第53話 こいつはまさに最悪でして
俺に向かってヴァイスが吼える。
「消えろ。消えてしまえ、魔王! 世界のために、人々のために!」
姿と、気配と、足音を『滅ぼして』、ヤツは俺との距離を詰めてくる。
剣には『
「く……ッ、そこだッ!」
だが、俺はヴァイスの速度と、消えたときのあいつとの間合いから、位置を推測。
横薙ぎに振るった刃が、虚空で止まってガキンと音を立てる。
「……チッ」
音がした場所を起点として、ヴァイスが姿を現した。
俺の目前。純白の剣で一撃を受け止め、俺は舌を打つ。半ば勘だが、当たったか。
「ヴァイスッ!」
「ビスト・ベル……!」
お互いに退くことはなく、柄を両手に掴んでの鍔迫り合い。
互いに、手にした剣には『魔装』による必殺の力を帯びている。
俺の『魔装』は『魔力と
ヴァイスの『魔装』は『『滅び』の法則の具現による万物の破壊』。
原理こそ違えど、共に破壊に特化した、似通った性質を持つ二つの『魔装』。
その力がぶつかり合えば、発生するのは共食いだ。
俺の『魔装』とヴァイスの『魔装』が衝突して、互いに食い合い、せめぎ合う。
互角。完全な互角。
しかし、一瞬でも片方に天秤が傾けば、それは決着に直結する。
俺もヴァイスも、互いに展開しているのは一撃必殺の効果を持った力だからだ。
つまり、双方、攻撃はハイエンド。
ならば勝負を分けるのは、どう避け、どう繋ぐか。防御は無意味。手数が肝要。
「グオオオオオオオオ……ッ!」
「ヌゥウウウウウウウ……ッ!」
交わる刃の向こうに憎むべき相手を睨み据え、俺とヴァイスは全力で押し合う。
この鍔迫り合いで優位に立った方が、次の攻撃へ繋ぐことができる。
それはヴァイスもわかっているはずだ。
しかし、あの野郎はこっちに向かって全力で押し続けている。
自分からは引くつもりはない。
全身から、そんな気配が漂っている。魔王を前に退く気はない、ってことかよ。
すごい力の入り具合だ。完全に俺を潰しに来ている。
だが、さすがにこれは入れ込み過ぎだ。
俺が一歩下がれば、ヴァイスは確実に前につんのめる。それがわかるくらいに。
「…………」
ヴァイスの力を全力で押し返しながら、俺は、チラリとすぐ後ろに目をやる。
そこには、ルイナとホムラが倒れている。どちらも息をしていない。
どちらもヴァイスに殺された。
ミミコを助けたルイナも、子供達を逃がしたホムラも、ヴァイスに、殺された。
ヴァイスに――、
「……クク、ハハハハッ」
自然と、笑いが込み上げてくる。
「む、ゥ……!」
ヴァイスの顔色が変わる。感じているはずだ。俺が押す力が、強まったことを。
ああ、確かに俺が一歩下がれば、ヴァイスには隙が生じるだろうさ。
こんな力比べ、付き合う義理はない。こんな拮抗、意味なんて何もありゃしない。
けどよ。
けどなぁ……!
「おまえ相手に下がるなんて、そんなの何も楽しくねェンだよ!」
俺の全身から『夜の衣』が噴出する。
物質を司る金魔法で肉体を硬化。激化を司る赤魔法で筋力を極限まで増強する。
細かいことは考えない。そんなことに思考を割かない。
こいつを潰す。
今の俺が考えるのは、ただそれだけだ、
「楽しくねェよ。おまえ、全然楽しくねェんだよ、ヴァイスゥ!」
「ぐ、おォッ!?」
俺は押し込む。押し込む。押し込む。
全身の力を前に集中させてヴァイスを押し込む。こんな野郎に負けてたまるか。
「うおおォ!」
「ぐゥ!」
そして、ついに俺が押し勝った。
ギリギリまで踏ん張っていたヴァイスが、剣を弾かれて上体をのけぞらせる。
俺もつんのめりかけるが、魔法で強化した分、素早く反応してバランスをたもつ。
「オォォォォ――――、ッラァ!」
鍔迫り合いを制し、次の攻撃に繋げられたのは、俺。
右足で踏み込み、身を低くして両手に握った剣を大きく下側から振り上げる。
踏み込んだ爪先をグリッと回し、そこから発生した回転力を全身に伝えていく。
足から腰、腰から腹、腹から胸と、胸から肩、肩から腕へ。
部位を経るごとに回転は加速されて、それが伝わった剣の速度は音を越えている。
「く、おぉぉ!?」
避けられた。
下からの逆袈裟斬りは、後方に跳ね飛んだヴァイスに当たらなかった。
しかし、回避の動きが大きすぎる。
ヴァイスが着地する頃には、俺はすでに次の攻撃に繋げている。
切り上げた刃を、そのまま今度は左上から右下への斬り下ろしに変えて、一閃。
通常ならば攻撃直後、余った勢いに体が持っていかれるところだ。
しかし、俺の中の『記憶』が、こういう場合の身体操作のやり方を教えてくれる。
死ぬまで戦い続けた『私』の戦闘経験は、すでにそれだけで一種の宝だ。
大抵の状況下において、こうして俺を助けてくれる。
「ウラァァァァァァァァァ――――ッ!」
こうして、俺は一度得た攻撃の機会を捨てず、渡さず、連続で攻撃を繰り出す。
「おのれ……、悪鬼断絶ッ!」
ヴァイスも防御ばかりに終始せず、反撃を試みようとしてくるが――、
「見え見えなんだよ、バァ~~~~カ!」
苦しまぎれの攻撃でしかないそれを避けることなど、実にたやすい。
ヴァイスが体勢や呼吸を整える前に、俺は攻撃を放ち続けている。そのおかげだ。
ヴァイスの一撃は、荒野と化した地面を派手に抉り、そこに大穴を穿つ。
大した威力だ。『滅び』を具現する『魔装』は、先代の『真白き勇者』と同じ。
しかし、威力だけを見れば明らかにヴァイスの使う『魔装』の方が上だ。
それだけ、ヴァイスの魂と『大鎌の神』の力の親和性が高いってコトなんだろう。
あの夢で『私』が言っていたのはこいつのことに違いない。
ホムラやルイナを殺したことといい、まさに『最悪の勇者』と呼ぶに相応しい。
けど、それがどうしたよ?
「――魔王ッ!」
「うるせぇ、俺は冒険者のビスト・ベルだ!」
何が魔王だ、くだらねェ。何が悪鬼断絶だ、バカ臭ェ。何が、何が……ッ!
「何が『滅びの正義』だッ! そんなモン、どこも楽しくねェだろうがァ!」
激情を刃に載せて、俺はそれをヴァイスに叩きつける。
頭の一部は冷静なままで、だが、心は熱く、体は熱を放射して、叫び続ける。
「そんなに『勇者』になれて嬉しいかよ、ヴァイス! 派手にイメチェンしてよ!」
ガン、ガンッ、と、俺は自分からヴァイスにぶつかっていく。
攻めろ、攻めろ、攻め続けろ。戦いの主導権など、一度たりとも渡すものか。
「ぐッ! ぬゥ!」
「『聖女』に選ばれて、神様に力をもらって、さぞやいい気分だろうなァ! 誰に対しても堂々と『正義』を名乗れるようになったんだからよ!」
一際大きく踏み込んで、俺はヴァイスの胴に向かって刺突を繰り出す。
それは紙一重のところでヴァイスが上体を大きく引いて回避される。
しかし、十分だ。
戻りかけていたヴァイスの体勢が、それによってまた崩れた。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
そこから、さらに俺は一気呵成に攻め上げていく。
選択するのは、常にヴァイスにとって避け辛い角度からの攻撃。
剣のみならず拳や蹴りでの牽制も加えて、ヴァイスに防御だけを押しつけていく。
ヤツが握る真っ白い剣は、こうなればただの棒きれ同然だ。
「おまえは弱ェよ、ヴァイス!」
ヴァイスの刃をはじきながら、俺はそう叫んだ。
「何を……ッ」
先程の無表情はなりをひそめて、代わりにヴァイスが浮かべるのは怒りの形相。
ちょっとプライドを傷つけれた程度でそれか。ああ、やっぱりな。
「聞こえなかったか? おまえは弱ェって言ったんだよ。前代よりも全然な!」
「侮辱を……ッ! 俺の方が、神に愛されている!」
「それがどうしたァ!」
こいつの言う通り、きっと授かった力はヴァイスの方が大きい。
だが、それを有効に使いこなせているかどうか。その点で先代と歴然の差がある。
神から力を授かって『真白き勇者』になろうとも――、
「おまえは、どこまで行ってもヴァイス・アロイドなんだよ!」
「ぐあァ!?」
俺が繰り出した前蹴りが、ヴァイスの腹に突き刺さる。
ヤツは声と共に数歩後退し、体を折り曲げる。
強い力を使えるようになったところで、その使い方が未熟ならばこうなる。
ヴァイスはヴァイスのまま。
表面を分厚く取り繕ったところで、技も心も全く未熟なヴァイスのままなのだ。
「おのれッ、魔王ォォォォォォォォォォ――――ッ!」
ほ~ら見ろ、このザマだ。
全身真っ白になったから怒りで赤くなった顔が余計に目立つぜ、ヴァイス。
「悪鬼断絶。我は、邪悪を滅するのみッ!」
叫び、ヴァイスが突進してくる。
押しつけられた不利を覆すために、俺に再び鍔迫り合いを挑んでくる。
そこで押し勝って、攻守を交代しようってハラなんだろう。
表情から、視線から、そうした狙いが見え透いている。
「受けて立ってやるよ、来いよ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
俺とヴァイスの間合いが詰まる。
そして先程と同じく、俺達は刃を激突させて互いに前へと力を込めて押し合った。
ヴァイスの圧力はさきよりも全然強い。俺に後れを取ったことによる怒りか。
「……バカがよ」
ヴァイスがさらに前への圧力を強めたところで、俺はすんなりと後退する。
「何……ッ!?」
露骨な焦りの声が俺の耳朶を打つ。
俺という壁がなくなって、ヴァイスは前に向かって倒れ込みそうになる。
どうしてさっきと同じになると思ったんだ。こいつ、バカか。バカなんだろうな。
「だが、俺は下がったワケじゃねぇ……!」
ヴァイスを相手にして下がるなんてあってたまるか。
俺が後退したのは、溜めを作るためだ。
「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……ッ」
体をグッと後ろに引いて、両足を折り曲げて身を低く沈める。
ヴァイスの懐にもぐりこんだ形となって、見上げれば、そこには愕然とした顔。
「ガラ空きだぜ、『真白き勇者』ァ!」
全身にためた力を爆発させて、俺は二度目の刺突を撃ち放つ。
右手に構えた
「ぐぅッ、おおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォォォォ――――ッ!?」
大量の血と共に、ヴァイスが絶叫を迸らせる。
そして、刺突の勢いでヤツの体はふわりと浮き上がり、自壊の連鎖が始まる。
自壊は刃を突き立てた胸から始まって、瞬く間に広がっていく。
「消えろ、ヴァイス! この世界から消えちまえェ!」
俺もまた、叫ぶ。
そして、ヴァイスの体に大穴が開いて、向こう側の景色が見える。
そこには、儀式杖を構える『聖女』リシェラの姿が見える。
「な、に……?」
彼女の姿を目にした瞬間、俺の背筋を悪寒が走り抜ける。
リシェラがかざした左手に、七色の光。――『手のひらの虹』、だとッ!?
「――いとたかき・天を貫く樹の頂・一声鳴くは・光輝たる神の鳥・目覚めよ」
詠唱。そこからリシェラの全身をヴァイスと同じ白い魔力が包み込む。
「
リシェラの魔装が発動して、ヴァイスの体に異変が起きる。
こいつは……ッ!
「……悲しいな、魔王」
勢いのまま宙に上がっていたヴァイスが、体を大きくひねって俺から距離をとる。
その胸に空いていた風穴は、綺麗さっぱりなくなっていた。
リシェラが使ったのは復活・蘇生――、いや、『滅びを滅ぼす魔装』、か!
「『聖女』リシェラがいる限り、俺が滅びることはない」
そう告げて、ヴァイスは純白の剣を構え直したのだった。
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