第3話 冒険者ギルドにやってきまして

 歩きながら、ラーナが説明してくれた。


「……わたしね、院を出てから、すぐに迷子になっちゃって」

「またかい」

「あ、またって言った……!」


 このラーナ・ルナ、方向音痴である。

 しかも、それに対して自覚がないから厄介だったりする。


「いいかげん、認めな? おまえは方向音痴なんだよ?」

「ち、違うもん! まだ外に出た経験が少ないだけだから、道に慣れてないだけ!」


 と、必死に主張するが、この辺り、孤児院からそこまで離れてるワケじゃないぞ。

 だが、外に出た経験が少ないってのは、まぁ、わかるけどね。


 ラーナは生まれついて強い魔力を宿しているが、代わりに体が強くない。

 孤児院では経営者の神官様に魔法を学びつつ、そばで助手的な役割をしていた。


「で、迷子になってたところに、子供の悲鳴が聞こえてきた――、と」

「うん、そうなの……」


 駆けつけたときのことを思い出してか、ラーナが若干顔を青くする。

 毎度毎度、こいつは変わらないというか。

 荒事に慣れてないクセに困ってる他人を見過ごせないのは、これはもう性分だな。


「おまえ、荒事に向いてる性格とは思えないんだけど、本当に冒険者やるの?」

「え、うん。外の世界が見てみたいから!」


 そこはあっさりうなずくのな。

 前々から『外に出たい』って話は幾度も聞かされちゃいたけどさ。


 院の外に出ることが少なかったラーナは、外の世界に強い憧れを抱いている。

 俺は、院の用事で街の外に出たことがあるが、こいつはそういったこともない。


「神官様に止められなかったか?」

「え、わかるの? うん。すごく心配されちゃった……」


 そりゃそうだろーよ。

 ルナーク孤児院の神官様は男で、言ってみりゃラーナは愛娘だ。

 しかも体が強くなくて、助手としては優秀。引き止めない理由がどこにあるよ?


「でも、一晩話し合って、何とか納得してもらったの!」

「さいですか……」


 ちょっと興奮気味に語るラーナを前に、俺は思うのは『神官様お気の毒』である。

 ラーナはねー、普段は気弱で穏やかなんだけど、根っこの部分で気が強い。


 芯がしっかりしてるっつーか、決意したら一切ブレないっつーか。

 そんな性格だから、周りも何かと気にかけていたりするワケである。俺含め。


「おっと……」


 歩いているうち、他の通行人とぶつかった。


「そろそろ、人が多くなってきたみたい」


 ラーナが周りに視線を巡らせる。

 アヴェルナの街の大通りに差し掛かりつつあるここは、確かに通行人が多い。


 ちょうど時間帯も昼過ぎで、通りには相当な数の人がいる。

 ふ~む、冒険者ギルドまではもう少しある。なら――、


「離すなよ」

「え? ひゃっ」


 俺がラーナの手を握ると、何故か驚かれた。


「何だよ?」

「だって、て、手……」

「おまえとはぐれないようにするためだろ。何を今さら」


 今までだって、例えば街の祭りのときとかはこうして手を繋いだりしたろうが。

 ウチの孤児院とルナーク孤児院は、近いこともあって何かと交流があった。

 言ってみればラーナは俺の幼馴染みたいなモンだ。


「……ぅぅ、はい。そうだね」


 何故か俯き加減で、ラーナが俺の手を握り返してくる。

 あれ、こいつの手ってこんな柔らかかったっけ?


「い、行こう、ビスト君。……ぁぅぅ」

「ぉ、おう……」


 何故かドギマギする自分を感じながら、手を繋いだ俺達はギルドに向かった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 冒険者ギルドは、アヴェルナの街で領主館に次いで二番目に大きい建物だ。

 元々この街は、未開地域の開拓用に造られた冒険者のための街という側面を持つ。


 それはもう二百年以上も前の話で、街道も整備され、周りには幾つも村ができた。

 だが、この街は未だにこの地方でも最大の冒険者の拠点として機能している。


 万を超える住民のうちの三、四割が冒険者、だったっけか、確か。

 それに加えて、外からも毎日冒険者がやってくるため、ギルドは常に大繁盛。


「依頼の斡旋ですか? ではこちらの用紙にレベルとランクと経歴を――」

「は~い、報酬支払いをお待ちの314番さ~ん! こちらのカウンターに――」

「へい、らっしゃいらっしゃ~い! ケルブバードの串焼きがお安いよ――」


 と、いつでもこんな感じで、常に冒険者とギルド職員でごった返している。

 依頼斡旋用とカウンターと報酬受取用のカウンターには、長い行列もできている。


 あとは、ギルドの建物内に酒場と宿屋を併設してるのも大きいな。

 そこの酒場、一種の冒険者用福利厚生施設で冒険者なら割引がきくって話だ。


 しかも、元々が安くてうまいを地で行くらしく、大人気なんだよねー。

 俺も先輩のおごりで何度かそこで食べたことあるけど、実際、結構うまかったし。


「わぁ……」


 入り口近くに立ったラーナが、そこにある熱気に圧倒されている。

 俺はそこまでではないが、やはり若干ながらも心が浮き立つのを感じてしまう。


 依頼を終えた冒険者と、それに対応する職員がそこかしこに見受けられる。

 冒険者達は、今日を生きる糧を得るために常に必死だ。

 だが、それは彼ら自身が自ら選んだ道であり、そこには一切の束縛が存在しない。


 もちろん、中には『選ばざるを得なかった』というヤツだっているだろう。

 同時に『選びたいから選んだ』というヤツだっているはずだ。俺達二人のように。


「ほら、ボ~っとしてないで登録行くぞ、ラーナ」

「う、わかってるよぅ」


 俺が言うと、ハッとなったラーナが頬を染めつつ、唇を尖らせて俺を見る。

 何ですかねぇ、そのツラァ。俺は別におかしいこと言ってないっすよ。


 しかし、それにしても人が多い。

 俺はしっかりとラーナの手を握って、奥へと進む。


 周りに見える冒険者の中には、皮装備に長剣を帯びたヤツが割と多い。

 ラーナに絡んできたあの二人も似たような恰好をしていた。やっぱ冒険者か。


 ま、仕方ないか。

 ギルドに登録さえすれば誰でもなれるのが冒険者だからな。


 俺とラーナは、階段を上がって建物の二階へ向かう。

 ギルドの冒険者登録所は二階にある。

 到着すると見えたのは、並べられた木の長椅子とコの字に配置されたカウンター。


 カウンターの一角に『冒険者登録はこちら』と書かれた案内板が置かれている。

 二階にもそこそこの人数の冒険者がいたが、運よく登録所に行列はできていない。


「あ、ねぇ、ビスト君!」


 何かに気づいたラーナが、登録所の方を指さす。

 俺がその指の先を視線で追うと、そこにあったのは片方が折れた兎の耳。


「あら、ラビ姉じゃん」

「お~? おお、ビストにラーナちゃんピョン! 久しぶりだピョン!」


 カウンターの向こう側にいたのは、銀髪の兎の獣人ストライダーのラビッツ・ベル。

 ベル、という家名からもわかる通り、ベルーナ孤児院の出で俺の先輩だ。


 そういえば、ギルドの職員試験に合格したんだっけ、この人。

 いや、でもさ、それにしても――、


「え、何、その『ピョン』語尾……?」

「え~、ビストったら何言ってるピョン、ラビはいつだってこうだピョン!」


 ラビ姉は眩しい笑顔でそう言いつつ、こっちに手招きする。

 俺とラーナが、その手招きに従ってラビ姉に顔を近づけてみる。すると、


「あんた達ね、余計なこと言うんじゃないわよ。好きでやってるワケないでしょ!」


 思いっきり尖った目つきで睨まれて、小声で叱られてしまった……。

 じゃあ、何なんだよ、その痛々しい語尾は。

 仮にあざとさを演出してるつもりなら、完全に失敗してるからな。


「ウチのギルドマスターの発案なんだから、断れないのよ!」

「それは、いわゆるパワハラなのでは……?」


「ギルドマスターも自分の語尾を『~でマスター』にしてるから……」

「自分から率先して地獄に足を踏み入れていると!?」


 そ、それは断りにくい……。

 だけどいいのか。そんなヤツがギルドマスターで大丈夫なのか、このギルド。

 心配する俺からパッと離れて、ラビ姉は再び溌溂営業スマイルで、


「今日は二人でおてて繋いでどうしたピョン? もしや見せつけに来たピョン?」

「「あ」」


 そういえば、まだ手ェ繋いだままだったわ。


「いえ、あの、これは、その……!」


 ラーナが大慌てで俺から手を離す。するとラビ姉が笑顔のまま額に筋を浮かべた。


「ラーナちゃんの反応がちょっとリアリティありありピョンね~。ラビは今、必死に表情筋に力を込めて、この眩しいスマイルを保ってるピョンよ~。は~、若いっていいピョンね~。ラビは出会いもないまま、毎日毎日ガチムチ共の相手ピョンよ~?」

「ラビ姉、それはさすがに勘違いが過ぎるってモンだろ」


 何かを勘違いしているラビ姉に呆れて、俺は小さくため息をついた。


「手を繋いでたのはラーナがはぐれないようにするためだって。それ以外に何かあるワケないだろ。だって俺とラーナだぜ。十年来の付き合いのダチだぜ、こいつは」

「……ビスト君」


 俺がフォローを入れると、ラーナが俺を低い声で呼ぶ。

 こいつも安心してくれたっぽい。ラーナの様子を見ればラビ姉も納得するだろう。

 ラーナと俺は別に、そういう関係でも何でもないってことをなッ!


「ビスト、おまえ一回死ねピョン」

「何でだよ!?」


 ちゃんとそういうんじゃないって説明したのに、何故ッ!?


「ま、いいピョン。それよりここに来たってことは冒険者登録する気かピョン?」

「はい、そうなんです! 私達は今日で院を卒業ですので!」


 いきなりラーナが嬉しそうに声を弾ませる。

 ラビ姉は、うんうんと、こっちも笑顔でうなずいて、


「今日が誕生日なのは覚えてたピョン。もしかしたら来るかなって思ってたピョン」

「え、マジか」


 俺はラビ姉の誕生日とか覚えてないんだけど、そっちは覚えててくれたのか。

 何だろう、何だかちょっと嬉しいかもしれない……。


「じゃ、こっちの鑑定水晶クリス・アナライザでまずは素養鑑定ピョンよ~」

「は~い!」

「へいへい、っと」


 素養鑑定と聞いて、ラーナのテンションがますます上がる。

 俺はそういった反応は見せないようにしているが、実は内心ウキウキである。


 鑑定水晶を使った素養鑑定は、冒険者登録時に必ず行われる。

 これによって冒険者としての適性と素養、つまり初期ステータスを測るワケだ。


 自分の今の実力が目に見える形になる、ってのはそれだけで楽しみだ。

 院の先輩にも冒険者がいて、その人のステータスを見せてもらったこともある。


「わぁ、これが鑑定水晶なんですねー!」


 カウンターの一角に置かれているそれを見て、ラーナが瞳を輝かせる。

 大きな水晶玉と、その隣に置かれた黒曜石の板。これが素養鑑定用の鑑定水晶だ。

 水晶玉に触れることで、黒石板に対象者のステータスが表示される。


「まずはどっちから行くピョン?」

「はいは~い! わたしから行きたいです!」


 ラーナが軽く跳ねて挙手をする。マジでテンション上がってんねぇ。この子。


「あ、どぞどぞ」


 俺も楽しみではあるけど、別に急いでるワケでもないしねー。


「じゃ、ラーナちゃん、水晶に触れるピョン」

「はい! よ~し!」


 ただ触るだけなのに何故か意気込むラーナさん。わからんでもないけど。


「えい!」


 かけ声と共に、ラーナが水晶玉に右手をぴったりつける。

 すると、水晶の中に一瞬輝きが奔り、黒曜石の板に光の文字が浮かび上がる。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


◆ラーナ・ルナ

 ジョブ:-

 レベル:-

 ランク:-


・ステータス

 生命:12/D

 魔力:50/S


 筋力:2/F

 敏捷:5/C

 器用:6/C

 知性:8/A

 精神:9/S

 幸運:7/B


・保有適性

 魔法属性:光/S・水/B・地/B

 神官適性/SS

 術師適性/B


・保有技能

 白魔法:レベル1


―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ほぉほぉ、これがラーナの初期ステータスですか。

 数字横の『A』とかは、素養の高さ――、秘めた才能を簡易的に可視化したもの。

 何かあれだな、随分と『S』が多いな。あと神官適性が『SS』なんだが?


「うっわ……」


 ラビ姉が愕然としておられる。

 語尾にピョン付け忘れてますよ、職員のおねーさん。


「え、あの、あの?」


 固まったラビ姉を前に、ラーナがちょっと困っている。

 直後、ラビ姉は再起動すると共に――、


「ラーナちゃん、すごいよこれ! 天才だよ!」

「そ、そうなんですか~!?」


 ラーナの手を取りブンブカ振るラビ姉、テンションバチ上がりで語尾忘れとる。


「あたし、こんなの見たことないよ! 魔力適性Sに神官適性SS!? 素養と適性はBが一つあれば十分スゴくて、Aで天才って呼ばれるんだよ? しかも固有属性三色持ちとか、ギルド史上何人もいないよ! ラーナちゃん。本物の天才かも!」

「そんなこと……」


 はしゃぐラビ姉に、ラーナが恐縮しているが、やめろ。騒ぐのをやめろ!

 これから俺が測定するんだぞ。そんな騒いだら周りがこっちに注目するだろうが!


 人の関心を集めるなど『慌てず、騒がず、目立たず、気楽に』の俺には単に苦痛。

 そんな状況で素養鑑定するとか本気で勘弁してほしいんですけど……。


「あ、ビスト、テキトーにやってねピョン」

「あんたの態度がテキトーすぎだろ!」


 くっそ~、この兎の姉、俺をオマケ扱いしやがって……。

 別に目立ちたくはないが、だからってザコ扱いされるのも納得いかねー!


 ああ、クソ、何か周りもザワつき始めている。

 視線が、人の視線がラーナとラビ姉と、ついでに俺にまでビシバシと。


 ホントやめてほしい。ラーナが原因とはいえ注目されたくない。

 せっかく楽しみにしてた素養判定なのに、二重でテンション下げてくんなよ~!


 ああ、もういいや。テキトーにやろ……。

 どうせさぁ、俺が継いだ魔王の力とやらだって大したことねぇワケよ。


 そりゃあ、魔力が使えるようになって、魔法の知識も得られたさ。

 それだけでもできることが劇的に増えたけどさ。


 でも、自分に大それた力があるなんていう実感が微塵もないんだ。

 すげぇパワーがみなぎるゥ、溢れるゥ、とか、そういう感じが全然しないんだよ。


 もうね、今の俺はいつもの俺。

 昨日までの俺と全然変わってないようにしか思えません。


 ラーナみてーな派手なステータスなんて、絶対になるワケがないっての。

 そんな認識のまま、俺は左手で水晶に触れる。


 ビキッ。

 バキッ。

 ボンッッ!


「えっ」


 ……何か、鑑定水晶、爆発しちゃったんだが?

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