第4話 パーティーを組むことになりまして

 水晶球が、ビキッと割れている。

 俺、ポカ~ン。


 黒曜石の板が、バキッと砕けている。

 ラーナ、キョト~ン。


 鑑定水晶が、完膚なきまでに壊れている。

 ラビ姉、完ッ全に目が点。


「…………え?」


 俺達三人だけ静まり返る中、ラビ姉の驚きの声がやけに大きく耳に響いた。


「あ~……、ぁ?」


 あ、いかんわ。俺も理解が追いついてない。


「おい、何だ、今の音……?」

「見てよあれ、鑑定水晶、壊れちゃってない……?」


 放心しかけているところに聞こえてくる、周りの冒険者達の声。

 それで俺は我に返った。うわ、マズい。これはマズい。


 さっきまでラーナが注目されてたのに、これじゃあ俺の方に目が集まってしまう。

 それは勘弁してほしい。

 俺は『慌てず、騒がず、目立たず、気楽に』やっていきたい。


 これで変に注目を浴びて、結果、妙な期待を背負わされるような展開は絶対無理。

 いいじゃん、期待するならラーナにしてくれよ。こいつ、天才なんだろ?


「…………あ」


 だがそのとき、俺に電撃走る。

 思いついてしまった。地獄のような発想。悪魔的アイディア。乾坤一擲の名案を。


 こんなことを考えついてしまう自分の頭脳が恐ろしい。

 いや、これも魔王の力の一端かもしれない。だとしたらやはり恐るべきは魔王だ。


 しかし、このままでは俺の冒険者人生はスタートから望まぬものとなってしまう。

 それを回避するために、やるしかない。やるしか。


「な、なぁ~んだよぉ~!」


 冒険者達がざわつく中、俺はさりげない演技で髪を掻きながら声を張り上げる。


「え、ビスト君? どうしたの?」

「勘弁してくれよな~、ラーナったらよ~!」


「わたし?」

「そ~だぜ~! おまえの才能がすごすぎて、鑑定水晶壊れちゃったじゃんか~!」

「ええええええええええええええええええええええ!?」


 ラーナが仰天する。

 そう、俺が思いついたのは、全部ラーナのせいにしちまえ作戦であった。

 最低だ、我ながら最低の作戦すぎる。


 だが、すまん、ラーナ!

 俺は今日から始まる冒険者ライフを、無難で気軽で気楽な感じでいきたいんだ!

 そのために、あえて『不世出の天才』の汚名をかぶってくれ、ラーナ!


「そんな、わたしが原因なの……?」

「それ以外に何があるってんだよ~? 俺に壊せるわけねーだろ、こんなのさ~」

「う~ん、そ、そうかも? この鑑定水晶も、結構古いしな~……」


 よし、ラビ姉が悩み顔ではあるが、こっちに有利な感じのことを言っている。

 ゴリ押しだ、ここでゴリ押しをするのだ!


「そうだって、絶対そうだって! 神官適性がSSなんて初なんだろ!?」


 トドメとばかりに俺がそれを言うと、周りが一際大きくどよめいた。


「し、神官適性がSS!?」

「そんな、あ、あんな女の子が……!」

「スゲェな、初めて聞いたぜ、SS適性なんて……」


 よしよしよしよし! 風向きが変わってきたぞ~!

 だけど、ラーナ、ごめん! これは本ッ当に、ごめん……!


「ビストの素養鑑定が終わってないから、予備の鑑定水晶持ってくるピョン」

「はいよ~」


 なかなか温まってしまった周りは、この際無視することにする。

 どうせ、もうあいつらは俺のことは眼中にない。全員がラーナに注目している。


「……信じられない」


 ラーナ当人は自分が水晶を壊した事実に、またしても呆然となっている。

 が、こいつのことだ、我に帰ったらラビ姉に壊したことを謝り倒すんだろうな。


 それはさすがに俺も見ていられないので、一緒になって謝ろう。

 俺が注目されることは避けられたが、さすがに責任転嫁が過ぎるからなぁ……。


「さて――」


 ラビ姉が他の職員と一緒になって鑑定水晶を取り換えている。

 新しい水晶が設置されるまでの間に、俺は自分自身の手で素養鑑定してしまおう。


 鑑定水晶を触った際に、水晶が持つ魔法の術式は解析しておいた。

 その術式を再現して、自分に向かって行使。

 すると、頭の中に今の俺の実力が、イメージとして浮かび上がってくる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


◆ビスト・ベル

 ジョブ:魔王

 レベル:****(測定限界超過)

 ランク:****(測定限界超過)


・ステータス

 生命:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 魔力:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)


 筋力:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 敏捷:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 器用:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 知性:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 精神:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)

 幸運:****(測定限界超過)/****(測定限界超過)


・保有適性

 魔法属性:全/****(測定限界超過)

 魔王適性/****(測定限界超過)


・保有技能

 白魔法:レベル****(測定限界超過)

 黒魔法:レベル****(測定限界超過)


 赤魔法:レベル****(測定限界超過)

 青魔法:レベル****(測定限界超過)


 金魔法:レベル****(測定限界超過)

 銀魔法:レベル****(測定限界超過)


 錬金術:レベル****(測定限界超過)

 召喚術:レベル****(測定限界超過)

 魔剣術:レベル****(測定限界超過)


 他、すごく色々:レベル****(測定限界超過)


―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!

 な、何じゃこりゃああああああああああああああああァァァァァァ――――ッ!?


 何だよこのチートステ! そりゃ鑑定水晶だって爆発するわ!

 天才とかそういうレベルですらない。『測定? 無理♪』のオンパレードやんけ!


 クソ、実感がなかったから油断してた。

 魔王の力、バチクソとんでもねぇわ。何てモンを俺に与えやがった、あの魔王!


 いかんですよ、これはいかん。

 こんなの絶対誰にも見せられないって。何だよ、ジョブ『魔王』って!?


「……よし、改竄しよう」


 俺は即座に決意した。

 鑑定水晶の術式はもう理解している。俺の素養判定のときに結果を改竄しよう。

 ラーナよりは弱くて、だけど十分役には立ちそうな『ザ・中堅』って感じで……。


 中堅。

 いい言葉だよね、中堅。


 ちょっと強めのモブって感じが実にグッド。

 派手さなんかいらない。堅実に仕事をこなし、重要な責任からは全逃れ。

 まさに俺が理想とするポジションだ。


「ビスト~、準備できたピョンよ~!」

「おっと、わかったぜ~」


 新たに設置された鑑定水晶に、俺はペタっと手を触れる。

 もちろん、自分の力は限界まで抑え、魔法ハッキングによって表示を改竄ですよ。

 その結果――、



―――――――――――――――――――――――――――――――――


◆ビスト・ベル

 ジョブ:-

 レベル:-

 ランク:-


・ステータス

 生命:35/B

 魔力:35/B


 筋力:7/B

 敏捷:7/B

 器用:7/B

 知性:7/B

 精神:7/B

 幸運:7/B


・保有適性

 魔法属性:火/B・風/B

 剣士適性/B

 盗賊適性/B

 術師適性/B


・保有技能

 剣技:レベル1


―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ふふん、どうよコレ。

 この、見事にひらべったくて特徴のない初期ステータスは。


 平均的な冒険者ってヤツはこういうのを言うんだぜ。

 やや平均値が高いかもしれないが、SとかSSに比べればまるで見劣りするだろ。


 魔法属性もラーナに届かない二色属性で、代わりにジョブ適性は多めにした。

 活躍できる場面が多ければ、食いっぱぐれることはないだろうからな。


 だがそれも突出した適性ではない。あくまで平たく、目立ち過ぎない程度だ。

 我ながら見事なバランス感覚というほかない。


 まさに『理想的な普通の冒険者』の素養。どう見てもモブ。

 ラビ姉のリアクションも「へ~」くらいで済むに決まって……、


「うっわ……」


 ――――おや?


「何ですかね、ラビ姉様、そのドンビキってツラは?」


 リアクションも顔つきも、ラーナのときとまるっきり一緒なんですけど……。


「ビスト……」

「はい」


「あんたも十分異常だわ」

「な~んでだよッ!?」


 俺はB適性ばっかやぞ、そんなのSSのラーナに比べれば全然劣ってるだろ。

 それが何で異常呼ばわりされなきゃいかんのですか。ですか!


「ラーナちゃんのときも言ったけど、素養はBが一つあれば十分スゴいんだって!」

「あ」


 そういえば、そんなことも言ってた、かも……?

 ヤッベ、水晶破壊の隠蔽とステ改竄に必死になりすぎてその辺すっかり忘れてた。


「なのに、オールB? 何、オールBって? しかも魔法属性二色に、ジョブ適性が剣士と盗賊と、術師? ……何なのよ、この絵に描いたような『万能』さは!?」


 し、しまったぁ~~~~!

 このラビ姉の反応、どう見てもこっちの目論見失敗してるヤツ~~!


 そうか、B一つで十分だったのか。

 やるならオールC、いや、いっそDでよかったかもしれない。しくじった……。


「オールBだと……!?」

「あの貧相なガキが、そんな『万能』ステを……?」


 ああああああああああああ、痛い痛い痛い痛い。

 今度こそ間違いなく、周りの視線が俺に突き刺さってるよ~、俺に!


 だけど、今度ばかりはやり直しがきかない。

 もう目の前にハッキリ出ちゃったモンよ、初期ステータス。


「はい、登録完了ピョン。これが冒険者ライセンスだピョン。大事にしてピョン!」


 周囲から注がれる視線に何とか耐えて、俺はラーナと共にライセンスを受け取る。

 それは、手のひらに収まる大きさの金属の板で、表面に情報が刻まれている。


「念のため、説明するピョン。冒険者は誰でも最低のGランクからスタートだピョン。これは特例はないピョン。ギルドから斡旋される依頼を達成すると、そのライセンスに『経験点』が付与されるピョン。その『経験点』が一定値に達するとレベルが上がって、いい依頼が受けられるようになって、自己強化の権利も得られるピョン」


 その辺については、俺もラーナも知っている。

 冒険者は依頼達成で得た『経験点』でレベルを上げ、同時にランクも上げていく。


 ランクを上げるためには、ランク昇級試験に合格する必要がある。

 その試験を受ける条件として一定以上のレベルが求められる、というシステムだ。


 レベルが上がった際には、能力を強化するポーションを与えられる。

 後遺症もなく、自分を強化することができる優れモノだ。

 ポーションを獲得する機会はレベルが上がったとき以外にもあるが、それは割愛。


 そして、レベルにはランク内上限が設定されている。

 例えばFランクなら上限はレベル8、Eランクなら上限は16、という具合に。


 レベルが上限に達すると、経験点が付与されなくなる。

 もっといい仕事受けたきゃさっさと試験をパスしてランク上げろ、ってことだ。

 各ランクのレベル帯の真ん中より上にいけば、受験は可能となる。


 やる気はなくても仕事だけ欲しいやつは、レベル上限のまま低ランクに留まる。

 なんてこともある。むしろ、低ランクの連中はソレか新人かの二択だ。


「ここまでで何か質問はあるピョン」

「はい」


 俺が挙手する。


「ほい、ビスト、何だピョン?」

「やっぱ『ピョン』はイタいっすよ、ねーさん」


「黙れ。死ね」

「死ね!?」


 そんなやり取りもしつつ、一通りの説明を受け、ラビ姉が最後に尋ねてくる。


「二人とも、パーティーはどうするピョン?」


 来た。

 今後の冒険者としての活動方針に深く関わる質問である。


 冒険者ギルドには、誰でも閲覧可能な冒険者名簿が存在する。

 そこに『ソロのみ』や『パーティー希望』など、各々の活動方針も記載される。


 もちろんそれは目安でしかないが、さりとて軽視できるものでもない。

 俺とラーナのような駆け出しともなればなおさらだが――、


「わ、わたしは、その……」


 ラーナが口をモゴモゴさせて、俺の方をチラ見してくる。

 あ~、この反応は身に覚えがありますね~。


「ラーナちゃんは、どうピョン?」


 気づいてない様子のラビ姉が、ラーナの言葉の続きを待っている。

 そこに、俺が口を開いた。


「俺と組むか、ラーナ」

「え、ビ、ビスト君……?」


 ラーナは意外そうな顔をして俺を見るが、それこそ俺には意外な反応だ。


「いや、おまえ、こっち見てたじゃん。……そういうことだろ?」

「えっと――」


 俺が確かめようとすると、見透かされたのが恥ずかしいのか、ラーナは赤くなる。

 だが、こいつのチラ見は大体、希望はあるけど言い出せないときの反応だ。


「うん、わたし、ビスト君とパーティー組めたら、ぅ、嬉しいな……」


 ラーナは俺から目を逸らしつつ、赤い顔のままでそんなことを言う。

 おやおや、小声だが随分と嬉しいことを言ってくれやがりますね、こいつは。


 けど、新規で知り合うより、ダチ同士で組む方が気楽なのはわかるよ。

 それは俺も一緒だ。気心が知れてるラーナなら、色々やりやすい。


 鑑定水晶の件でラーナに負い目もある。こいつの希望はなるべく叶えてやりたい。

 だったら、悩むまでもないだろう。


「じゃあ、組むか。これからよろしくな、ラーナ」

「うん、よろしくね、ビスト君!」


 そして俺とラーナは改めて握手を交わす。

 これにて、パーティー結成だ。ラビ姉に報告だけして、早速初依頼と行くか。


「じゃあ、ラビ姉――」

「あ~、いいわね~、二人してセイシュンしてて。何か無性にコーヒー飲みたいわ」

「何でだよ!?」


 ラビ姉の苦虫を噛み潰したような顔が、やたら不細工だった。

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