第54話 それは想定外すぎまして

 荒野に『滅び』が荒れ狂う。


「消えろ、消えろ、魔王よッ! これ以上、世界に悪の因子を撒き散らすな!」

「クッソ……ッ! こ、の、ォォォォォォォォォォォオッ!」


 俺は、必死になって剣を振り回す。

 その刀身が帯びるのは夜の闇と星空の輝き。触れたもの全てを壊す、魔装の奔流。

 だが――、


「滅べ、滅べ邪悪! 悪鬼断絶の名のもとに、滅べェッ!」

「ぐ、ゥ、おお……ッ!」


 真っ白い姿をした『勇者』が放つ一撃は、俺を真正面から押し返す。

 一度仕留めたはずなのに、リシェラの魔装で復活してから俄然勢いづいてやがる。


「うおおおォッ!」


 裂帛の気合を声に乗せ、ヴァイスが大振りの一撃を繰り出す。

 それを避けるのは簡単だ。俺は後に飛び退く。

 しかし、刃から放たれた『滅び』の閃光が、着地直後の俺を追いかけてくる。


「……チッッ!」


 自分から動いたのでは避けられない。

 そう判断した俺は、その場で自分を巻き込んで赤魔法を使う。


 場に炸裂する、小規模の爆発。

 そこに起きた衝撃が俺の体を弾き飛ばした。


「ぐあぁ、ああッ!」


 そして、俺がいなくなったそこを、真っ白い『滅び』の閃光が突き抜けていった。

 受け身も取れずに地面をバウンドして、俺の全身に激痛が巡る。


 最悪の気分だが、痛いってことは生きてるってコトだ。

 今の閃光が直撃してたら、それを感じることもできなかった。間一髪……、


「悪鬼断絶」


 その声は、すぐ耳元に聞こえた。


「な」


 ここで俺は驚きと共に目を剥いて、


「にッ!?」


 振り向けば、ヴァイスの顔が俺の視界を占めていた。

 何故、という疑問と、それに対する答えが同時に頭の中に湧いて、理解に変わる。


 この野郎、閃光を放ったと同時に近づいてきやがったか。

 姿が見えなかったのは『滅び』の力を使って自分に当たる光を消していたからだ。


「滅びよ、魔王ォォォォォォォォォォォ――――ッ!」

「うる、ッせェェェェェ!」


 ヴァイスが振るう純白の剣と、俺が握る夜空の剣が、幾度も幾度もぶつかり合う。

 防御は不可能。接触=直撃。直撃=死。それが、俺とこいつの戦いだ。


 ヴァイスは、今までと同じく正面から俺を潰すべく、荒々しく攻め立ててくる。

 しかし、一つだけ、さっきとは明らかに異なっている点がある。


「グゥオオオオオオォォォォォ――――ッ!」


 体ごとぶつかってくるヴァイスの一撃をかわせず、俺は剣で防御する。

 だが純白の刃こそ防げたものの、タックルが伝えてくる衝撃までは殺しきれない。


 胸と腹とを突き抜けていく、強烈な圧力。

 肉が歪む感覚の直後に、骨が軋む音を聞く。どちらも、自分の体内からのものだ。


「が、ッ、は、ァァ……!」


 大きく開かれた口から、無様に空気が漏れていく。

 強い。明らかに、さっきまでのヴァイスよりも膂力が高まっている。


「く……ッ、この……」


 二歩、三歩とよろけながら、俺は後退する。

 その際に、巡る視界の端に倒れ伏しているルイナとホムラの姿が見えてしまう。


「ク……、ソ……ッ、……ッッ!」


 ヴァイスに押し負けた事実にイラッと来ていたところに、殺された二人の姿。

 おかげで、俺の意識が一気に熱膨張を起こしかける。


 こんなヤツに、負けてたまるか。と。

 ラーナの姿が目に入ったのは、次の瞬間だった。


「……ラーナ?」


 右手に魔銃を持ち、左手には儀式杖。

 だがその両方をただ持っているだけで、ラーナは何故か棒立ちになっている。


 何だ、一体どうした。彼女に何かあったのか。

 その疑問と心配が、沸騰しかけた俺の内心をある程度覚ましてくれた。


「魔王ォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!」


 ヴァイスが、またしても俺の方に突っ込んでくる。

 数秒前までならば、それに対して俺も同じように一直線に突撃していただろう。


 しかし、今の俺は無策の突撃はしない。

 きっとさっきのように鍔迫り合いをすれば、俺が負けてしまう。


 復活後からのヴァイスの勢いは異常なレベルだ。

 頭に血がのぼりかけた俺でもわかるのだから、相当なモノだと窺える。

 だが、付け入る隙はないでもない。


 ヴァイスが、またしても姿を消す。

 自分に当たる光を滅ぼして透明になり、音を滅ぼして気配を失せさせる。


 全く、やってることがまんま暗殺者なんだよ。

 そして、その手管は本業と比べることすらおこがましいというつたなさで――、


「…………」


 俺は後にスキップを刻みつつ、適当なところで足を止める。

 すると、気配が現れたのは、背後。


「魔王、覚悟ォ!」


 またしても耳元に聞こえる声。

 本当におまえは未熟だな、ヴァイス。そうして自己主張してくれるんだからよ。

 俺の死角を突こうとしてるクセに、自分でそれを台無しにする。バカだぜ。


 ヴァイスからすれば必殺の一閃。

 しかし、攻撃の範囲と軌道は、ヴァイス自身が教えてくれる。

 ちょっと横によければ、もう刃が届く範囲の外だ。


「な……?」


 驚くヴァイスの声が聞こえる。

 力が強くなったとしても、やはり技巧が追いついていない。


「でェりゃあッ!」


 そこに、振り返りざまの俺の反撃。

 振るった切っ先が、ヴァイスの防具の脇腹部分を軽くかすめる。


 手に返る手応えも弱々しく、剣も、防具の表面をほんのかすかに傷つけた程度。

 だが、それで十分だ。式素マナはどこにでも存在する。人の内にも、外にもだ。


「今度こそ消えろ、ヴァイス!」

「ぐぅッ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 俺の魔装マギアによって、ヴァイスの脇腹に大穴が空く。

 消えろ。今度こそ、完全に跡形もなく崩壊しちまえ!


「『終焉の冬、夜は明けてアーキテクト・リザレクション』」


 懇願にも等しい心の叫びは、だが、あの女の魔装によって無に帰す。

 半分近く消滅していたヴァイスの体が逆再生するようにしてたちまち元に戻る。


「……『聖女』リシェラ・ルナ」

「残念でしたね、魔王。私がいる限り、私の『勇者』様は不滅です」


 俺が睨みつけると、リシェラは薄く笑って『真白き勇者』を誇ってくる。

 こいつの魔装は『滅びを滅ぼす魔装』。


 ヴァイスと同じく『大鎌の神』の加護を受けた、かなり厄介な蘇生専用の能力だ。

 そして、おそらくその効果は、単なる蘇生に留まらない。


「――悲しいな、魔王ビスト・ベル」


 その一言と共に、ヴァイスの気配が大きさを増す。

 すぐそばにいる俺が感じるそれは、さっきまでよりもさらに強大で、寒々しい。


「ヴァイス……ッ」


 全身を包む『白の衣』が、色濃くなっている。

 まるで、ヴァイスだけが世界から切り取られているかのようにも見える。


 強くなった。力が増した。

 リシェラの魔装によって復活してから、明確に。


「お気づきのようですね、魔王様」


 俺の表情を見てとったか、リシェラが笑みを深める。


「その通りです。『勇者』様は私の魔装によって蘇るたび、我が『大鎌の神』の力をより強く顕わせるようになるのです。神を近くに感じられるようになるのです」

「悲しいな、魔王。おまえが俺を屠ろうとするたび、俺は強くなる。それも全ては神が清き世を望むがゆえ。邪を断ち、悪を絶つが俺の使命。――悪鬼断絶だ」


 二人して随分と饒舌じゃねぇか。

 リシェラとヴァイスは、完全に自分達の優位を確信している。


 なるほどね。

 先代の『真白き勇者』を討たれた『大鎌の神』が画策した『私』への対策、か。


 本来は『勇者』にしか与えられないはずの加護を、リシェラにも与えたのだろう。

 それだけ、リシェラの『聖女』としての資質が高いってところか。


「ここから巻き返せるか、魔王よ。――『魔界マキナ』は使えまい?」

「……うるせぇ」


 ヴァイスの中には先代の『真白き勇者』の記憶が脈づいている。

 かつて『私』は最上位の魔導である『魔界』によって『真白き勇者』を討った。


 だが、それはギリギリの賭けに勝てたからだ。

 こいつらが使う『滅び』の力は俺の魔装と同じく周囲の式素を破壊する。


 最上位の秘術である『魔界』を使うには、大量の式素と魔力が必要となる。

 それを準備できなければ『魔界』は行使できない。例えば、今のように。


「かつてのようにはいかない。今度こそ、おまえを討つぞ、魔王」

「俺は魔王じゃねぇよ……」


 顔をしかめながら、俺は苦々しく呟く。

 ただ立っているだけなのに、ヴァイスから発せられる力がすでに尋常ではない。

 さっきよりも断然強くなった圧が、風となって吹き荒れている。


 どうする?

 どうすればいい?


 リシェラを狙ったところで、ヴァイスと同じだ。

 魔装によって復活されてしまうのが目に見えている。俺の力では殺しきれない。


 では、逃げの一手か?

 それも多分、無理だ。さっきまでは可能性があったが、今は無理。


 二度目の復活でさらに強化されたヴァイスの身体能力は、完全に俺を越えた。

 逃げの姿勢を見せれば、確実に殺られる。

 いや、仮に逃げたところで、ヴァイスとリシェラは躊躇なく街を襲うだろう。


 アヴェルナ程度の街ならばこいつらは消し飛ばすことができる。

 そんなこと、させられるモノか。


「悲しいな、魔王。今のおまえにできることは何もない。おまえは貧弱で、無力だ」

「うるせぇって言ってんだよ、まだ俺は生きてるぜ。この通りにな」

「ああ、その通りだ。おまえは生きている。だが――」


 ヴァイスが、白の刃を静かに振り上げる。

 俺は反射的に身構えてしまうが、それが致命的な判断ミスだった。


「悲しいなァ、魔王! 自分を守ろうとしたことが、おまえにとっての命取りだ!」


 叫び、ヴァイスは体の向きを変える。

 その目が睨み据えるのは――、まさか、ラーナ!?


「消えるがいい、魔王に魅入られし娘。おまえはもはや、魔族に等しいのだから!」

「――『疾走転移ラピッドドライブ』!」


 ヴァイスが剣を振り下ろし、ラーナめがけて『滅び』の閃光を解き放つ。

 俺は短距離転移を使って彼女の前に立ち、夜空の剣で迫る絶死の白光を迎え撃つ。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォ――――ッ!」


 俺がかざした夜空の剣が、白い閃光を切り裂いていく。

 だが、光の圧力が凄まじい。それは重く、激しく、俺の全身を打ちのめしてくる。


 嵐の中に一人で立って耐えているかのような感覚だ。

 全力を振り絞り続けて、瞬く間に俺の体力と魔力が削られていく。


「オオオオオオォ……、ォォォオ……ッ!」


 俺とラーナを消し飛ばそうとする圧倒的な力の迸り。

 それに、俺はさらに力を絞り出し、抗い続ける。少しでも気を抜けば終わりだ。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――ッ!」


 悲鳴じみた絶叫が、開いたままの俺の口から放たれる。

 そして、ようやく『滅び』の閃光は消え去り、俺にのしかかる圧力もなくなった。


「……ぐ、ぁ」


 自分の体を支えきれず、俺は地面に片膝を突いてしまう。

 激しい疲労感に呼吸は乱れ、肩が激しく上下する。息を吸うこと一つすら苦しい。


 一気に体力を使いすぎた。

 疲労だけじゃない、体に力が入らず、軽く震え出している。


 杖代わりに体を支えている錬魔剣も元に戻ってしまった。

 俺の魔装は、閃光の威力と相殺されて消え去ってしまったようだった。


 ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打っている。

 体の中を不快な熱が巡っている。息苦しさに咳き込みそうだ。


 それでも、ラーナを守ることはできた。

 肩越しに見れば、さっきと同じように棒立ちになっている彼女が見える。


「……ラーナ」


 呼びかけても、ラーナは突っ立ったままだ。

 顔をやや上向きにして、何を見ている? 何をしている?


「何とか耐えきったようだな、魔王」


 再度の疑問を覚えたところに、ヴァイスの声。

 そして、肌を舐めるイヤな感覚は、今さっきも感じた『滅び』の力の余波。


 ヴァイスは、すでに純白の剣を振り上げていた。

 刃にはすでに力が充填されている。

 振り下ろせば、さっきと同等。いや、さっき以上の規模の閃光が放たれるだろう。


「これで終わりだ」


 その声に勝利の確信を乗せて、ヴァイスが俺に言ってくる。


「魔装の力を使い切ったおまえにこの一撃を防ぎきれない。これで終わりだ」

「……くッ」


 魔装を使うどころか、立ち上がることも億劫になりつつある。

 尋常ではない体の重さに、眠気まで感じ始めている。こいつは本格的にマズい。


「神は、正しき者にこそ勝利を授けるのです」


 剣を掲げるヴァイスの隣で、リシェラが儀式杖を手にして笑う。


「『至天を継ぐもの』ビスト・ベル。あなたが何を言ったところで、あなたは魔王なのです。この世にあってはならない巨悪。実存する大罪とも呼ぶべきもの。あなたは生きてるだけで、周りに悪の因子を伝染させる。滅ぶべき存在なのです」

「……勝手なことを言ってくれるじゃねぇかよ」


 リシェラの言葉に激しい憤りを覚えながら、俺は大した反論もできなかった。

 虚脱感が強すぎて、頭が働かなくなっている。今にも意識が飛びそうだ。


「魔王よ」


 俺を確殺の条件下に置いて、ヴァイスがニヤリと笑った。


「一週間前を覚えているか」


 ……一週間、前?


「あの施療院の前での出来事だ」


 ヴァイスが言っているのは、俺達と『英雄派』がやり合った一件のことか。

 そんなものを今さら持ち出して、こいつは何を言う気だ……?


「あのとき、そこにいる女やウォード、そしてミミコ・ミッコが言っていたな。おまえは、おまえの思うように『楽しいこと』のために生きていいのだ、などと」

「……それがどうした?」


 俺が問い返すと、ヴァイスの顔から笑みが消える。


「許されるはずがないだろう、そんなこと」


 そして告げられたのは、あのときの皆の言葉を否定する、その一言。


「おまえは魔王だ。邪悪だ。害悪だ。穢れだ。この世界で生きていてはならないものだ。そのおまえが自由に生きるなど、そんなことは許されない。決して許されない」

「……誰が、それを許さないってんだ?」

「神だ」


 ヴァイスの答えは、非常に簡潔だった。


「例えどれだけの人間がおまえの生存を許そうとも、天にて世の行く末を見守る神がそれを許さない。だからこそ、かつて百人の『勇者』が『至天の魔王』を討たんとし、だからこそ、今この場に俺が立って、おまえを討とうとしているのだ、魔王よ」

「俺は、魔王じゃ……」

「おまえは魔王だ。神がそう定められた。おまえは『滅ぶべき悪』である、と」


 何だよ、それ……。

 力が入らない体の奥底、怒りの炎が燃え滾る。


 俺の在り方を、神が決めるのか。

 俺が正しいかどうかを、神が決めるのかよ。


 だが、俺の憤りなどこいつらには伝わるまい。

 神に選ばれた自分達は絶対に正しい。

 ヴァイスもリシェラも、その事実を一片も疑っていない。何を言っても通じない。


「消えろ、ビスト・ベル」


 ヴァイスが、神の代行者気取りで俺に刃を振り下ろそうとする。

 そこから放たれる『滅び』の閃光を防ぐすべは、今の俺には一つもない。


 それでも、諦められるか。諦めてたまるか。

 俺は諦めない。

 自分の命も、ラーナも、ルイナとホムラの仇を討つことも、諦めない!


「百八柱の神に代わり、俺が『正義』を執行する!」


 ヴァイスが今まさに剣を振り下ろそうとする。だが、それでも俺は――、


「勝手に人の神様の代わりになるのはやめてください」


 それは、はっきりとした拒絶の言葉だった。


「……何?」


 ヴァイスが動きを止める。俺も、声がした方を振り向く。

 声は、俺のすぐ後から。

 そこに立つ彼女がさっきとは打って変わって俺達の方を真っすぐ見据えている。


「ラーナ……?」

「本当、さっきから聞いてれば勝手なことばっかり。魔王、魔王って、ビスト君は人間なんですけど? そんなこと、見ればわかると思うんですけどね」


 ラーナが、声に怒りをにじませながら歩み進んで俺の隣に立つ。

 さっきまで棒立ちになっていた彼女が、こっちを向いて明るく笑いかけてくる。


「助けてくれてありがとう、ビスト君」

「え、あ、あぁ……」


 俺は、うなずくことしかできない。

 何だろう、この妙な気配。いつものラーナに見えるけど、どこか違うような……。


「ラーナ・ルナ。神に仕える身でありながら魔王に魅入られた愚かな神官よ。おまえがどう言ったところで、この男は魔王だ。神はこの男の生存を認めな――」

「主語が大きいですよ?」


 言いかけるヴァイスに、ラーナはわざと言葉をかぶせる。


「あなたが言ってる神様って『大鎌の神』様だけですよね? 別に百八柱の神様全員がビスト君を魔王って認めたわけじゃないですよね? その証拠に、ビスト君の前世のときだって『勇者』は百人だけで、百八柱の神様より少ないですもんね?」


 あ~、うん。まぁ、そう言われればまさにその通り。

 ヴァイスはずっと神って単語でひとくくりにしてるけど、百八柱全てではないな。

 だけど、それを今この場で言い出して、どうなるんだ……?


「己が滅びる寸前に言葉遊びですか、ラーナ。見苦しいですよ」


 リシェラが、諭すような物言いでラーナを説き伏せようとする。


「大人しく『滅び』を受け入れなさい。あなたがどう言おうと、ヴァイス様は『勇者』として我が神より魔王討伐の使命と、そのための加護を授かったのです。それこそビスト・ベルは滅ぶべき邪悪であると神が認められた何よりの証拠でしょう?」

「そうだね。でも、やっぱり違うよ」


 己の『正義』を確信し朗々と語るリシェラに、しかし、ラーナは首を横に振った。

 だが、それでリシェルが自身の意見を覆すことなどあるはずがなく、


「それはあなたにとっては違うというだけの話でしょう? あなたの中での真実は、あなたの中でだけの真実でしかないのですよ、ラーナ。かわいそうな、私の妹」

「違うよ、姉さん。これはわたしだけの意見じゃないよ。だって――」


 ラーナは、言った。



 そんなとんでもないことを、サラリと言い放ったのだ。


「…………え?」


 リシェルが、その言葉に凍りつく。


「な、か、神が、言っている、だと……?」


 そしてヴァイスも、剣を掲げたまま、その目を大きく剥いて身を強張らせる。

 当然、俺も二人と同じように驚きに硬直してしまう。

 神の声を聞く、女性神官。つまりそれは、今のラーナは――、


「ビスト君」


 固まる俺を呼び、彼女は至極真剣な顔つきで超特大の爆弾発言を寄越してきた。


「お願い。わたしの『勇者』になって」

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