第5話 初依頼を受注しまして

 謝り通し。


「すみません。本当にすみません!」

「本気ですみません。マジでごめんなさい!」

「いやぁ、いいですよ~。全然、大丈夫ですから~」


 ラーナと俺が、一緒になって職員さんに頭を下げ続ける。

 相手はラビ姉ではない。

 ラビ姉と一緒に新しい鑑定水晶を持ってきてくれた、男性のギルド職員だ。


 何について謝っているかといえば、もちろん水晶を壊してしまった件についてだ。

 本来であれば謝るべきは俺一人、しかし、ラーナも頭を下げている。


 それも俺のせいですね、はい。すいません。

 罪悪感が骨身に染みわたっているので、俺は謝り方にも熱が入る。


「すいません! マジですいません! ホントに、ホンットにすいませんでした!」

「え、いや~、大丈夫ですってば~」


 だが、やたらのんびりしたしゃべり方の職員さんは、許してくれた。


「使ってた鑑定水晶も結構古かったし~、いい機会だったよ~。それに~、僕達としてもいいものを見せてもらったから~、やった~、みたいな感じで~?」

「「やったー、みたいな……?」」


 意味がわからず、俺とラーナは声を揃えて共に首をかしげる。


「鑑定水晶を壊すような素養の持ち主なんてギルドでも初、前代未聞だよ~? それを現場で生で拝めたのは、運がよかったな~、ってね~」

「ああ、なるほど……」


 ヤバイな。ギルド初、前代未聞か。

 俺のことではないとはいえ、ラーナに注目が集まりやすくなるな、これ……。


「そ、そうなんですか!」


 だが、俺の危惧をよそに、ラーナは随分嬉しそうである。

 職員さんの言葉に、口に手を当てて驚きつつも、瞳はキラキラしておる。


「わたしが、ギルド初? わたしが、前代未聞!? ……わたしがッ!」


 あれ、もしかして、俺って別に責任を感じないでもいいんじゃね、これ?

 ラーナさん、完全に悦に浸ってるんだが? むしろこいつ、水晶壊れて得してね?


 いや、でも、そういうことじゃないか。

 仮にラーナが得してるだけでも、俺がこいつにやったことが消えるワケでもなし。

 それで俺が『ま、いいや』で放り出すのは、俺が楽しくない。


 そうそう、楽しくない。

 これ重要ね、楽しくない。人生にあってはならない概念だぜ、そいつは。


「……そういえば」


 俺が考え込んでいるところに、ふと、ラーナが言ってくる。


「職員さんは、特に語尾が変じゃないんですね」


 やっぱりこいつもラビ姉の語尾は変だと思ってたか。


「ああ、僕は語尾クジでアタリを引いたから~。語尾を伸ばすだけで済んだよ~」


 語尾クジ。

 このギルドのマスターは本当に大丈夫なのか? 本当に本当に大丈夫なのか?


「それじゃ~、初依頼がんばってね~、期待のルーキーさ~ん」


 別れ際、職員さんがそう言って俺達を応援してくれる。ラーナも嬉しそうだ。

 が、そこで『期待』とか『ルーキー』とかいう物騒なワードを使うな。頼むから。


「行こう、ビスト君!」

「へいへい」


 ラーナさんが嬉しそうでよかったなー。ハハハハー。


「おい、あいつらが例の『天才』と『万能』だぜ――」

「片方がSS適性持ちで、もう片方が素養・適性オールBだってよ――」


「ひそひそ――」

「ひそひそ――」


「……勘弁してくれ」


 俺は、背中に突き刺さる多数の冒険者達の視線を感じつつ、片手で頭を抱えた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 冒険者の初依頼の王道といえば、そう、『薬草採取』だ!


「並ばないで済んだね~」


 ギルドを出て、受け取った依頼表を片手に、ラーナがそんなことを言ってくる。

 隣を歩いている俺は、ギルドで借りた薬草運搬用のかごを背に担いでいる。


「新人冒険者は専用の受付カウンターがあるからな」


 初期ステがいかに高くとも、冒険者は全員、最低のGランクからスタート。

 だが、このGランクこそ事実上の冒険者の研修期間。そして実技試験でもある。


「ラーナ、その依頼票、見てみろよ」

「え?」


 言われたラーナが、依頼票に目を落とす。


「何て書いてある?」

「えっと『依頼内容:薬草採取。下記一覧に記載されている薬草のうち最低一種類以上を必要量採取し、納品すること。納品の際、別途で他の実績品を含めることも可能。当依頼票の実効期日は発行より24時間以内。報酬は銀貨8枚(納品の内容により別途報酬支払いあり)。達成時、経験点3+α点付与(Gランクの場合のみ)』」


 ラーナが、スラスラと依頼票の内容を読み上げていく。

 そして、読み終えた直後に「あれ?」と不思議そうに首をひねった。


「どうだ」

「何か、別途とか、+αとかが目立つような……」


 そうだ、そこがGランク依頼の隠れた意味。いや、いっそ本旨といってもいい。


「こいつは、院の先輩の冒険者から聞いた話だから聞きかじりなんだが」

「うん」


「その『他の実績品』の内容によっては、+α分の経験点で、いきなりFランクを飛び越えてEランク昇級試験に挑めるレベルまでいける場合もあるらしいぞ」

「ええッ!?」


 こいつは、ギルドによるある種の選別だ。

 ちょっと頭の回るヤツなら、この依頼票の真の意図に気づけるだろう。

 さらに、やる気のあるヤツなら、実績品を持ち帰ることに力を尽くすはずだ。


 だが、自己管理できないヤツはそこで思わぬ負傷をする場合もある。

 力はあれど自己管理できないヤツは、ギルドとしてもあまり頼りたくはなかろう。


 無論、欲をかかず地道に薬草採取だけがんばるのもあり。それだって一つの道だ。

 地道に、コツコツと、欲を出さずに積み重ねていく。

 最終的にギルドから信頼を得られるのは、そういう人材だろうしな。


「レベル1からスタートするGランクは、お試し期間なんだよ。次のFランクにはレベル2でなれる。しかも、Fランクへの昇級試験はない。レベル2になれば、みんな自動的にFランク昇格だ。……言ってること、わかるよな?」

「冒険者の本当のスタートは、Fランクから、ってことだよね」


 そういうことだ。

 レベル2に上がるのに必要な経験点は10点。薬草採取を4回がんばれば届く。


 薬草採取だけでなく、他のGランク依頼にも似たような+αボーナスはある。

 だが、街の外に出る機会があるGランク依頼は薬草採取だけだ。

 それが薬草採取が『初依頼の王道』と呼ばれている所以である、ってことらしい。


 なお、Fランクに上がった時点でGランク依頼の受注は不可能となる。

 Gランクは実質、ギルドが設けた研修用のランク。当たり前の話ではあるよな。


「この、他の実績品っていうのは、どんなの?」

「そうだな、例えば依頼票の薬草リストにはない希少な薬草とか、魔物の素材とか」

「魔物の素材……」


 それを聞いて、ラーナの顔がやや険しくなる。

 魔物を退治して素材を獲得する、いわゆる討伐依頼はEランク以上が最低条件だ。

 それよりも二つ下のランクの俺達は、受注が認められていない。


 だが、このGランクの+αボーナスに限っては魔物素材も納品が認められている。

 それをどう考えるかは、冒険者自身にゆだねられるワケだ。


「この辺だと、湖畔に住んでるスライムの核とか、森オオカミの牙か骨か毛皮か」

「魔石が手に入ったら、どうすればいいかな」


 ああ、魔石もあったな。

 魔石は、魔物が体内に宿してるもので、魔物の持つ魔力の結晶体だ。

 ギルドに納品すれば、報酬とは別途で金がもらえる。


 これは『力量の水薬プラスポーション』の原材料の一つにもなっているらしい。

 レベル上昇時にギルドから支給される、能力強化用のポーションである。


 中には、スキルを獲得できる『技巧の水薬スキルポーション』なるものにできる魔石もあるんだとか。

 何とも夢が広がるお話じゃりませんか。


 が、その製法は冒険者ギルド側が徹底的に管理しているため、完全門外不出。

 そのため、魔石だけあっても『力量の水薬』は作ることができない。


 ただ、依頼報酬以外の換金できる貴重なアイテムなので、入手できると嬉しいな。

 ちなみに魔石にもランクがあり、高ランクの魔石になると価値が跳ね上がる。


「っつっても、スライムとか森オオカミからは滅多に魔石は出ないぞ」

「そうかもだけどー」


「仮に手に入ったら、ギルドに売って、おまえの装備を揃えるか」

「え、そんな、いいの?」


「ああ。おまえは体が弱いからな、魔石でそこを補えるなら、それが一番いい」

「……ビスト君」


 ラーナは何やら感激している様子だが、俺はその、別に必要ないんで。

 さすがにそれは言えないからね。ここもラーナ優先という名の押しつけを発動!


「ふふ~♪ ありがとう、ビスト君!」

「お、おぉい!?」


 いきなり、ラーナが自分の腕を俺の腕に絡めてくる。

 ちょ、待っ、ぁ、あの、肩に柔らかなモノが、あ、当た、当たって……!?


「わたし、アヴェルナの街から出るの初めてなの、だから楽しみ!」

「ぁ、ああ、そういえば、そうだったよな」


 そうか。こいつは今日初めて、街の外を見るのか。

 だったら、こいつが『よかった』と思える結果になるよう、俺もがんばるかー。


「一緒に頑張ろうね、ビスト君! えいえいおー!」

「あ、はい、あの、えいえいおー。……そろそろ腕離せ? あの、む、む」


 胸、の一言がどうしても言えない俺は、ヘタレではない。と、思いたい……。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ちょっとした疑問。

 花畑って、別に畑じゃないのに何で花畑っていうんだろうな。


 そう思うくらいには、目の前は花畑。

 赤、蒼、紫、黄色にピンク。大きな花、小さな花、色とりどりでより取り見取り。


 細い茎の上に大きく咲いた花々が、風に揺られてこちらにまで匂いを運ぶ。

 たっぷりと蜜を含んでいるからだろうか、香る花の匂いの何とも甘ったるいこと。


「わぁ、わぁぁ、わぁぁぁ~~~~!」


 見てくださいよ、このラーナのはしゃぎっぷり。さっきよりも瞳が輝いておるわ。

 ここはアヴェルナ平原。

 街の西側の街道を一時間進み、そこから南に外れて一時間ほどの場所だ。


 街の名前の由来ともなった場所で、春になるとこうして様々な花が咲き乱れる。

 ここに満ちる甘い香りは、風に乗ってアヴェルナの街まで届く。

 それは『蜜の風』と呼ばれ、冬の終わりと春の到来を告げる目印となっている。


「わたし、こんなたくさんの花を見るの、初めて! すごい、きれい!」


 花畑に近寄って、ラーナがかがんで花の匂いをいっぱいに吸い込む。

 こいつ、ここに来るまでは割と息切れとかしてたけど、完全に復活してますねぇ。


 けど、それもそうか。

 今、こいつ自身が言った通りに、初めて見る『街の外の景色』なのだから。


 俺は、実はここには何度も来たことがある。

 院の先輩の冒険者の薬草採取のお手伝いをして、お駄賃をもらっていた。


 だからこの光景は初めてではない。

 でも、ラーナを見ていると、俺も初めて見たときの嬉しさが蘇ってくる気がする。

 もう何年も前の話だけど、とても鮮烈だったのを覚えている。


「おい、コラ。花に見とれてるのもいいけど、お仕事しますよ」

「わ、わかってるモン! 薬草採取、始めましょ!」


 さてさて、いよいよ冒険者としての初依頼の開始である。

 とはいっても、薬草を必要な分、採取するだけ。

 その薬草のほとんどが、ここに咲いてる花のうちのどれかなんだなー、これが。


 薬草の外観などは、実は冒険者ライセンスを握ると脳裏に浮かんでくる。

 冒険者ライセンスは、基礎的な知識を詰め込んだ簡易データベースでもあるのだ。


「この辺は希少薬草とかはなさそうだな。じゃ、普通に摘むか」

「は~い!」


 はい、いいお返事ですね。

 俺とラーナは、そこから手分けして薬草の採取を始めた。


 薬草は、花に薬効があったり、根に薬効があったりと様々だ。

 二人で手にした小さいシャベルを使って、薬草を次々に採ってかごに入れていく。


 昼食は街で済ませて、今は午後。

 春の温かな日差しの下で、俺とラーナは一生懸命薬草を集めていく。


 緩やかな風が、汗を冷やして俺の体の温度を下げる。

 何て、心地いい風だろうか。

 俺は今、確実に自分のやっていることを楽しんでいる。


「気持ちいいね」


 近くを掘っていたラーナが、そう言って笑いかけてくる。

 額に汗するその顔に浮かぶ笑みはそれこそ花のようで、俺は一瞬ドキリとする。


「ああ、そうだな」


 何とか取り繕って、そう返した。

 二人で、花の香りに包まれて、共に汗をかいて仕事をする。

 たったそれだけのことなんだけど、すごく充実している自分を感じる。


「ねぇ、ビスト君」

「ん~?」

「ここで急に出現災害ランダムエンカウントとか起きたら、怖くない?」


 出現災害ってのは、何の前触れもなく強力なボスモンスターが現れる現象をいう。

 発生原理は謎とされているが、魔王の記憶を持つ俺は知っている。


 あれ、単なるモンスターの魔力の暴走による空間転移なのだ。

 強い魔力ってのは、暴発すると空間とかを歪める。それで発生する現象だ。


 ま、発生確率なんてそれこそべらぼうに低いから気にするほどでもないんだが。

 でも、過去にはそれで街が滅びたりとかもあるらしい。偶然ってのは怖いモンだ。


「おまえさぁ、人が気持ちよく仕事してるときに、何でそういうこと言うの?」

「ごめんなさぁ~い!」


 ラーナは大声で謝るが、こいつ、ちっとも悪いと思ってないよ。わかるよ、俺は。


「出現災害なんざそうそう起きてたまるかっての」

「うん、そうだよね。ところで、出現災害が起きるときの前兆って知ってる?」


「あ~? 何か景色にヒビが入るとかいう、アレか?」

「そうそう、ちょうどあんな感じに」


 ラーナが指さした先で、空間に亀裂のようなモノが入っているのが見える。


「ああ、そうそう。あんな感じ、あんな感じ」

「うんうん、多分あんな感じだよね~」


 そして同時に止まる、俺とラーナ。


「「…………え?」」


 俺達が見ている前で空間の亀裂が広がり、轟音と共に世界が破れた。

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