第32話 人生、楽しくいきまして

 夜の花畑で一緒に寝そべって、ラーナから話を聞いた。


「冒険者ギルドに行ったらビスト君がいなくて、結構探しちゃった」

「すいませんでした……」


 結局は、ラーナに謝る俺だった。

 いや、謝るしかないっしょ、こんなのさー……。


「それにしても、よくここだってわかったな」

「アルエラ様の孤児院にもいなくて、冒険者ギルドにもいないから、ここかなって」

「本当にすいませんでした……ッ!」


 これ、ラーナは俺のことけっこー探したよ? 間違いないよ?

 ただでさえ、こいつ方向音痴だからね? 探しつつ迷ってたのも間違いないよ?

 うわああああああああああああああ、ひたすら申し訳ねぇ!


「別にいいんだ、フフフ~♪」


 だけど、彼女は笑って、俺の腕にしっかりとすがりついてくる。

 隣に見る笑顔は本当に嬉しそうで、俺も同じように嬉しくなってくる。

 が、同時に罪悪感も増す。うぎぎぎぎッ!


「あ~、ビスト君、わたしがいいって言ってるのに、まだ悪いと思ってる」

「それはしょ~がなくない? だってさぁ……」

「いいったらいいの。わたしが許してるんだから、ビスト君も自分を許してあげて」


 う~~~~ん、そう言われては仕方がない。

 自責の念は拭えないが、それを表に出すのは控えよう。


 いや~、それにしてもラーナはいい子だぜ~。

 可愛いしスタイルいいし、性格も優しいしな~。俺の彼女最高だぜぇ~~~~!


「…………」


 ふと、今の自分を省みた俺は思った。

 あ、これがバカップルの思考ってヤツなんだな……。


「どうしたの、ビスト君? 笑ったり苦い顔になったりして」

「いや、何でもないです……」


 ヤバイヤバイ、恋人になったからって急激に態度を変えるのもいかんぞ。

 今まで孤児院の先輩に女で失敗した冒険者の話を散々聞かされたはずだぞ、俺。


「でもさぁ……」


 俺は、ふとラーナの顔を見る。


「どうしたの?」

「…………」

「え、え? ビスト君、顔のパーツが真ん中に集まってるよ?」


 これは渋い顔というんです。

 いや、別にラーナに渋い顔してるわけじゃないんよ。


「おまえさぁ――」

「う、うん……」


「そんな可愛いのはズルいと思うよ?」

「ええッ!?」


 俺が抗議したら、何故かラーナに驚かれてしまった。

 待ってほしい。どうしてそこで驚くのか。俺は至極真っ当な抗議をしただけだぞ。


「か、可愛い……?」

「当たり前だろ。いや、こうなる前から可愛いとは思ってたけどさ」

「うぅ~……」


 重ねて言う俺に、ラーナは顔を赤くしてさらに強く腕にしがみついてくる。

 ほら、その仕草がすでに可愛いという事実に、早急に気づいてほしいものである。


「…………」


 あれ、もしかして俺、かなり冷静さ失ってる?

 もしそうだとしても仕方がない。だって『私』もロクに恋愛経験ないんで……。


 ミミコ達『五禍将フィフステンド』も、妹とか家族みたいな感覚だったし。

 しかもあれだぞ、別に団らんなんてない冷め切った家族だぞ。

 そう考えると、本当に『私』の人生、何一つ楽しくなかったんだな。暗黒か。


「あの、ビ、ビスト君……?」

「ほい?」


「ビスト君も、か」

「か?」


「かっこいいから、ね……」

「…………」


 あ、ヤバ。

 熱い熱い熱い熱い。顔が熱い。ヤベッ、何これ。何これ!? うわうわうわ!


「ぁ、ぁ、あ~……」


 ありがとうの一言を出したいだけなのに、口が上手く動いてくれない!


「ぁ、ぁりがと……」

「うぅん、こっちこそ、ありがと……」


 何とかお礼の言葉を言うと、言い返されてしまった。

 その、恐縮してるようで恥じらってるようで、でもこっちを上目遣いに見る仕草。


 ハイ、止まった!

 俺の心臓、今、確実に一回止まったよ!


「これからもよろしくね、ビスト君」

「ああ、俺のこそ、よろしくな」


 だがお互い、存分に照れながらもそれだけは淀みなく言うことができた。

 同時に実感する。俺とこいつは、今日から新しくスタートを切るのだ、ってこと。

 それがたまらなく嬉しくて、楽しい。


 結局、俺とラーナはそのまま、アヴェルナ平原の花畑で朝まで寝てしまった。

 春のあたたかさのおかげで、二人とも風邪はひかなかったのが救いだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――アヴェルナの街の冒険者ギルド。


「やっと今日から復帰です」

「ビスト君、まだ花の匂いがついてるよ」


 街に戻った俺とラーナは、一旦、それぞれが部屋代わりに使ってる宿に帰った。

 それから着替えて、街の公衆浴場でひとっ風呂浴びて、今、ここ。


「ちなみにラーナ君」

「何かな?」


「俺ら、今、Dランクだよね?」

「そうだね。でも、いつでもCランク昇級試験受けられる状態だし、多分、ダンジョン攻略がその昇級試験扱いになるだろうから、事実上Cランクだね、わたし達」

「…………」


 事実上のCランク、Cランクかー……。


「あのさ、冒険者ってさ、Cランクからが本番、みたいな風潮あるじゃん?」

「そうだね。あのレックスさんも、Cランクの人とは普通に接してたし、Cからは次のランクへの昇級試験を受けられるレベルも跳ね上がるからね」

「…………」


 冒険者ギルドの扉を前に、俺は昨日のように、踵を返そうとする。


「ビスト君?」


 だが、今日は後からラーナにガッシリと肩を掴まれてしまった。


「どこ行くのかな?」

「いや、今からギルドに行くと、また目立ちまくる未来しか見えなくて」


「仕方がないよね。わたし達、史上最速でCランクになった冒険者だモン」

「やめろォォォォォォ!?」


 俺は、頭を抱えて絶叫した。

 史上最速Cランク到達。史上最速Cランク到達ッ!


 な、何とおぞましいワードだ。おぞましすぎて震えしか出ない。

 俺は、目立ちたくなどないのだ。

 この俺は冒険者として、そこそこ成功して、適度に楽しめればそれでいいのに。


 そうだよ、地位も名声も俺には無用。人気なんかゴミ。有名税とか冗談じゃない。

 あくまでも俺は『慌てず、騒がず、目立たず、気楽に』冒険者をやりたいのだ。


「ビスト君、諦めよ?」

「待って、ラーナ! 笑顔で俺の腕を掴むな、引きずるな! うおおおおおッ!?」


 ちょ、力、強ェ!?

 えええええええええええ、ラーナさん、虚弱設定はどこ行った、おまえェ!


「これからはちゃんとわたしもビスト君のこと、引っ張ってあげられるようになるからね。わたし、頑張るから。ちゃんとそばで見ててね、ビスト君!」

「物理的に俺を引っ張れてる時点で見るまでもないんですよォォォォ――――ッ!」


 そうして、俺は彼女に引きずられて、冒険者ギルドへと入っていった。

 すると、中にいた冒険者達と職員が俺達に気づき、一斉にこっちに注目してくる。


 ヤダ~! 見るな~!

 普通の依頼を細々と受けに来ただけなんだ、俺は~~~~!


 だがそこに、ウォードさんが軽い足取りで現れる。

 彼は俺を見るなり、こう言った。


「お、やっと来やがったな。未来の『英雄』、未来のSSSランクよ!」


 だから、そういうのやめろ!


「俺は、ただ気楽に冒険者がやりたいだけなのにィィィィィィィィ――――ッ!」


 午前中の冒険者ギルドに、かわいそうな俺の悲鳴がこだまする。

 そんな風に騒げる俺は、きっと人生を楽しめてはいるのだろうとも思いつつ。


 なぁ、ビスティガ・ヴェルグイユ。

 おまえからもらった『力』で、俺の人生は早速大変なことになったよ。


 だけど、この『力』がなければ、きっと色々と楽しくないことになっていた。

 だから俺は礼を言うよ。おまえが押しつけてきた、このありがた迷惑な『力』に。


 そして、見てろよ『至天の魔王』。

 俺は、おまえの分までちゃんと人生、楽しんでやるからな!


 だけど、目立つのだけは勘弁な!

 俺は、名もなき中堅モブ冒険者になりたいだけなんだァァァァァ――――ッ!


 ――『第一部・完』。

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