人に止められては、俺も従わざるを得ない。
さっさと足をどけると、レックスがすごい勢いで駆け出して俺から離れていった。
「ひぁぁぁあああッ! ぅあああああああああああああああぁぁぁ~~~~!」
アヴェルナ最強のAランクさんは、泣きべそかきつつギルドをあとにする。
「レ、レックスさ~ん!」
「待ってくださいよ、レックスさぁ~~~~ん!」
急いであとを追いかけるキーンとクーンの凸凹コンビ。
あれでもCランク冒険者らしいですよ。えー、うっそー、面白……、くはないか。
捨てゼリフの一つも残せない辺り、つくづく三流な連中だなって思った。
「さて……」
俺は向き直って、酒場の方へを視線を移す。
そこには、揃ってきょと~んとしたまま、俺を見ている同業の皆さんに職員さん。
――やってしまいましたねぇ、ビスト・ベルよ!
どーするよ、この空気!
どーするよ、この現状!
どーするよ、この視線!
聞かれるよ、絶対聞かれるよ。
どうしてAランクより強いんですかって絶対聞かれるからね。俺は詳しいんだ!
うああああああああ、辛い。しんどい。刺さる視線が痛すぎる。
この、気まずく気まずくひたすら気まずい空気は、あまりにも俺特攻すぎる。
やめろ、やめてくれぇ。
俺は別に目立ちたくなんてないんだァ~!
「なぁ、ビスト、おまえさん――」
場にいる皆を代表するかのようにして、ウォードさんが俺に近寄ってくる。
だが、そのときだった。
「
突如として場に響く、凛とした声。
それに続いて打ち鳴らされる、何かを称賛する拍手の音。
声は、酒場ではなくギルドのカウンターの方から聞こえてきた。
俺やウォードさん、ラーナ含めた他の皆も、一斉に声のした方へと顔を向ける。
そこにいたのは、眼鏡をかけた濃厚な蜂蜜色の髪をしたエルフの女性だった。
術師のローブを着ているが、それでもハッキリわかる胸部の盛り上がりがヤベェ。
外見年齢は二十代半ばから後半ほど。
やや垂れ目で、左目のすぐ下に泣きぼくろがあるのが大きな特徴だ。
のんびしりとしてそうな顔が、眼鏡もあって落ち着き払った印象になっている。
大人びた知的美人。もしくは余裕たっぷりのお姉様。そんなところだ。
「クラリッサ、おまえ、まだ仕事してたのか!」
彼女を知るウォードさんが、その名を呼んで驚きを露わにする。
呼ばれたクラリッサという女性の方は、彼に優しく笑いかけてから、首肯をする。
「肯定。たった今、仕事が終了したところでマスター」
そして、この語尾。
そう、この人こそはアヴェルナの街の冒険者ギルドのマスター。
毎度毎度、変な企画を立てては職員さんを恐怖のどん底に追いやる名物エルフ。
その名をクラリッサ・エルネスティアと――、何か、強烈な視線を感じる。
「凝視」
こっちを見るなッッ!?
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